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【ドコマデモ】 9月になると、めっきり朝と夜が涼しくなる。 そしてちょっとばかり夕陽が沈むのが早くなり、ちょっとばかり暇になる。 「あー。試合はまたすぐあるんすけどね」 ぐてー、と本日の子津忠之介は教科書を広げたまま、その場にうつぶせになった。 「練習、したいっすー」 別に練習が休みだからと言って、自主練をすればいいだけで、その気になれば、グラウンドを使用しても後片付けさえすれば、学校でいつも（？）のように練習するのは不可能では無い。 勉強は勉強。野球は野球。家の手伝いは手伝い・・・と今まで子津はそれを苦にも思わず、それこそがやるべき事だという、普通に普通にまっとうなイイコ（世間ではそう言うらしいが、自分としては大好きな野球に年がら年中携わっていられるのだから、それ以上幸せな事は無いと思うし、家の手伝いだって、それをやってるからせめてもの親孝行だと思っているし、親孝行以前に、子津は家族の事が大好きだし、客相手の家の手伝いとて、嫌いではない）として育って来た彼にとっては、あらかた予習も復習も終わり、それでも家にてぼんやりしていなければならない、というのは一種の苦痛であった。 「それもこれもキャプテンのせいっすよー」 ブツブツと、一応コイビトと言われる仲になって何ヶ月、その間に殆どコイビトらしいこともせずに（一体コイビトらしい事ってなんだろう）今日この日まで来た相手の、最早主将ではなくなったけれども、すぐに使うのをやめる事の出来ない呼称を呟きながら椅子から離れて背伸びをした。 「あ～。も～～～～。『今日は体を休めること！』なんて、自分が野球部引退したからってー、権力逆手に勝手に休日にしないで欲しいっすよ～～～！！バーカ！バーカ！キャプテンのバーカ！！」 ばふん、とちょっと洋室のように見せかけている和室のベットに沈みながら、本当はそこまで思っているわけでもない悪態をつく。 「それは心外だね」 「Σ！！！！！」 子津は悲鳴とか、魂だとかがうっかりと飛び出ていかないように、呼吸を止め（ただ驚き過ぎただけとも言う）、数秒そのまま固まってから、がばっと顔を上げた。 「キャ、キャ、キャプテン？！！！！！！」 そんな、さっきまでこの部屋にいなかったはずだ。え？もしかして、家族が通しちゃって、今ゆっくりと部屋のドアを開けて入って来たとか？―――え、でも、この声は、むしろ・・・。 ガバチョ、と顔をあげた先のあるはずの無い所からにょっと顔が突き出てるのを見て、ぱくぱくと魚が陸にあがってしまったかのような仕草で指を差し、目を見開く。 「キャ、キャ、キャプテ―――ン！！！！」 「は～い♪ご機嫌うるわしゅう？」 微妙にニュアンスの違う『キャプテン』と2度叫び、ワタワタを手を動かしている子津に、牛尾はいつもと変わる事なく、窓の外からひらひらと手を振った。 窓の外から手を振った。 窓の外から手を振った。 因みに、子津のいる部屋は2階である。 「ごっ！『ご機嫌うるわしゅう？』じゃ無いっすよ！！！！何でそんなトコにいるんすか？！！ちょ！！落ちたらどうするつもりなんすか！！は、は、は、早くこっちに来てくださいっす！！！」 小窓から顔を出して自分を見下ろしている牛尾の所にベットの上をよたよたしながら子津が近づく。 「いや～。落ちろって言われないで良かった、良かった」 「良く無いっす！！早く、落ちたらどうするつもりなんすかー！！！」 「子津くんの守護霊になるのが夢ですが」 「死ぬ気マンマンー！！？」 「いやいや、嘘ウソ。透明になって子津くんが鍵かけても覗けちゃうお風呂場とかを色んな角度で満悦出来るのはとっても魅力的だけど、合体できない事にはなんとも言えない得点だからね。ここは子津くんが自分から『キャプテン、一緒にお風呂に入りましょうっすvV・・・好きにしていいっすよ？』なーんて・・・」 「そんな気色の悪い事誰が言うかー！！！！」 バシン！！ 「あ」 「あ」 牛尾御門、2階から落ちる。 「いや～。良かった、良かった。こういうのも常日ごろからの徳がなせる技なんだろうねえ。ね？子津くん」 にこにこと、多少葉っぱとか、木の枝とかがくっついているけど、かすり傷ぐらいしかついていない牛尾がハッハッハ、と子津家の居間で笑っていて、子津は眉間に皺を３本も４本も入れて、消毒液を頬についた赤い筋なんかに押し当てながらギロリと睨んだ。 「そんなの徳なんていうもんじゃ無いっす。キャプテンのお陰でウチの庭の木は壊滅的っすよ」 「うーん。それは悪いと思ってるんだよ。なるべくすぐに元に戻すから」 「『それは』？！！」 「えーと・・・イタタタタタ！！子津くん！痛い痛い痛い！！」 うん？と首を傾げる牛尾に、堪忍袋の緒が切れっぱなしの子津がぐりぐりと傷口に消毒用のコットンを押し当てて、牛尾が声をあげる。 「何が『痛い』っすか！もし、下に木が無かったらどうするつもりだったんすか？！！こんなもんじゃ無いっすよ！痛いっていうのは！！」 「・・・」 半分涙目（に見えない事も無い）で訴えられて、牛尾はちょっと天井を見てみた。 ああ、あの染み、人の顔に見えるな。・・・僕の子津くんをもしかしてずっと見てる？！なんて失敬な！ そんな事を上の空で数秒考えて、牛尾はひたと子津の顔を見た。 「な、なんすか」 「・・・」 「・・・」 「子津くぅぅぅんvvVV」 「わぎゃー！！な、な、何するんすか～！！」 突如抱きつかれて、バタバタと暴れるその頬にすりすり擦り寄られて、子津が叫ぶ。 「愛してるよ～～！僕の事心配してくれたんだねー！！！」 「うわー！変なこと叫ばないで下さいっす！家族もいるんすからー！！」 「いいじゃないか！いいじゃないか！よいではないか！！初初しいの～！」 「最後の辺りどっかの悪代官っすー！！！」 「さて、そんなワケでね？今日僕の特権をフルに生かして野球部を休みにさせたのはこの為だったんだよ」 やっぱり陰謀だったんだ、とか思いながら、子津は眼下に広がる海に目を向ける。 あの後、牛尾をぼこってから、『出かけよう』と言われて、行き先もつげられずに、電車を乗り継ぎ、海の無い埼玉から、県外へ。 更に駅から下りて、レンタルの自転車屋さんで自転車借りて、2人乗りで自転車にのって。 過ぎるみた事も無い街を見ながら。 「秋季の大会がある事は知ってたし、僕ら三年が抜けて初めての戦いだ。とっても大事なのは知ってるけど、どうしても君の産まれた今日だけは、2人で過ごしたかったんだよ。」 言われて、子津は遠くを見る牛尾の顔を見る。 （いつもふざけてばっかの癖して、こんな時ばっかり卑怯っすよ・・・） 小さく心の中で呟いて、海を見る牛尾の顔を子津は見る。 「空でもそうなんだけど、海を見てると凄く思うよ。とても自分はちっぽけなものなんだってね」 しかも日本の海は厳しく見える、と呟いて、牛尾は子津の手を握る。 海から吹きつける風は少し冷たい。 握られてる手は、とても暖かい。 「僕と一緒にいるのは、きっと普通の人生よりも、辛いものだと思うんだ」 打っては返す波の中に攫われないように、と思っているのか、握る手の力は少し痛い。 「それでも、一緒にいてくれるかな？」 子津はそれでちょっと笑った。 やっと遠い目がこちらに向いて、ちょっと笑った。 「誕生日プレゼント、謹んでお受けするっすよ」 END †後書き† げふん！げふげふ。 あー、えー。 あれですぜ！旦那！ 支離滅裂。 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |