遅くなったけど、約束だと言って、渡された思い出のペンを見て、 私は総てを思いだした。 胸が潰れてしまうんじゃ無いかと思う程の幸福だけに満たされてキスをした。 やっぱりチョコの味がした。 「私はもう貰っていますから。まだ、行く所があるんでしょう?」 メロの腕は温かかった。 もう、寒くは無い。 悲しくも無い。 辛くも。 ただ、深く感謝した。 「メロ。眠るまで、傍にいて、下さい」 『たったひとつのためだけに』 「「!!!!???」」 突然、視界が開けた。 目の前は群青色の暗闇と、奇跡のようなオレンジへと変化するグラデーションの空。 俺はそれに手を伸ばすと、自然落下とは程遠い落下に身を任せて、まん丸に目を見開いている彼の元へと優雅に着地した。 「よお、ほら。お前のだろ?」 「…………」 にっと笑って、小さな手に紐を握らせた。 「もう離すんじゃないぞ。…と、怖いか?」 どんぐりのように大きく目を開いたままの彼を前に半分髪の毛で顔を隠すようにした。きっと子供にこの傷は怖いだろうと思ったのだ。 彼は少し後でぶるぶると頭を振った。「ありがとう」と小さな声で呟いた。 「いいや」 なんというか、感慨深い。 今、彼の躰を深く抱きしめて、眠りにつかせてきた。 きっと幸せな夢が見れるはず。 そして、今は彼の一番寂しい時に遭遇している。 絶対に逢える筈が無い彼とこうして対面出来る幸せを思って、自分に苦笑する。 そんなもの、何の慰めにもならないじゃないか、彼には。 いや、そうでも無いかもしれない。 思いなおしてメロは彼の頭に手を置いて撫でた。 「偉いな、ちゃんとお礼が言えるのか」 そう言うと、彼はやはり元々大きな目を更にめいっぱい広げて『そんなことはない』という風に、頭を振った。 「まだ、ここにいるのか?」 彼はこくりと頷く。 「そっか、オレもちょっと用事があって、ここにいなきゃいけないんだ。一緒にいていいか?」 彼はぱちくりと瞬きを繰り返してから、またひとつ頷いた。 「…ああ、ちょっと寒いな。おい、お前暖房の代わりになってくれ」 「!?」 小さな彼をひょいっと抱えて、メロは壁の一部に腰かけた。コートの中に半分いれて、抱きかかえる。 彼は硬直して、置物のように微動だにしない。 メロはその頭の上に顎を乗せて、目を瞑った。 とりとめも無い話をする。 自分には憧れの人がいるんだとか、 にくったらしい面のライバルがいるんだとか、 そういう話をとりとめもなく。 彼はそんなメロに少しずつ笑って、明け方近く、真っ暗な夜空を見上げて呟いた。 「独りになっちゃった」 ぽつりと言ってから「あ、でも」と付け加える。 「お兄さんが私の風船を取り戻してくれたから、独りじゃ、ないです」 ありがとう、と優しい声がして、メロは「良かったな」と返事をした。 「手放したくないものは、手を離すな。…でも、どうしても無理で離してしまったら。」 「…?」 「手ぇ伸ばせ」 「…届かなくても?」 「届かなくても。もしかしたら、今みたいに戻ってくるかもしれねーだろ?」 な?と問いかけると、彼はこくんと頷いた。 「…ああ、そうだ。いいもんやる。」 「?」 「ほら、いい万年筆だろ?」 メロは懐をごそごそやって、ニアから手渡された万年筆を彼に渡す。 「…でも」 「いいから。オレが憧れの人と両思いになったお裾分けだから、有難く貰っておけ」 「…」 「これには、オレの魂が宿ってる。だから、きっとお前はこれからも、寂しくなんて、ないさ」 「…」 「ずっと、ずっと寂しくないし。痛いのも、辛いのもこのペンが代わってくれる」 「…でも、それじゃあこのペンが痛いよ…」 「…お前は優しいな。でも、大丈夫なんだ。これはそういうペンなんだ。お前が痛くなくて、辛くなくなって、それで笑えたら、凄く嬉しくなって、まったく平気になれる魔法のペン」 「…本当?」 「本当に決まってンだろ?オレを疑うのか?」 からかい混じりに脅かすと、彼は小さな頭をフルフルと横に振った。 そして、ぽとぽとと涙を流す。 それを出来る限り、壊れないように優しく抱きしめて、痛いのも、辛いのも、総ての泣きたい感情が零れ落ちるまで包み込んだ。 陽が昇って、辺りが暖かくなった頃、メロは立ち上がった。 「んじゃ、お前はここをずっとまっすぐ行った教会に行くといい。出来るよな?」 コートからはみ出た子供は、強くこくりと頷いた。 「独りにして…ごめんな」 「どうして、お兄さんが謝るんですか?私はとても優しくしてもらったのに」 「…ごめん…」 死神の声が脳裏に強く甦った。 どう足掻いても、変えられない事実。 メロが離れた途端、彼はメロの事を忘れるだろうし、彼が寂しいときにも一緒にいてやれない。 どころか、彼には心痛だったろう、Lになる事さえ止められない。 誰かの命を左右させる人生なんて望んではいなかったろうに。 「ごめんな…」 メロが泣き出しそうに顔を歪めるのに、小さな彼は困った顔でぎゅっと抱きついてきた。 「我慢しなくて、いいんですよ」 「…!」 「お兄さんは優し過ぎます。私が泣くのを慰めてくれたのに、自分は泣くのを我慢しちゃ駄目なんです」 「…っ」 「私が傍にいてあげます」 「…っ、ありがとう、Lっ」 「?」 不思議そうに顔をあげた彼から身を離した。 一歩、二歩、三歩と離れて行くと、小さな彼はふと我に返ったように、首を傾げて、手の中の風船に驚き、与えられた万年筆を握って微笑み、歩きだした。 その後ろ姿を見るとも無しに眺める。 優しくなんて、無いんだ。 オレは、これっぽっちも優しくなんて、無い。 もし。 もし、オレが優しいと感じてくれたのなら。 それは そんなのは 全部 お前がくれたものなんだ L―――。 たったひとつの ため だけに どうして こんな こと が できるか なんて そんな ことは わかりきって いる こと なんだ おれに ぼくに やさしさを あたえて くれた あいじょう を わけ あたえて くれた いのち を ふきこんで くれた かれの ためなら なんだって。 かれの ためなら なんだって。 「オレがアイツを愛してる、たったひとつ、その理由だけ」 死神は思う。 きっと、ずっと理解できない。 だけど、とても綺麗だと思った。 とても、とても、綺麗で素敵だと思った。 理解できないけれど、 メロが立っていたところは、とても綺麗な青で溢れている。 そのしゃぼんのような綺麗な泡に触れると、 シドウにも、少しだけ解ったような気がした。 たったひとつのためだけに……を。 おわり。 懺悔 ………………………… 2006.01.20up [0]back [3]next |