■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■
06
静かな、だが暖かい空間に、月は顔を綻ばせる。 何の損得もなく、優しく触れ合う空間は まさに、月の描いた楽園。 【タイム・リープ】 〜凍結氷華U〜#6 『お姉ちゃん』と子供たちに纏わりつかれながらくるくると動き回る粧裕を見て、くすぐったい気持ちになった。 「はい、お兄ちゃん、お茶」 ひょいっとマグカップが差し出されて、月は礼を言いながらそれを受け取った。 皆には先ほど竜崎が、現状とこれから先どうするかを伝えた。 そして今、月と粧裕を除く人々は、別室で竜崎を見張りにして眠りについている。どうやら生き残った兄弟に配慮して、早めに二人きりにしてくれたらしい。 「粧裕がお姉ちゃんしてるのなんて初めてみたよ」 「…もう、お兄ちゃんの、バカ。」 どんな顔をして会えばいいのか分からないと随分悩んだものだったが、会ってしまえばそのわだかまりは、熱を前にした氷のように音もなく融解していって、月は粧裕をからかうと、むくれてしまった妹に笑いかけた。 「ごめん、粧裕。ずっと一人で心細かったろ?」 「…ううん。お兄ちゃんが生きてくれてるだけで、何も言うことはないよ。それより、粧裕もお兄ちゃんに謝らなきゃいけないことがあるの…」 「母さんの事なら聞いたよ。…本当に、すまない、粧裕」 「どうしてお兄ちゃんが謝るの?」 「僕がいたら助けられたのに…」 粧裕の口から残酷な言葉を引き出す前に先手を打って月が告げる。苦虫を噛み潰したような声で僅かに視線を逸らした月を見て、驚いた顔できょとんとしていた粧裕が、苦笑した。 「本当、おにいちゃんったら…。あんなの、お兄ちゃんでも助けられたかなんて、分からないよ。…そりゃ、絶対ないとはいえないし、もしかしたら、お兄ちゃんの言うとおりかもしれないけど…お母さんも助かったかもしれないけど…、でもやっぱりそんなの「かも」なんだよ。そんなの分からない。だからお兄ちゃんが気に病む必要なんてないんだよ。お兄ちゃんが生きててくれて、お母さんは良かったって天国で笑ってる。それだけ良かったって、絶対。…粧裕も、それだけで嬉しい。お兄ちゃんに会えて…ほんとに…」 涙まじりの声に、結局辛い過去を思いださせただけかと自分の迂闊さに舌打ちしたくなる。人心を操ることなんて得意だったはずなのに、現実が他人事でなくなっただけで、冷めた感情で分析するのをやめただけで、こうも頭がまわらなくなるものかと自身を叱咤する。今度こそありのままで接しようと思ったのが裏目に出た。 「…でも、うちのお兄ちゃんったら、いつまで経っても自信満々なんだから」 しかし粧裕は月の葛藤などものともせずににっこりと微笑む。何時の間にこんな大人びた優しい表情をするようになったのだろう、と胸が痛んだ。 月の記憶にある粧裕は、二人きりの時にはまだまだ子供ぽかった。年が幾つになろうが、『出来の良い兄』と『手のかかる妹』だった。 「よく頑張ったな、粧裕。」 手を伸ばして頭を撫でる。粧裕がはにかんで目を瞑った。 沈黙が降りて、優しいだけの雰囲気があたりを包む。 「お父さんにも早く逢いたいな…」 うっとりと撫でられる柔らかい仕草の感触に身を委ねていた粧裕が呟いて、月はその手を止めた。 「そうだな…。捜索もそんなに長くかからない。すぐだよ」 「うん。早く生きてる人全員みつけて南に行きたい。それで前みたいに皆で一緒にご飯を食べたい。お爺ちゃんとお婆ちゃんと、子供達も一緒に。それで粧裕は皆のお母さんみたいに毎日ご飯を作るよ。だからお兄ちゃんもお父さんも、早く帰って来てね?」 にっこりと粧裕が微笑んで、どれだけ寂しい思いとさせたかとぎゅっと粧裕を抱きしめた。 職業柄、普段から総一郎はあまり家に帰らず、粧裕は寂しがってばかりいた。 なのに監禁されて疑いを晴らすためとはいえ月も家を出て、月(キラ捜索)の為に総一郎も完全に家に帰らなくなった。挙句音信不通になって…。粧裕と母にはどれほど心細い思いをさせただろうか。 果ては母親をも亡くして。長い間一人ぼっちにさせてしまったというのに、月は「うん」とは言えないのだ。 竜崎は、皆を送った後、ここに戻るつもりでいる。 総一郎の報告では、北にはもう生き残りはいないと検討づけたということだった。 本州の最北端に行き着かずにいてさえ、生存者はいないのだ。北半球に位置づいている国々の人々の生存率は0に近い。 恐らく竜崎は生存者のみつかった経度から、生存者を探していく方針をとるだろう。そして竜崎自身はこれから年々厳しくなっていく氷の大地の最前線に残るつもりだと先ほど月に告げた。 『どうしますか、とは聞かなくてもいいですか』 竜崎が告げた言葉に、月は一も二もなく頷いた。 夏に氷が解けなければ、永久凍土は年々広がっていく。 どこで終止符が打たれるかは分からないが、寒冷化が続く限り、僅かに残る緑の地が凍り付いてしまうことだって考えられる。 だから、設備のしっかりした、捜査本部で実験を行う。 どれだけの設備を整えれば人々が生きていけるのか。それを見極めるためにここに残ろうと、戦おうと、そう決めたのだ。 だから粧裕に「うん」と頷いてやることが出来ない。 「ごめん、粧裕」 胸の痛みを堪えるように絞りだすと、粧裕が「どうして」と呟いた。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |