■【裁きの剣】■ 06

太陽に煌めく白刃がくるりと舞って花園に突き刺さった。



【裁きの剣】



「お見事です、L」
「…本当、びっくりしたよ」
ニアの平坦な声が聞こえて、Lは不服そうなメロの顔からニアに、それから最初はいなかった筈の月に視線を移した。
「月くん。今日は早いですね…いつから見てらしたのですか?」
Lは少しだけ乱れた髪をふるふると頭を振る事で整える。月はついさっきさ、と答えた。
「…L、アリガト…」
全くもって『有難う』と言う響きでは無かったが、Lは「いいえ」と答えた。子供らしいメロの感情がLは好きだ。将来はより頼もしくなるだろう。
「ニア、行くぞっ!」
月をジロリと睨んでから、メロはニアと姿を消す。月はそれを見届けて地面に転がった鍛錬用の剣を持ち上げた。
「ああ、練習用の剣か。刃が潰してあるね」
月が先程までメロが持っていた剣を検分する。
Lは頷いて「こんな事でつまらない怪我をしても困りますからね」と答えた。
「まあ、真剣でやったからと言って下手な怪我をする程、私もメロも鈍くは無いですが」
「ははっ、大した自信だね。まあ、確かにとても筋が良かった。これなら前線を任せられると思うよ。…どうだ、占い師なんか止めて軍隊に入る気は無いか?」
ぽんぽん、と片手で剣を弄びながら月が笑う。
「嫌ですよ。私こう見えても頭脳派なんです。嫌いじゃ無いですが、興味ありません。」
「ふーん、そっか。じゃあ仕方ないね」
「でも体を動かすのは嫌いじゃ無いですよ。…なので月くん、どうですか?一本勝負」
Lの手がくるりと剣の柄を回転させて持ち代える。
「僕の実力知ってて言ってる?」
「ええ。官房官でありながら、あちこちに顔を出し、戦闘が行われれば、自ら前線に出る事も厭わない勇猛な将、かと言えば背後で地を読み転機を伺う冷静な軍師。文武両道とはこの事でしょうか?」
「…良く調べたね。じゃあ手加減無しでいいのかな?」
月が薄く笑うと、Lは涼しい顔で「ええ」と頷いた。
「調べる迄もありませんよ、月くんは有名でしたから。…それに、私もあれが本気じゃありませんし。強いですよ、私」
「…そう、じゃあ本気でいいね。あまり僕が本気を出せる相手っていないんだよ、だから、そう。…嬉しいね」
月は侮られたと思ったのか、ただ単純に実力を…恰好の獲物と巡りあえたからか、薄く薄く、酷薄に笑う。
「では、行きます」
Lはそれをただ正面で受け止め、剣を構えた。


ザリッっと白く硬い土を踏みしめ、お互いが一歩を踏み出す。
金属特有の高く硬質なキィンと云う音が何度響いた事か。
上段、下段…様々な場所を狙って繰り出される斬撃を防ぎ、反撃して長い時間が経っていた。
お互いの息は荒い。
そろそろ、終着するだろう。人がいたとしたならば誰もがそう感じたはずだ。
僅かな気の乱れで終わりを見せるだろう、その乱れは、Lの身に起こった。
風が吹き、Lの裾を悪戯に攫う。
しまったと思う暇も無い。
りんっと足の鈴がより耳に響き、服の踵を踏みバランスを崩したと同時に、それを狙ったように月が剣を繰り出す。
せめて防いで、そのまま後方に倒れ込んだ。
「勝負、あった、な」
はっはっとせわしない息づかい。月の楽しそうな視線と、喉元を制する剣と。
Lも同じく荒い息を繰り返しながら「負けました」と不服そうに言った。そのまま空いた手で月の剣を押す。
喉元に突きつけられた剣はそのまま地面にあて、月はそれを支えにしながらLの上に跨るようにして膝を折る。
そのひらひらした水色の布を引っ張って笑う。
「敗因は服を選ばなかった事かな?まあ、どうせ後少しでお前の方が体力が尽きてただろうけどね」
嬉々として顔を覗き込む月に、Lはそうですね、と答えた。
上下する胸を落ちつかせるように大きく息をする。
「…でも、まさか手加減なんてして無いだろうね?」
「…何故です?」
「…お前汗掻いて無いじゃ無いか」
確かにもう陽が沈みかけているとはいえ、この暑さの中Lは殆ど汗を掻いていない。
対照的に月は伝った汗が顎から滴り落ちた。Lの絹地に染みを作る。
「…ベタベタするのが嫌なので、極力汗は掻かないようにしています」
「…お前ね…」
「それが必要な事もあるでしょう?…しかし、これでも結構汗だくになりました…砂まみれですし…」
ベタベタします、とLが顔をしかめる。月は嘆息した後でLに手を差し出した。
「水浴びに行くぞ。気温が落ちる前に」
「賛成です」


練習用の剣を、途中女官に預けた。Lは月の後をついて行く。どうやら今日は客室では無い、月だけが使う入浴場に行くらしかった。
「実はこっちの方が眺めが良くてね」
月は笑いLを導く。
「毎日使うのだから、僕の趣味にあった方がいいだろう?」
言って連れて来られた場所はなる程、客用に造られたのとはワケが違う。此方を見た後では、あちらは見栄えばかりが先立っている(と言っても見苦しくは無いが) ように感じた。
Lは趣味がいいですね、と呟く。
どこから仕入れたのか、大岩をくり抜いたようなそびえ立つ壁面は白の統一感。
Lはペタペタと辺りを見物する。
高くから吐き出される水飛沫が熱を持った体に気持ち良かった。
「L、脱衣場は…っ?!」
何時までもそこに立ったまま動かないLに痺れを切らしたのか、月が近くまで来て、にやりとLは笑った。
月の腕を強く引っ張ってそのまま水中へダイブする。
大きな水音が上がる。
「エルっ!」
月がごほごほと咳き込みながら水中から顔を上げた。
「気持ちいいですね。…いえ、私熱いのは苦手でして」
「僕だって同じだが、だからと言って服のまま入る奴がいるかっ!」
物凄く怒ってるらしい月にLは首を傾げた。
「まあいいじゃ無いですか。服を着たまま入浴する民族だっていますし。」
「そーゆー問題じゃ無いよ、Lには常識っていう物は無いのか?…全く人を巻き込んで…」
「はあ、すみません。でも楽しいでしょう?楽しく無いですか?こんな事した事無いでしょう、月くんは」
ぶつくさ呟く月にLは意味ありげに微笑んだ。
月は『楽しく無い、迷惑だ』と言い返すつもりで、Lを見たが溜め息を吐いた。
Lの黒い瞳が面白ろそうに輝いている。
「…お前といると調子が狂うよ、L。昨日はお陰で風邪を引きそうになったしな」
「そういえば良かったですね。月くんが丈夫なお陰で私は楽しいです」
「……自分勝手だな。今も風邪ひきそうだよ」
「それは、どうもすみません」
全く悪びれ無い言葉にお互い、笑う。
笑い、どちらともなく唇を合わせる。
一枚の壁を隔てたキスは少し遠くて、もどかしい。しかし不謹慎なくらいぞくぞくした。
何度も角度を変えて重ねる。月は水分を含んでぴたりとLの唇に張りついた絹のベールを舌先で舐めた。ふるりと小さくLの体が震える。
「…」
今度は目があっても笑う事は無い。真剣な瞳で月はLを見つめた。
別に男色など珍しくは無い。月は宮殿内に収まる文官だが、父の立場も利用して軍に身を置く事もある。
負けられ無いのだ、一度戦火を切ると。そうすれば、能力の高い者が軍に二重に籍を置いてもおかしくは無い。
そうすると、なまじ理性とは離れた場所が為、それを隠す者は少く、ゆえに男色家を目にする事は多々あったりする。
月も声をかけられた事がある。声どころでは無く実行に移そうとした奴もいたので、腕を落としてやった。…上官でなくて良かったと思った。
…とまあ、そういう事で月に同性愛の思考は無い。そもそも性行為に淡白な性質なのだと思う。特に無くとも困らない。
「…、」
Lの唇が微かに開いた。
絹地に水が染み込み、息がし辛いのかもしれない。
月はざわりと背筋が騒ぐのを感じた。
そのままLの顎下まで垂れ下がるベールを咥え引っ張った。
ぷつりと音がして、Lの顔を覆う物が無くなる。
「素顔を見られてしまいましたね」
「見られて困るようなものでも無いだろう。このままじゃ、キスさえままならない」
言って顎を指先で捉えると、「確かにその通りです」とLは目を伏せた。



To be continiued




■懺悔■
あ…あれ?
…色々とですね、予定外です。メロが随分弱くなってしまいました…よ?
…いや、そんな筈は無い…一番はLだけど、メロも強いんだよ〜っ!

そして計算外ですが、長くなって良かったです。



エロが切り離せるから!(笑)


ウチはなんていいますか、雑なサイトなのでエロ注意報も適当です。
でも一応長文はアレかなーと…
ダメな方もいらっしゃると思うので、一応読まなくても大丈夫なようにしたいと思います!(多分!)

妙に乙女チック(?)ですみませんっ!

水野やおき 2005.06.25


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