■【裁きの剣】■
04
「…ーライトッ!!」 【裁きの剣】 突然耳元で大きな声が張り上げられて、月は当然耳を押さえた。きぃーんと響く不快な音に眉を潜めながら、声の主を見遣る。 「…何だ、ミサ」 「何だじゃ無いよー!せっかく二人でいるのに、何回呼んでも返事してくれないし。…仕事の事?」 月がミサの前で上の空でいる事は普段無い。もしかしたら重大な事(ミサに取っては月といる事が重大なのだが)を考えていたのかな、と思い、ミサは語尾を潜めて上目遣いで月を見遣った。…怒っているかもしれない。 「…いや、まあ仕事と言えば仕事かな…?ミサが会いたいって言ってた占い師の事でちょっとね」 「あー、ミサ直々に会いたいって言ってるの、拒んだ人。」 ミサは何度となく断りの言葉を臣下から聞いていて、それを思い出しむくれた。 「…本当に相当扱い難いね、Lは。でもまあ時間の問題かな。もう少し待ってくれ」 「あ。もしかして月、あの人の口から名前聞いたの!あのLって云う占い師、自分からあまり名乗らないので有名なんだよー!さっすが月!」 「…そうなのか?まあ、Lの名前なんてどうでもいい事だ。…それよりミサ。何をそんなに占いたいんだ?治世の事か?」 月が大真面目な顔でそう聞くと、ミサはなんとも言えず渋い顔をした。 女が占いたい事なんて大概一つだ。それは『自分の好きな人の事。』 思いっきり鈍感な月に、ミサはべーっと舌を突き出した。秘密!と答える。 それで月は『どうせ下らない恋愛とかの話だろう』と思い、「そうか」と深く追求せずに済ませた。 それから「それじゃもう帰るよ」と付け加える。 途端にミサはがばりと横になったベッドから半身を起こした。 「ええー!何でよー!泊まっていけばいいじゃないー!」 「…我が儘言うな、ミサ。僕は臣下だぞ。今の時間でもギリギリだ。そういう事は僕が君の夫になるまでは無理だよ」 「ミサ気にしないのに…」 「ミサは気にしなくても世間は気にするもんなんだよ。…僕は君に変な噂なんて立って欲しく無いんだ、分かるね?…ミサ、君との結婚はそんなに遠い事じゃ無い。…だから、今日はもうお休み」 言って、ミサの唇を奪う。ミサは恍惚とした表情でそれを受け入れた。 チュッと音を立てて唇を離すと月は「それじゃ」と踵を返した。 やはり夜半は気温が下がる。L一行を屋敷に引き入れてから、既に10日が過ぎた。下弦の月が辺りを仄かに照らしている。 丁度Lが来た時は、今は隠れている方の月が照らしていたな、と月は裏門から屋敷に入り、目を眇めた。 物陰だろうが、不自然な物陰が、緑の茂らない木の上に陣取っている。 月はこの屋敷の中でそんな事をする輩は、先日招いた客人くらいしかいないと、ため息をつきつつ不知火(しらぬい)のように燐光を発する人物の元へ歩み寄った。 「…月見かい?」 「月くん。今お帰りですか、ご苦労様です」 先にLは月に労いの言葉をかけてから、「はい」と答えた。 「今日は砂塵が最も立っていない日ですから、よく見えます」 「だからと言ってそんな所で見なくとも…。しかもそんな格好で」 呆れたように降りるつもりの無いらしいLを見上げると、彼は月に目もくれず、「大丈夫です」と言い放つ。 「寒くは有りません。高い所でも風が無いですし、…それにこのしんとした静けさのような冷たさが私は好きなんですよ。…ですから、問題ありません。…月くんも外套なんて脱いで、此方に来たらどうですか?特等席ですよ」 そう言い、Lは自分の隣を指差した。 しかし、そうは言ってもこの木には足をかける枝が存在しない。どうやって登るんだと、辺りを見渡せば、我が屋敷を構成している仕切り壁や円柱、果ては屋根が目に入った。 「そのまさかです」 月が何もいう前に、Lの言葉が降って来た。 見上げるLの顔は高さと逆光の為、よく見えない。でも、月を振り返ったその横顔の微かに見えるベールの下の唇が笑っているのは確かだった。 「…まるで曲芸用の猿だね」 月は呟き、しかし外套を脱ぎ棄て仕切りに足をかけた。…こんな事子供の時分ですらした事は無かった。真面目な子供だったのだ。 だが、見下ろされたままでは気分が悪い。 (まさかこの歳で木登りとは…) 月は軽く嘆息してから、持ち前の運動神経で、難なく月はLのいる枝までたどり着いた。 頂点までゆくと、水平に広がる枝は、まるで乗って下さいと言わんばかりに太く硬い。 「流石ですね」 Lは笑いを含んだ声で手を差し伸べた。 平均台の要領で、バランスを取っていた月は、仕方なくLの手を取る。 その手はひんやりとした外気より冷たい温度を伝えた。 「…L、冷たいよ、手が」 「ああ、それは失礼しました。でも私は通常から体温が低いので。…それより、立ったままで見て貰えますか。とても、美しいですよ」 言われて、月はLの手を取ったまま、眼下を見下ろした。 …その、壮観な事。 ミサの住む、自分達が執務する宮殿からの高さの方が圧倒的に高いにも関わらず、だ。 何度となく見渡した筈の、いずれ自分が統べるであろう大地が、いきなりクリアに視線の中に映り込んだ。 「美しいですね、この国は」 言外に気に入りましたか?という視線が一瞬だけ月を絡め取った。すぐさま、再びそれは月から離れたのだけど。 そして、月もまた正面を見据える。 「………L」 「なんでしょう?」 押し殺したような声でLの名を呼ぶと、月明かりに青白く仄めいた横顔が月の顔を捉えた。その淡い月光さえ吸い込んだ漆黒が、神がかった神秘性を見せる。 黒耀石のような瞳に捕らわれたまま、月は口を開いた。 「この景色はいつか失われるのか…?」 自分としてもらしく無い言葉だったと思うが、Lの放つその瞳の翳りは、失う事に対する憂いや痛みを強く表していて、月はつい口走ってしまったのだ。 「…」 「…」 しばし、無言の時間が流れる。 それに焦れるように、月はLを睨みつけた。 するとLは無表情と言えなくも無いただただ静かな表情を、目尻に笑いを含めたものにして言ってのけた。数瞬前のあの切ない表情が嘘だったかのように。 「おや、『占いなんてものには頼らない』んじゃ無かったのでは?」 カチン、と来た。 憎たらしいとはこの事だ、と月は今まで生きてきた人生の中で一番強くそう思った。 「…聞いていたのか…。悪趣味だな…」 思わずそ吊りあがる眉と少々の怒りを隠す事無くLに伝える。 「嫌ですね、聞くなと言う方が無理な話ですよ。あんなに近くで声を上げられては」 子供を諭すような声音で言われ、更に月は腹を立てる。 (僕はお前の随従のように子供じゃ無いんだからな…!) 何か、同列に扱われたようで気分がむしゃくしゃした。これ以上面に出せば余計にLは笑うだろうので平静を装ったが。 …その代わり、皮肉を言ってみた。 「じゃあお前は、自分を認めていないヤツの所について来たのか?酔狂なヤツだな」 「…確かに酔狂なのは認めますよ。でも…だから、ついて来たのです」 「は?」 「占いを馬鹿にする人って云うのは結構いますよ。ただ馬鹿にされるのは腹が立つのでけちょんけちょんにしてやりますが…。…ですが月くんみたいなのは嫌いじゃ無いです」 「……」 なんだか誉められているのかいないのか、よく分からないというような気分だった。ただ、なめられたヤツには徹底的に仕返しをする姿勢が好ましいと思った。 退屈しないというか。 「自分の力で、自分の努力で道を切り開いて行く人は…好きですよ…」 最後の言葉に、月は酷く狼狽した。 心臓が一際大きく鼓動を打ったような気がし、ついでに、先程感じたような寂寥感を持つ一言に、思わずその…抱きしめたくなったのだ。不覚にも。 「………お喋りが過ぎましたね。まあ、そういうワケです。…それに、月くんみたいな人に『なんか』と言わせ無くするのも楽しいですし、ね」 にやり、とLの唇は弧を描く。それで月はやっぱり悪趣味だと思った。今思ったあの焦りが怒りに変わる。 「…冷えて来た…降りるぞ…」 だからむっつりとLの手を払い、下に降りようと試みると、それを許さぬように、ぎゅっと強くLが手を握った。 『何』と視線で問うと、Lの口がゆっくり開く。 「…普遍・不滅の物はどこにもありませんよ、月くん」 平坦な声は、それが啓示のように聞こえる。 「…それでは、お休みなさい、月くん。風邪を引かないで下さいね」 「!」 Lはぱっと立ち上がると言い様、月の唇に口付けた。ベール越しに。 「ではいい夢を」 にっこり笑い、Lは月の手を離す。枝を蹴ったかと思うと、すとんと視界から一瞬消え、枝を中心にくるりと一周回転してから重力を殺しつつ着地した。 その猫のような動きと、更にそれを思わせる軽やかな鈴の音と。 叫んだり、怒鳴ったり、兎に角強い感情が月を支配したが、バランスを取るのに充分とはいえない枝の上、月は唇を押さえ足に力を入れる事でその衝動をやり過ごした。 ひんやりとした、キスは同時に激しい熱を持つ。 むしろ風邪より質の悪い体温を持て余し、月は小さくLを罵った。 少ししてから、終わりのLの言葉が自分の質問に対する答えなのだと理解した。 To be continiued ■懺悔■ ひええ…楽しい!(楽しいのかよ!) そんなワケでライエル初めてのキス編が終わりました!(そんな題名じゃ無い) ってゆーか、ミサが自分で書いてて可哀想でした…それからこれからも可哀想… ミサはあれだ。レムに幸せにして貰えばいいよ…出ないけど… 仕方ないのよ。月はLたんのだから…ね?(ね?と言われても) 布越しのチッスは序盤戦です。まだやります!楽しいなあ〜アハハ!(壊) では、宜しければまたお付き合い下さい。感想も随時募集中です☆ 水野やおき 2005.06.23 ≪back SerialNovel new≫ TOP |