■【らぶラブらぶ】■
06
… side ギルベルト … ジリリリリ、と急かすような音を告げるプラットホームを目指して、全速力で階段を駆け下りると、ギルベルトは閉まりそうな電車の扉の内側へと身を滑り込ませた。 なんとかギリギリで電車に乗り込めたようだ。ほっと息を吐いて掴んでいた手を離す。 「急に引っ張るなよな!」 休日だからか、それなりに混んでいる車内でドアに寄りかかると、いきり立った様子のアーサーが顰めっ面で苦情を言った。 「間に合ったんだからいーじゃねーか。次の待つの面倒だしな」 「そういう問題じゃなくて、声を掛けてくれりゃいいっつってんだ!いきなり手ぇ引っ張るとか危ないだろ!」 「あー。次、覚えてっかな…」 「忘れんな!」 ジロリと睨まれて、肩を竦める。 別々に走って自分だけ乗る…なんて事になっても仕方ないのだから、少しくらい危険でも、そんなに目くじらを立てる程の事でも無いだろう。 ギルベルトは不満げに唇を尖らせてみせた。 それにギルベルトだってどうせなら、男の筋張った手よりも小さくてほっそりしたスベスベの手を握りたい。危ないのは分かるが、男の手を引っ張ったくらいでそんなにぷりぷりする事ねーじゃねーか、と思ってふと違和感を覚えた。 (…そういや、なんかほっそりしてるよなー) 一通り文句を言って落ちついたらしいアーサーの、手すりを掴んでいる反対側の手をむんずと掴んで検分してみる。 ぺたりと手のひらを併せると、一回り、小さい。 (身長違うからっつったってちいせーよな?) 小さ過ぎるというワケでは無いが、標準的な男の手よりか幾分小さいだろう。しかも… 「おー、スベスベ。この触り心地、俺様好み」 「……………っな!」 手の甲を撫でてみると深窓の令嬢の手の平のような見事な滑らかさを体験する事が出来て、ギルベルトは機嫌よくニヨニヨと笑った。指先に沢山貼ってある絆創膏がなければもっと観察する事も出来たのに残念だ。 「バカ、離せっ!」 ぐいっと手を引かれて仕方なく離すと、アーサーに視線をやった。不機嫌に睨まれて、ギルベルトはにやりと口元を吊り上げた。 「いやいや、お前はファンを大事にするべきだろう」 「ファンって何だよ」 向いている視線の苛立ちが増したように思えたが、ギルベルトは気にせず先程から黄色い声でお喋りをしている女子を視線で示した。先程からそちらを見てはいないがお喋りは背中を向けていても聞こえるものだ。 現在進行形で語られているであろう話の断片を小耳に挟みつつ、ギルベルトはちょっとだけ苦笑した。 アーサーは知らないかもしれないが、ギルベルトは一部の女子がホモだとか、ボーイズラブとかに著しい反応を示す事を知っている。…主にエリザベータのお陰で。 (…ふっ…好きな女の気を引こうとその手の本を読んでみたこともあったよな…) あり得なさ過ぎて爆笑したら、どこから取り出したのか分からないフライパンで殴られたが。 だがしかし、誌面の彼らは冗談よせよ、という具合になっていて、笑うしか無かったのだ。なのに殴ることは無いだろう。 (まず、デフォルメし過ぎだしな!) 原作のげの字も無い乙女チックさと煌びやかさ、話しの強引さは今思い出しても笑いしか浮かんで来ない。 (でもまー…) アーサーの手は男であるというのに、その手の薄い本のように華奢で滑らかだ。 怪訝な顔で説明を求めている様子のアーサーにギルベルトは手を離し扉から背中を離すとアーサーを囲い込むようにして耳元に唇を寄せた。 途端にキャー!という黄色い悲鳴が上がって機嫌をよくする。動機が何だが、『今、注目されている!』と思うと満更でも無い。 (まあ俺様紅顔の美青年だしよー!) 調子のいい事を考えながら、アーサーには適当に言いおいた。バレたら殴られるか蹴られるか、どちらにしても痛い目に合うと分かっているのに真面目に申告するバカはいない。 (しっかし、貧弱っつーか、虚弱っつーか…) 短く刈られた髪の下の首筋がやけに白くて、細い。普段はマジマジと観察した事など無いから気付きもしなかったが、成る程、毎回体育休むのは伊達では無いと言った所か。 (…でも別に不健康そうじゃねーっつーか…) 昨日ギルベルトに脚払いを食らわせた手並みは見事だった。だからと言ってイコールで健康だとは言い難いが、特に血色が悪いわけでも無し、先程触った色白の手は不健康に由来するものではないように思えた。頬に至ってはつつきたいくらいふくふくしているではないか。 (…しかもなんかいー匂い、しやがる…) 石鹸の香りと…あとは花のような甘さだ。フランシスなどはコロンをつけているが、人工的な匂いとは違って、ごく自然な香りのように思えた。 (………薔薇、か?) そういやウチの庭にあったな、と思いながら首筋に鼻面を押し当てるようにする。うっすらとした香りは車内の色んな匂いに混じって近くに寄らないと嗅ぎ分けられない。 すんすんと鼻を動かして、良いにおいで肺を満たすとぐいっと胸元を押されて少しだけ距離を取った。 「…おい。いい加減にしろよ」 怒ったように言われてはたと正気に返る。 「ああ、悪ぃ。なんか薔薇っぽい匂いがしたから気になっちまった」 「…薔薇?…ああ、あまりに見事だったんでちょっとだけ朝摘みさせて貰ったんだよ。手は洗ったんだがな…」 「お前、何かコロンとかはつけてねーんだよな?」 「つけてねーけど?だから香が移ったんだろ?」 アーサーが小首を傾げて、ギルベルトはひょいと眉毛を上げた。 (…なんか移ったって感じもしねーんだけどよー…) 移り香なら、首筋から強く匂うわけも無い。寧ろ体臭のような気がしたが、薔薇のような体臭がする人間なんている筈も無いだろう。 だったら何だ、と言われればやはり移り香としか言いようが無く、とりあえず頷いた。 「…で、今日は何すんだ?」 「あー、せっかく二人いるんだしナンパとかでもいいけどよ」 「ナンパなら一人でやれよ」 「いやいや、一人よりも人数いる方が成功率高いんだぜ?知らねーのかよ」 げんなりしているアーサーにニヨニヨして言うと何だか可哀想なものを見る目で見られてしまった。 「ああ…それってお前に魅力が無いからっつー…」 「違ぇよ!俺様どこから見ても魅力に溢れてるだろうが!」 「…今日は脳外科と眼科にも寄れば良かったな…」 「何だその諦めたような目は!違うっつーの!1対1だと相手が警戒すっから人数多くしてワイワイやろうぜって話しだっつーの!」 「…ふーん」 「何だよその顔!信じてねーな!」 「で?何人お持ち帰り出来たんだ?」 「…そりゃ、全員に決まってんだろ!」 「フランシスが、だろ?お前は?」 あっさり見抜かれてぐっと詰まる。これを言ってしまえばアーサーの言うことを認めた事になってしまう。さりとて突っ込まれれば嘘がバレてしまう。 「…いや、そりゃ、ねーけど…。別に俺様に魅力が無いからっつーんじゃねーからな!!多分!」 「で?結局何しに行くんだよ。ナンパなら俺は帰るぞ」 くそう、余裕かましやがって…と思ったが、ギルベルトとて実はそんなに興味が無かったりする。10代の健全な男子として、ヤりたいなーとは思うものの、好きでもない女の機嫌をとったりするのはぶっちゃけ面倒臭い。気の置けない悪友とワイワイやってるのが楽しいだけで、一人ならばゲーセンで一人楽しすぎたりする方が好きだ。 そんなワケで話題を引きずるのを止めて考え込む。 「カラオケとか?」 「却下」 「何で」 「お前の歌、うるさい」 「うるさくねーよ!!お前、俺の美声聞いたことねーから!」 またもや駄目だしされて声を荒げる。ナンパはまだしも、歌には自信があるっていうのにこれは無い。 「授業中に聞いた。それに去年学園祭でライブやっただろ。うるさいって苦情がマジで来たんだからな」 「はあっ?!」 目から鱗のびっくり情報である。思わず嘘だろ?!と聞き返すと大真面目な顔で「本当だ」と断言された。 そう言われてみれば、フランシスにもアントーニョにも「無いわ〜」とか言われていたし、ローデリヒにしてもエリザベータにしても「うるさい」だなんだと言われたけれども、それはなんていうか、愛すべきいじり要員だってだけで、本当にうるさいと思われていたわけではないと思っていたのだが…。 「多分今年は出たいっつっても生徒会の方からやんわり断られるんじゃねーの?」 なんという事だ。俺様の美声を理解出来ないなんて世の中物凄く損をしている。 (それとも何だ、俺様の美声が理解出来ないっつーんじゃなくて、ヘビメタだったから不味かったってそういう理由じゃねーのか?!) ヘビメタ自体が好みの分かれるところである。それはおおいにありうることだ。 しかし、アーサーは『授業中』とも言った。授業での課題曲は勿論ヘビメタなぞ歌わない。…ということは…だ。 「音程が云々の前に声がでかすぎだ」 「だってスカッとするじゃねーか!」 マジでうるさかったと言う事だ。しかし、授業中はともかく、カラオケはスカっとするのが目的の筈だ。選曲がマニアックだとはいえ、ギルベルトは何も間違ってはいないはずだ。 「ともかく、カラオケは論外だな」 「…じゃあ、お前は何したいんだよ」 駄目押しに言われてギルベルトが唸りながら聞くと、アーサーはきょとんした顔で瞬きしたあと、視線を明後日の方向に向けてからこてっと頭を傾げた。 (…妙な仕草が似合うじゃねーか…) ぶっちゃけ小動物のようで、なんか可愛かった。 アーサーがしばらく考え込んでいるウチに目的の駅について、とりあえず電車から降りて改札へ向かう。途中でアーサーが、「うーん」と唸りつつ口を開いた。 「特にねぇけど…、強いていえば、水族館とか…動物園とか…植物園とか…あとは…映画館?」 「最初の三つ、街、関係ねーし。つーか、何だそのデートスポット」 それは異性と行く所で、男同士で行くような所ではない筈だ。映画館はともかくとして。 そう指摘するとアーサーの顔が朱に染まって、「お前が何したいかっつーから言っただけだろ、バカ!」と怒られてしまった。 確かに聞いたのはギルベルトだが、だからといってとんでもないチョイスである。 「何、お前いつもそんな所に行ってんのかよ」 「………」 呆れて問えば、顔を背けて押し黙ってしまった。 マジかよ、と呆れてふと思いつく。 いくら御曹司とはいえ、数少なすぎる友人が本田とはいえ、さすがに水族館とか動物園は無いだろう。植物園と映画館はありそうではあったが、それにしても毎回、と思えば疑問の方が先にたつ。 そんなのは、頻度が明らかに少ないか… 「もしかして友達と遊んだとがねぇ…とか?」 言えばアーサーがカッと頬を赤くさせた。 「遊んだことが無ぇワケじゃねーよ!一緒に外出した事がないだけで!!」 告げられて、ギルベルトは思わずあんぐりと口を開けてしまった。 いくら世界を股にかける御曹司が集まっているとはいえ、別に森の奥深くに閉じ込められているわけでもない。休日も家の都合に振り回される事が無いとはいえないが、だからと言って今時、友達と街に行ったことも無い…などという事はないだろう。 その筆頭がフランシスだ。カークランド家に次ぐ名家の跡取りだが、ちょこちょこと息抜きとして外で遊んでいる…というか若干遊び過ぎのような気もするが、まあ、その辺は置いて於いて、同じ学園の他の生徒だってちらほらと見た事があった。本田自身、外でフェリシアーノや弟と一緒にいたのを見たことがある。 結論。やっぱり御曹司といえども、外で遊ぶ事は変な事ではない。 「――不愉快だ、帰る」 「おい、ちょっと待てよ!」 別の電車に乗ろうとする所を見ると、流石に一人で移動したことが無いというわけでは無さそうだが、まさか友達と外で遊んだ事が無いとは思わなかった。 腕を掴んで引き留める。 「別にバカにしたワケじゃねーって!ちょっと驚いただけだろ!別に行かねーって言ってねーから!」 慌てて付け加えると、睨まれてしまった。顔を赤く染めてちょっと涙目なんて、なんか反則である。気が高ぶっているのは分かるが、大きなペリドットの瞳を潤ませて、きゅっと口元を引き締め、下から見上げられるとちょっとドキドキしてしまうではないか。 (いや、俺様そんな趣味はねーし!!) 若干狼狽えて心の中で否定する。いくらお持ち帰りをした事がない童貞とはいえ、宗旨替えをするほど困ってはいない。 それに好みのタイプはエリザベータのように出るところは出て、引っ込む所はきちんと引っ込んでいるようなグラマラスな女性である。ヘーゼルナッツのような豊かな色の髪に、目もぱっちりしていて、その上明るい緑の色だという事はない。 アーサーは瞳がぱっちりとしている。その上、瞳の色も緑ときた。その光を反射した瞬間綺麗に輝くイブニングエメラルドの瞳は中々のものだ。 (いや、だから、男だし!!) いくら薄い本を読み漁ったことがあるとはいえ、思考がおかしなことになってはいまいか。エリザベータの気をひく為に読んでみただけで、思考はもっぱらノーマルである。 「おい!ギルベルト!!」 怒鳴られて、思考の海から生還すると、アーサーが怪訝そうな顔でこちらをじっと見つめていた。 「…なんか顔が赤いけど、具合が悪いとかじゃねーよな?」 「お、おう、別に、俺様は元気いっぱいだぜ?!」 「…ならいい」 病院帰りなのを気にしていたのか、気難しい顔がふっと崩れて心臓がドキっと跳ねあがった。エリザベータの事を諦めたからといって、いくらなんでもこれはまずい。 「あ、あー…。なんつったっけ、水族館?だったら、このまま乗り継いだ方がいいよな…」 気を紛らわせるように言うと「いや別に水族館でなくても…」と否定されたが、今顔を突き合わせている方が耐えられない。ギルベルトは時刻表を見に行く素振りでアーサーの元を離れると、掲示板の前で生汗を掻いた。 (いやいやいや、ねーよ、マジねーって。これは何だ、一時の気の迷いだって!!) 相手は男で鬼の会長である。性格も悪いし、自己中だ。昨日もありえない料理を脅して食べさせてギルベルトを病院送りにしたアーサーである。 (でも、怪我いっぱいしながら作ってくれたんだし、嫌そうにしながらも今日だって着いて来てくれてっし…、今だってなんか体調気にしてくれてたみたいだしよ…) そう悪い奴ではない。 (じゃ、ねーだろ、俺!っていや、悪い奴じゃねーってのは普通の事だろ!) 頭が混乱しすぎである。 とりあえず、深く考えない事にして、ギルベルトは時刻とホームを確認してアーサーの元に戻ることにしたのだった。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |