■【Lovers】■ 04

キスをする。
指先で触れる。
敏感な処を擦りあって、
癖になる甘ったるい声を聞く。
そして、
呼応する体を縋るように掻き寄せられて、
汗に滑る背中に爪を立てられた。

まるで悪い魔法にかけられたみたいにくらくらした。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 普

(…だからお前マジ悪魔だって…)
今は腕の中で気持ち良さそうに寝ている間抜け面を眺めながらプロイセンは思う。
小悪魔とか可愛いらしいものじゃ無い。こいつは悪魔だ。
プロイセンはイギリスの非道な所も極悪な所もきちんと理解しているつもりだ。むしろ其方の方をより理解していたと思う。
(…これは反則じゃねぇ?)
見た目が若干変わっているのもいただけない所だ。ほぼイギリスの顔で、ほぼイギリスの声だ。違和感はあるが、イギリスに似ても似つかない…というワケではない。イギリスだ。
けれど、決定的に性別が変わってしまったから、あの極悪非道さを連想しにくい。それよりももっと柔らかい処が目について仕方ない。別におっぱいっつーワケじゃねぇぞ。内面的な話だ。
(前から可愛い顔はしてたけどなぁ…眉毛除いて…)
大概迷惑な話ではあったが、ニコニコと笑顔で料理を差し出すイギリスが嫌いでは無かった。
小国から成り上がる強さも気にいっていた。
(…それだけだった筈なんだけどなぁ…)
イタリアちゃんの所の代わりに遊びに来てもいいと思った、ただそれだけの筈が、今は欧州会議までしかいられない事が、その関係が惜しくなってしまっている。
万一、なんだかんだと理由つけて遊びに来たら、ツンツンな事をいいながらも嬉しそうにするんじゃねえかと予想出来るから余計に参る。
(お前マジで悪魔だろ)
こんな風に懐いてみせる癖して、その好意は優しくされた人に懐く子供のようなものだ。
(…あー…、有り得ねぇ…)
ちょっと本気になりそうなのに、誘ってきやがった本人は、土壇場で「困る」とか言い出しそうでまじ嫌だ。
けれど、気になったものは仕方なく、欲しいものは今まで自力で手に入れて来たプロイセンだ。
もう火蓋は切って落とされている。今回だけ奪わない道理もない。
(俺様に手を出したお前が悪い)
プロイセンは間抜けに開いている唇を微かに塞ぐと、心地よい抱き枕を更に引き寄せた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英

目が覚めると一面肌色だった。
天井はこんな色をしていないし、シーツにしたってそうだ。
では一体ここはどこで、この肌色は何だったろうかと思った所で、慣れてしまった呼吸音と、体温を知覚した。顔に一気に血が集まる。
(糞っ!何なんだよお前!)
また抱き枕にされていて、それがちっとも嫌じゃ無い自分に戸惑う。これがフランスなら侵略は結構だと蹴り落としている所だが、相手は間抜け面を晒しているプロイセンだ。関わって来た経緯が無いでは無いし、敵だった事もあるが、あまり個人的に関わった事が無いため、蹴落とすのは紳士的ではない気がしてしまった。
…断じて、この状態が心地よいとかではなく。
(…こいつが切欠とはいえ、先に手ぇ出したのは俺だしな…)
プロイセンにとって大事かどうかは分からない童貞だが、奪ったという引け目もある。
(…こいつがもっと遊び人っぽかったら…)
ここで羞恥心を噛み殺す必要などなく思うままに叩き落とせるのだが。
(なんつーか、大事にされてる…気が…するっつーか…)
ありていな優しさならばもっと簡単に突っぱねて遠ざける事が出来たと思う。下心が透けて見えたなら、遊びと割り切る事ができただろう。
でも。
(…相性悪ぃ…)
独特な存在感に感情を狂わされている。
イギリスの照れ隠しではないが、プロイセンは容易に「自分の為」に他者への好意を示す。
やりたいからやっただけ、撫でたいから撫でただけ。
「もっと俺様を褒め讃えてくれていいんだぜ」なんて調子のいい事をいいながら、反発してみせたイギリスを笑って軽くいなしてしまう。
それを繰り返してる内に拒否も否定もし辛くなって、あまつさえ心地良さを感じてしまっているから手に負えない。
(…って、だから断じて心地良いとかねぇって言ってんだろ!馬鹿ぁ!!)
心中でそう叫んで、けれどもピクリとも動けない。起こしてしまうのが勿体無いとかでは無いと思いたい。起こしてしまって無防備な顔で笑っておはようを言われたら心臓がもたないとかそういう理由ではないと思いたい。
(…畜生…計算違いだ…)
あの髭野郎やトマト野郎とよく一緒にいるのを見ていたから、こいつも機会が無いだけでこういう事にはドライなのだと思い込んでいた。もし、相手がドイツや日本のような純情さを持ち合わせていると思えば、イギリスとてあの時ああした暴挙には出なかっただろう。
(…こいつが純情かどうかは置いておいて…)
むしろ純情などという言葉の似合わない男であるが、一応、一般的な純情とマナーを持ち合わせていたらしい。
(マナーっつーのも語弊がありそうだが…)
ともかく、なんか突き放し辛いのである。こんな風にされるのは、本来違う奴だったと思えば罪悪感にも苛まれる。
(くそぉ…人の気も知らないで、寝こけやがって…)
しかも適度にムキムキした筋肉が羨ましい。
ちょっと惚れ惚れしそうな筋肉である。
(さすが戦闘国家…)
イギリスとてフランスに散々貧相だと言われていたけれど、全く筋肉が無かったというワケではない。確かに大陸の奴らと比べればちょっと貧相に見えるかもしれないが、一般的男性としてはそれなりだったしフィンランドとか、まああの辺と比べればいっぱしだったと自負している。伊達に大英帝国は名乗っていない。
だがしかしそれにしてもいい筋肉である。
フランスとかスペインとかアメリカとかあの辺とは違ういい筋肉である。
(あいつらあれが地力だからな…)
鍛えられて作りあげられたものだからこそ美しいと感じる。なまじ自分が体作りに関しては途中で諦めたから余計にそう思ってしまうのだろう。
ぺたりとその胸に手をあてる。つつっと指先を滑らせて腹筋を辿る。
(いい体つきしやがって)
適度に割れた腹筋を撫でる。無心に夢中になっていた所で「あー」と声がした。
「…俺様に見惚れるのはいいけどよ、もう少し寝かせろよ。くすぐってぇ…。…つーか、昨日もう勘弁しろっつったのはお前だったよなぁ?」
「おまっ、ばっ!…ん!」
「俺様は超優しいからな。やりてぇってなら付き合うぜ?」
唇を奪われた後、にやり、と顔を覗き込まれて笑われて、結局イギリスはプロイセンをベッドから蹴落としたのだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 普

(朝っぱらからムラムラさせやがって…)
人をベッドから蹴落としたイギリスが部屋から出て行ったのを確認して体を起こす。
何かがもぞもぞしてんなーと思いつつ目を覚ましたら、イギリスが無心に人の体に触れていた。
無垢な興味と、エロさを同時に持ち合わせるのは止めて欲しい。仕事があるだろうから勘弁してやったが、休日だったら怠惰な朝になっていただろう。
蹴落とさせたのはワザとだ。下手にツンデレさせたら手出ししないでいる自信が無い。
(俺様が優しい男で良かったな)
自分自身を褒め称えて、立ち上がる。イギリスがシャワーに行っている隙にキッチンに行く予定だ。昨日の様子と今朝の出来事を見るにイギリスにはキッチンを任せない方が良いだろう。イギリスの朝食はマシだとエイプリルフール後に聞かされたが、君子危うきに近寄らずだ。いくらマシだとはいえ黒焦げになってしまってはマシだとはいえない。今のイギリスは確実に黒コゲにすると踏んでいる。
プロイセンはふぁっと欠伸をすると寝室からキッチンへと移動した。

納得いかなさそうな顔をしたイギリスを丸め込んで朝食を取らせ職場へと送り込んだプロイセンは洗いものを済ませると、今日はどうするかと悩んだ。
イギリスの家を拠点としているのでそう遠くまでは行けないし、近辺の有名所は昨日あらかた見終わった。
これが悪友ともなると、外交とか何とか称して休みを取ると(スペインなぞは最近年がら年中気ままに畑仕事ばかりしているような気もするが)わいわいがやがやと酒盛りなどを始めるのだが、イギリスではそれも無理な話だ。まず有給を取るという概念も無いだろう。その辺は弟と同じで融通が利かない。
とりあえず簡単な掃除くらいはしてやるか、と箒を持った所で携帯がなった。噂をすれば(?)弟である。
「よー、ヴェス…」
「兄さん今どこだ?!」
いきなり早口で告げられて瞬きをする。何か急用でも出来たのだろうか。
プロイセンがぱちりと瞬きをして考えていると、続けざまに弟の声が受話器越しに飛んで来た。
「イタリアにいるのでは無いのか?!」
「へ?ああ、イタリアちゃんとこには飛行場のストライキで行けなかったんだよ」
「知っている。先程聞いた。だが、オーストリアの所にもハンガリーの所にもいないというでは無いか。フランスもスペインもうちにいる。では一体貴方はどこにいるというのだ」
「…あー」
なんというか心配性な弟である。しかし気にかけられて嬉しくないワケではない。思わずによによしてしまう。
「国内にいるならその…イタリアが先程やって来ている事だし…」
「ん?イタリアちゃん来てんのか?」
「ああ。なんでも先日は兄さんにすまないと言ってパスタを作りに来たと…」
なんでも会議までいるらしい。
「フランスもスペインも夜くらいは気を緩めなきゃいかんと騒いでいるし…」
「ああ。上手いビールでも出してやれ」
「兄さんは」
「俺様か?俺様は今イギリスん家にいるからそっちは好きにやってくれ」
「…イギリス?」
「ああ、今は仕事に行っちまってるが、もう滞在許可は取ったしな。帰るのは予定通り会議の日に戻るぜ」
というか、会議に乗り込まなければならないのだが、それは今告げる必要はないだろう。
「…そうだったのか。ならばあいつらにそう伝えておく。イギリスに宜しく言っておいてくれ」
「おー」
ダンケ、と短く礼を言って通話を切る。寝室に忘れっぱなしになっていた携帯の着信履歴を見て頬を緩める。まったく可愛い弟であった。

しかし暇というものはパソコンさえあれば無いも同然である。
そもそもシーツを替えたり、簡単な掃除や昼食、ちょっとした昼寝を挟んで、散歩がてらのジョギングと買い出し、夕食の準備などしていたら結構な時間になるものだ。
そうやって少しばかり空いた時間でインターネットを嗜んでいたらイギリスが帰って来た。声を掛けてパソコンをシャットダウンさせようと操作をしている間、しかし返事は返って来なかった。
「イギリス?」
昨日の出来事はまだ記憶に新しい。ただいまが言えないだけかと振り向くと、イギリスは難しい顔をして隣に立っていた。
「…帰っていいぞ」
「は?」
開口一番謎の言葉である。
「どういう意味だよ」
「どうもこうもねぇ。言葉通りの意味だ。…コレの事はこっちでなんとかする」
「はぁ?!」
開いた口が塞がらないとはこの事である。一体何があったのか、この変わりようは何だ。
「お前何勝手な事言ってんだ」
「…っ悪かったな、勝手な事言って!だから帰っていいっつってんだろ!帰れ!」
「だから意味わかんねえよ!一体なんだっつうんだ。一方的過ぎんだろうが」
「一方的なのはお前らだってそうだろ!勝手に来て、かと思ったら今度はそっちに行けだと?!」
「ああ?!何の話だ?!」
イギリスの剣幕に負けない勢いで返すと、イギリスはギリッと歯噛みした後、声音に混じる感情を殺すかのように低く押し出した。
「フランスから電話があった。何でもこんな景気の悪い時に景気の悪そうなじめじめした所にいたら気分も悪くなるだろうし、イタリアとあの腐れワイン野郎が旨い飯を食わせてやるから、プロイセンがひっくり返らない内に一緒に来いよ。だ、そうだ」
「…あー」
なるほど。
「俺は行かない。お前はどうせイタリアとフランスとスペインがいない代わりにここに来たんだろ?コレの事は今の段階だったらどうにか出来ないでも無いと先程聞いて来た。だから帰ればいい。」
抑揚なくそう言われて頭を掻く。イギリスの言っている事は間違っちゃいないが、だからと言って自己完結し過ぎでは無いか。
プロイセンはガリガリと短い銀の髪を掻きまわしてから、イギリスを見据えて言った。
「…結論からいうぞ。帰らねー」
「は?」
「そういう理由なら帰らねーよ。俺はヴェストに会議始まるまで帰らねーって言った。お前にもだ」
「だからそれは」
「話は最後まで聞けよ。確かにイタリアちゃん家に行けてたならここには来なかった。フランスかスペインが自国にいればそっちに行ってたろうな。だけど嫌いな奴の所には来ねーし、本当に嫌だったらお前ぶっ飛ばしてとっくに帰ってるっつーの。でもどっちかっつーとぶっ飛ばすっつーか、今朝俺様をベッドから蹴落としてくれたのはお前の方だろ」
「あ、あれは!」
イギリスの顔がかぁっと紅潮した。真面目な顔で言ったから混ぜっかえされた事に気付いていないようだが、後数秒もすれば気が付くだろう。怒鳴られるのは本意ではないので、混乱した所を狙って畳かけるようにプロイセンは言葉を継いだ。
「お前の料理がダメなら俺様が作りゃいいじゃねーか。どうしてもってんなら昨日みたいに一緒に作りゃいい」
「………」
「会議までここにいるぜ。それからな、もう少し遊びに来ようと思ってる」
「!」
目を丸くしたイギリスに向けてプロイセンは口角を上げる。
「お前といるの結構楽しいからな!俺様が直々に来てやってもいいぜ!」
ケセセと笑うと、驚いた顔で瞬きを繰り返していたイギリスが、不意に泣きそうな怒り顔で「アポ無しで来たら叩き出すからな!」と言って…、
それから笑った。



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