■【この闇に沈む】■ 07

◆ 6話 

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真っ暗な闇の中、糸が切れたように目が覚めた。
この身体になってから、目覚めはいつもこうだった、ふつりと意識が途切れるように目が覚める。
月はゆっくりと、しかし確実に覚醒した意識を研ぎ澄ませる。
何か、声がする。
(…誰だ?)
知らない声だった。
(まあ、現世の人間社会に知り合いなんていないのだから当たり前だけどね)
近所の人間だろうか。一軒一軒の距離は離れてはいるが隣家がないわけではない。
だが…こんな時間に?
月の目が覚めるという事は確実に日没後でしかない。
まだ夏の余韻が残る夜半、深夜というワケではないが、他家を訪問する時間としては適当に思えない。
(何か急用か?…例えば吸血鬼が現れた、とか)
いくら耳を澄ませても、能力を封印されていて一向に会話の内容を聞きとることは出来なかった。
それに苛立ってチッと舌打ちをする。
夜目は普通の人間よりは利くが、それもこの棺桶に閉じ込められているのでは用をなさない。
Lの声は離れて聞こえる。開く筈がないと思いつつ棺桶の蓋を押してみたが、やはりぴくりとも動かなかった。腕を動かした事で、耳障りな鎖の音が耳をついた。
月の特殊能力を封印する忌々しい鎖だ。
(…こんなもので何時までも僕を拘束出来ると思うなよ…)
あの時だって能力を封印され、監視され、けれども最後に嗤ったのは月だった。
今回はあの時とは違い下準備をする時間は無かったが、Lにはハンターとしての使命がある。その為に月を解放しなければなない事もあるだろう。付け入る隙は有る筈だ。理想は同族を100体始末するまでに彼を騙しこの手で彼の人間としての生を絶ち、それから新しい命を与えてやる事だが、失敗してもその後は自由だ。時間は有り余るほどある。
(…こっちに引きずり込んでやる…)
Lには契約を結んだ時『死ぬまで危害を加えない』と宣言はしたが、吸血鬼化させる事は危害ではないだろうという詭弁で通用する。わざわざ殺さないと言わなかったのはその為だ。万一ハンターとしての特殊能力などの契約が発動していて、いざという時に契約違反などで殺されてしまっては身も蓋もない。
だから『危害』という言葉を使った。人間として、ハンターとして、血を吸われ吸血鬼にされる事は危害に他ならないだろうけれど、月が使用した危害とは殺さないという事だ。吸血という行為は人間の生としてのピリオドを迎えるが、それと並行して吸血鬼としての永遠の生を受けるという事でもある。それは吸血鬼の月としては危害に当たらない。確認しなかったのはLの落ち度だ。
能力を封印されてしまったのは痛手だが、全く衰えない体を持つ月には致命的な失態という程でもない。
捕まった相手が『彼』であるという点では逆に有利なのかもしれない。
彼が『彼』と変わらないなら弱点とて同じ筈だ。
今も昔も負けるつもりはない。
せいぜい騙し合い、利用しあう茶番を楽しめばいいのだ。
月は自身にそう言い聞かせ、溜飲を下げた。


棺桶の蓋が開いたのは、それからすぐの事だった。
「おはようございます、月くん。待たせてしまいましたか?」
「それより、今来てたのは誰だ?」
「ああ、ワタリです」
「…は?」
さらりと告げられて瞠目する。
ワタリ。
この時間に訪問してもおかしくない人物の筆頭…というか唯一の存在と言ってもいい。しかし、今まで月がそのことを失念していたのは理由がある。
「…声が若かった気がしたけど」
「…?普通じゃないですか?」
「ワタリって幾つ?」
「年齢不詳なのでよく分かりませんけど、私より少し年上ってとこじゃないですか」
告げられて目が覚めるような思いがした。
『長い時間連れ込むのもどうかと思うでしょう?』
昨夜の言葉を思い出す。
カッと頭に血が上った。同時に腹の底に、胃の腑に、胸の奥に言いようの知れない熱がとぐろをまく。
「月くん?」
脳裏にいつかの指先を思いだした。
クーラーによって冷気を帯びた室内。夜半。月明かりの下の情事。頬を滑る指先。
「どういう意味だ」
こちらの動向を窺って首を傾げるLを相手に、殊更低い声が出た。
「…何がですか?」
「昨日の言葉は、どういう意味だ?」
「は?」
頭が沸騰しそうな程怒りを覚えた、詰問にワケがわからないというように眉をしかめるのに、また腹が立つ。
なんという誤算だろう。まさかワタリが老人ではないなどとは思わなかった。
いつも彼の影となり日向となり付き従った竜崎の片腕。
ワタリとそう長く接触した事はない。竜崎と一緒にいるのもを目撃したのもそう多いことではなかった。
けれども、彼らが信頼を寄せているパートナーであることは分かっていた。記憶を失っていた月がアイバーに向けた嫉妬をワタリに向けずにいられたのは、彼が老人であったからだ。親のような、祖父のような相手だと思っていたから…。
「寝たのか」
「…さっきから何を…」
「彼と寝たのかって聞いてるんだ!」
Lが目を見開いてこちらを見ている。その表情が真実を言い当てられたからなのか、それともただ単純に月の変化に驚いているだけなのかが分からない。
冷静になれ、と頭の一部が命令しているのは分かっているが、渦巻く感情がそれを許してはくれなかった。
竜崎が瞬きもしないままこちらを窺っている。
漆黒の瞳が何の色も浮かべず、いらえもなく見つめている。

「答えろよ、竜崎!」

ああ、デジャブだ。



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