■【らぶラブらぶ】■ 07

… side ギルベルト …

「乗り継ぎもそんな時間空いてねーし、このまま行こうぜ?」
「…いや、だから別に水族館でなくても…。お前がこっちに来たがったんだからお前が行きたいところにいけよ」
「気分転換したかっただけだからどこでもかまわねーって!ほら、行くぜ!」
ちゃんと視線が併せられなかったが言いきって先に足を進める。そこで叫びだしたくなった。
(なんで俺は手を握ってんだー!!!)
うっかり手を握ってしまった。
先程から連続で掴んでいる為、アーサーも違和感を忘れてしまったのか、大人しくついて来ていて、離すに離せず、ギルベルトは狼狽した。
(どどどど、どこで手を離せばいいんだ!!)
地方線にあたるホームには人も少ない。離すタイミングが掴めずに結局座席に座っても離せないでいる。頭が爆発しそうだ。
いつも小煩いアーサーは、今日に限ってとても静かだ。ぼんやりと車内から見える風景を眺めている。チラリと盗み見て、ギルベルトはきつく目を閉じた。
(な、何でこんなに動揺してんだよ、俺!!!)
うっかり手なんか繋いでしまったせいだと思いたい。別にこの眉毛野郎にときめいているとは思いたくない。
深呼吸して全神経を繋いだ指先に集中させる。さり気なく手を離せばいいはずだ。さり気なくっていうのが、どうやればそうなるのかは分からないが、きっと気合でどうにかなる筈だと思いこむことにして、ぱっと手を離した。
変化に気付いたのかアーサーがこちらを向いて、ギルベルトは誤魔化すようにガリガリと頭を掻くと「あー」と話題を検索した。
「そういえば、お前、昨日のエプロンどうしたんだよ。とんでもねえことになってたけど…」
「ああ…。流石に洗濯しても取れ無さそうだったからな…、捨てるしかねぇよ。あ、そうか。替えのエプロン持ってねーんだった。買って帰らないと…」
「…もしかしてまだキッチンに立つつもりなのか?」
自分で話題を振っておきながら藪をつついた気分である。恐る恐る窺うと、アーサーはむっと唇を尖らせた。ああ…なんかその顔可愛いからやめてくれ…。
「『まだ』って何だよ…!昨日失敗したのは特別で、今朝だってちゃんと朝食の手伝いもしたんだからな!一緒に食べたけどルートヴィッヒも何も言わなかったし!!」
「て…手伝った…だと?!」
我が弟ながらなんというチャレンジャーなのだろうが。昨日の惨状を見て手伝わそうというのだから凄い。
「べ、別に今日は何の失敗もしなかったんだからな!そりゃ、お茶淹れる時と、片付けの時以外はお前らが一緒でないとキッチンには入っちゃいけねーって言われたけど!」
まあ、でも賢明な判断かもしれない。こいつはかなりの負けず嫌いである。下手に禁止するとこっそり暗黒物質を作りかねない。
「まー、そうしろ。俺様はもう二度と倒れたくない」
「だから昨日はちょっと特別に失敗しただけなんだからな!」
特別に失敗したからといって普通はあんな事にはならないだろう。しかし、あまりつつくと爆発しそうなのでギルベルトは「そうか」と軽く流すことにした。
「とりあえず、エプロンは帰りに買うとして…。他にあるようなら時間のあるうちに言っとけよ。その分早く戻らなきゃなんねーからな」
時間の都合を考えてそういうと、それ以上からかわれなかった事が以外だったのか、ぱちぱちと瞬きをしてから「ん」と小さく頷いた。ギルベルトは思わず顔を顰める。
(…全く知らねーって仲でもねーっつーのに…)
今までクラスは違ったが学年は一緒だった。フランシスと一緒にいる事も多いし、何しろ生徒会長様だ。知らないはずはない。顔見知り程度ではあったが面識もあった。だがこんなに長い時間二人で一緒にいた事は無かったから、アーサーのプライベートの顔など一切知らなかった。
(畜生…可愛いじゃねーか…)
フェリシアーノとまではいかないが、ちょっと照れたような表情は充分愛らしい。口が悪く手も早いが、ギルベルト自身お上品なわけでもなし、狂暴なのは近くにいたのでアーサーの手の早さもさして気にならない。
アーサーの新しい面を知って可愛いと感じる事自体には何の問題も無い筈だ。
問題があるとすれば、
(…このドキドキはなんか不味ぃだろ…)
という事だ。
(男と手を繋いでドキドキと胸を高鳴らせるとか、何か嫌だ…)
それは、可愛いモノを見て可愛いと思う感性とはまた別のものだろう。
(…っつーと、待てよ?んじゃフェリシアーノちゃんと手ぇ繋いでもドキドキするって事か?)
フェリシアーノはああ見えて隙がない。なので手なんぞ握ったこともないから分からないが、…もしかしたら手を握るという行為自体がドキドキするものなのかもしれない。そうであるなら、オバケにドキドキするのと一緒の事だ。そうに違いない。
そう考えると、そこまで慌てた自分が途端にバカらしくなった。初めて手を握ったからと言ってあれほど動揺することはなかった筈だ。可愛いものを可愛いと思うのは当然だ。フェリシアーノちゃんは可愛い。お兄様も可愛い。そこにアーサーが加わったからといって慌てる必要はない。手を握ってドキドキしたって全然問題ない。無いと思う。
(愛でる対象が増えたってだけじゃねーか!)
こう見えて兄弟そろって可愛いもの好きである。よく考えてみれば、類は友を呼ぶのか、アントーニョにしても、フランシスにしても可愛いものは好きなようだった。
(特にアントーニョの野郎はフェリシアーノちゃんとお兄様両手に抱えてハーレムしてっもんなー)
しかも、時々「ロヴィにデレられるとドキドキするわ〜」とか言っていたような気がする。そうなると別にギルベルトだけがオカシイという可能性はぐんと低くなって来て、ギルベルトはようやくほっと肩の力を抜いた。
悪友はよく可愛いと言っている相手に対してハグとかチューとかを要求している。ハグもチューもした事がないギルベルトが手を繋いだ事でドキドキしてしまったのは仕方ない事なのである。
(…なんかしょっぺぇ…)
そういえば、フェリシアーノちゃんも弟に対しては「ハグしてー」とか「ちゅーしてー」とかよく迫っているのに、ギルベルトに対しては言ってくれたためしがないが、とりあえず、フェリシアーノちゃんにキスする事を想像してみたら、想像だけだがドキドキしたので、やはりそういう行為に対しての事なんだと納得して本格的に胸を撫で下ろした。
(あー、焦って損したぜー!)
納得してしまえば、特に焦ることでもないように思えて余裕を取り戻す。
後は今日の昼をどこで食べるか話し合っているうちに電車は目的の駅について、二人はゆっくりと水族館に向かった。

近くの喫茶店で昼食を摂ってから入館する。アーサーが物珍しげにきょろきょろしながら興味があるものに吸い寄せられているのを目で追いつつ、辺りを見回した。
ギルベルトも水族館に来るのなんて小学校以来だ。記憶にあるより新しい施設はそれなりに興味深く、非日常的で面白い。
開館してから随分と時間が経っているからか、ホールには人もまばらでゆっくり見れそうだ。男二人で水族館なんて絵面的に色々と問題があるが、この程度の賑わいならば構わないだろう。特にアーサーは童顔でどうにかすると中学生に見えなくもない。親戚の子を暇つぶしとして連れて来たという体もアリだから、あとは学園の人間にあわければどうという事もないだろう。
(ま、こんな古典的なデートスポットにいるはずねーから問題ないな!)
そう結論づけるとゆっくりとアーサーの背後に回った。小さな熱帯魚がひらひらと色とりどりの尾びれをそよがせながら泳いでいる。綺麗だけれど、この程度ならばペットショップにでも行けば見れるだろう。
「イルカのショーが2時からだと。それまでにあらかた回っちまおうぜ」
声をかけるとアーサーがぱっとこちらを振り向いた。アニマルセラピーの効果か、マイナスイオンでも出ていたのか、笑顔が全開で思わず一歩たじろぐ。
「どうした?」
「いや、なんでもねぇよ。とりあえず順路通りに行こうぜ…」
「そうだな」
こっくりと頷いて歩きだすアーサーを前に、ギルベルトは小さく息を吐く。いつも不機嫌そうな顔をしている相手の、不意の笑顔はなんとも心臓に悪い。悪い気はしないけれど。
そうやって順路をめぐることしばし。
遅くに来たせいで、少し急ぎ足にはなってしまったが、巨大な水槽の前で「この強化ガラスは割れないのか」議論をしたりしつつ、普段目にする事の無い魚達を眺めるのは楽しいことだといえた。後はショーが終わって、残りを急ぎ足で見てから帰りの電車に乗れば、買い物をして帰る事も可能だろう。昨夜は倒れてしまったが、今日は充実した一日だと思えて、ギルベルトは機嫌よく笑った。

イルカのショーがある会場にはかなり人があつまっているようだった。前列はとうに埋まっていたが、前列は子供の為にあると言っていい。後ろの方に腰を下ろして、紙コップの中のコーヒーを啜った。5月とはいえ、日陰は少し冷える。隣でホットの紅茶を啜るアーサーが「…不味い」と呟いて眉間に皺を寄せたので、ギルベルトは首を傾げてカップを見遣った。
「そんなに不味いのか?」
「さっきの喫茶店でもそうだったけど、紅茶は専門店以外では外で飲むもんじゃねーな…。渋みばっかりだったりやたらと薄かったり散々だ。香りなんてあったもんじゃねぇ。味はミルクで誤魔化されちゃいるけど、ストレートだったと思うとぞっとするぜ」
「ふーん、そんなに酷いのかよ」
コーヒーは間違いなくコーヒーである。それは家でじっくり淹れるよりかは味が落ちるのは当然であるが、それでも唾棄する程ではない。
「飲んでみるか?」
興味本位で頷いて、紙コップを受け取る。そこではっとした。これは所謂間接チューという奴ではないだろうか。
(いやいや、飲み回しなんて普通だろうが…)
先程から過敏になり過ぎているのである。ギルベルトは覚悟を決めるとそっと口をつけた。アーサーが不味いって言ったってそんなに覚悟するほどじゃねーよ、と人の気も知らないで笑っているのが少し憎たらしい。
少しだけ啜って、眉間に皺を寄せる。アーサーが「な?」と同意を得たように頷いたが、ギルベルトはそれどころじゃない。なんというか、緊張しすぎて味が分からない。
もしかしたらアーサーの唾液の味がするんじゃないだろうか、とか余計な事を考えて頭が上手く回らない。仕方ないので曖昧に頷いてアーサーに紅茶を戻すと「仕方ねーから外ではコーヒー飲むか…」と言いながら気にせずに紅茶を啜った。その位置ズバリ、ギルベルトが口をつけた位置で、思わず顔が赤くなる。
無意識にその唇に目を奪われる。アーサーの唇が動く度に心臓がドコドコ音を立てた。
(いやいやいや、マジで何でさかってんだ!!)
思いのほか二人でいる時間が楽しかったからといって、ちゅーしたくなるとは言語道断である。確かにやりたい盛りではあるとはいえ、これは無い。
ヤる事目的でコンパで会った知らない女子を相手にしているのとは違う。知り合いで、男だ。
ギルベルトは強引に目を離してコーヒーを啜る。とりあえず飲んでいる間はあまり会話がなくても不自然ではない。幸い、アーサーも無言でギルベルトが口をつけた紅茶を―…
(ってマジでどうにかしてくれえええええ!!!)
なんだろうか、もしかしたら溜まっているのかもしれない。そういえばここの所忙しくて一週間もご無沙汰だった。本来なら昨日、今日が休日を活かして、フランシスから借りた秘蔵DVDをでしっぽりやる筈だったのである。それが強制的に落とされてしまったのできっと欲求不満になっているのだろう。そうに違いない。
そういえば、睾丸が重い気がする。今日は帰ったら早めに部屋に引き上げて抜いてしまわなければいけない。そうすれば、こんな忙しない気持ちとはおさらば出来る筈だ。
堅く決意をしていると、タイミングよくショーが始まった。始まってしまうと余計な雑念は追いやられて躍動感あふれるショーに見入る。時々水しぶきが舞って、悲鳴があちこちから上がるのを聞いて顔を合わせて笑った。どうやら席は後ろの方で良かったようだ。
キュイキュイと鳴くイルカは可愛かったし、「お、見ろよ!」とはしゃぐアーサーも可愛かった。邪な妄想を忘れて心穏やかになった辺りで、ショーが終わった。席を立つ人々と一緒にギルベルトも席を立つ。
「なあ、ちょっと前で見て来てもいいか?」
子供達がはりついている水槽の前に一匹イルカが近寄っているのを見てギルベルトは頷いた。その間に紙コップをゴミ箱に捨てようとアーサーの紙コップを受け取ってゴミ箱をへと向かう。背後でショーの最中に何度か聞こえた悲鳴が上がって、後ろを向くと子供達がきゃっきゃとはしゃいでいた。付き添いの大人は「ああ〜」と困ったように笑っていて、その中にはアーサーもいたようだ。頭がずぶ濡れになっていて、どうやら引っ掛けられたようだった。
「おーおー。お茶目なイルカだなぁ」
キュイっ、キュイっと笑うように鳴いたイルカは、飼育員の口笛を聞いて遠くへと向かって行っている。
「…くっそ…。可愛い顔してっけどとんだ悪戯っ子じゃねーか…」
ぶるぶると頭を振って、濡れたカーディガンを脱ぐ。どうやらシャツまでは濡れてはいかなったらしい。ハンカチで髪を拭いて「まったく」と水槽の奥を睨みつけていた。
「ま、全部濡れなくて良かったじゃねーか。…つーか、寒いなら上着貸すか?」
くしゅんとくしゃみをしたので提案すると「いい」と断られた。
「なんで」
「いや、だってお前寒いだろ。それにサイズあわねーし」
「合わないったって、入らないってワケじゃねーだろ。それにお前病弱なんだろ?とりあえず着とけよ」
「あー…、…その、サンキュ…」
「おう」
普通の男友達なら笑って済ますレベルであるが、相手は万年体育欠席者だ。風邪をひかすくらいならば、面子にこだわるよりも貸してやった方がいい。
指摘するとアーサーは困った顔をしてから大人しく受け取った。羽織った姿を見てギルベルトは言葉に詰まる。
(…うっ…)
なんて漫画のようなシチュエーションなのだろうか。ぶかぶかのパーカーを羽織っているアーサーは普段の1.5倍は確実に可愛い。
あまり直視できずに、とりあえず室内に戻る事を提案して先に足を向ける。
残りの順路を回って元にいたホールに戻ると、ギルベルトがアーサーを見ないように苦心して、足早になってしまったせいか、結構な時間が余ってしまった。
駅に向かってもいいのだが、外の方が寒いので、まだ館内に留まっていたほうがいいだろうと踏んでホールの一角を占めている土産物売り場へと向かう。
そこは少しでも利益を得ようとペナントからぬいぐるみまでずらりと並んでいて実にファンシーな一角で、
「おー、でっけー」
その中でも一番上の台座を占領しているイルカのぬいぐるみはちょっと目を惹く仕様であった。160センチくらいはゆうにあろうかというイルカのぬいぐるみなど誰が持って帰るのだろうかとギルベルトは思う。しかしつぶらな瞳を見ているとちょっと欲しくなるものだから不思議である。
「マジでけーな」
アーサーも関心したように頷いて、あまりそちらを見ないようにしながら「だな」と頷く。
ショップの方が水槽を前にするよりもマシだ。向こうは鏡面のように姿が映し出されて気が気じゃなくなる。
「誰があんなの買うんだろうな」
「お前買いそうじゃねぇ?」
「俺様が買うわけねーじゃねーか」
「いやでも、『流石俺様!』とか言って買ってそうじゃね?つーかワンサイズダウンだけど、この半分の大きさのならお前の部屋にいる怪しげな二体のパンダと同じくらいの大きさだろ?」
ほら、と抱えあげられてついアーサーの方を見てしまった。
「な?」
(『な?』じゃねーだろ!!つーか計算でやってねえところが性質悪ぃ!!)
ぶかぶかのパーカーを着て自分の半分くらいあるぬいぐるみを抱えて小首を傾げるとか、どこのぶりっこの女の子だと言いたい。男ウケ狙ってます!といった女の子の所業のほうが、幾分対処がしやすい筈だ。彼女達は気にいって貰いたかったり可愛いと思って欲しかったりしているので、素直にそう思えばいいが、アーサーは特に可愛いと思って貰いたいわけでもないだろうし、気にいって貰いたいわけでもないだろう。この場合ギルベルトはどうすればいいのだろうか。
「あ、うん…。そうだなー…」
とりあえず、冴えない返事を返すと、アーサーがぬいぐるみを元の位置に戻してぽんぽんと頭を撫でた。その様が堂にいっていて、眉間に皺を寄せた。
(傍から見たらコイツ女に見えるんじゃねーの…)
ちょっと声はハスキーだが、全体の体躯は小さめだし、それを強調するようなパーカーを着ていたら、知らない奴だったらそう思ってもおかしくないだろう。しかも先程のような仕草は完全に男がやる仕草ではない。
(フェリシアーノちゃんならやりそうだけどよー)
何しろローデリヒはフェリシアーノちゃんが中学に上がるまで女の子だと信じていたクチである。可愛いのはいいが紛らわしいのは勘弁してほしい所だ。無駄に男にドキドキしたくない。なんか人生が終わっているような気になってしまう。
「じゃ、そろそろ行くか」
「ん?何だよ。買わなくていいのかよ」
今までイルカのぬいぐるみと戯れておきながら買わないのかと問うと、「いや、流石に買わねーだろ…」と苦笑いしている。
「なんでだよ、気に入ってんじゃねーのかよ」
「…いや、別に。お前じゃねーし」
しかし視線は名残惜しげである。ギルベルトは「ふーん…」と呟くと今までアーサーが触れていた、2番目に大きなイルカを手に取った。
「んじゃ、俺様買っちまおー」
「マジかよ。恥ずかしくねーのか」
呆れたように言うのでギルベルトはニヤリと笑って見せた。
「俺様を誰だと思ってるんだ?二体のパンダを抱えて街中を歩いた男だぜ!」
「いや、それ、自慢になんねーから」
突っ込んでからアーサーが仕方ねーなーというように苦笑した。
「つか、俺が払うんだから俺が買ったようなもんじゃねーか」
「いや、これは俺のモンだから自分で払う」
「詫びだってんならこれくらいのがいいんじゃねーのか?」
財布を出そうとするアーサーを「もういいって」と制する。
「俺様も楽しかったし、ここまででいいって」
それにぱっと見ボーイッシュな女の子に見えるアーサーに払って貰うのはなんというか男としての沽券にかかわるような気がする。
それなりの大きさのイルカを抱えてレジに行くと、サービスなのか、リボンがかけられて余計ファンシーな感じになってしまった。お金を払ってアーサーの所に戻ると「似合わねぇ」と笑われたが、何事も気合だろと言って小脇に抱えて水族館を出た。
電車に乗り、街に行ってエプロンを見繕うと、帰路につく。それなりに人目を引いたがこういうのは気にした方が負けなのだ。堂々としていれば恥ずかしさなんて無いに等しいし、相手もそうからかう気になれないものである。
それをアーサーは「バカもここまで来ると凄いんだな」などと失礼な事を言ってくれたが、それが本当に心の底から関心しているようだったからあまり言い強く返せなかった。
「よー、只今お帰りだぜー!ルッツ今日の晩飯なんだ?」
家路につくと、夕飯を作り終えていた弟が、居間で本を読んでいてギルベルトの声で顔を上げたが、小脇に抱えているものを見て眦を吊りあげた。
「兄さん!また余計なものを買ったのか!もう荷物を増やすなと言っただろう!」
おかえりの挨拶も無しに怒られて「いーじゃねーか」とギルベルトは唇を尖らせて一応文句を言った。
「俺様の部屋のものなんだしよー。なー、アーサー」
「えっ…いや、まぁ…」
背後から家に鍵をかけ終わったアーサーが追いついて言葉を濁した。まさかいきなり怒られるとは思わなかったようだ。
「でもまあ、ルッツの言う通り置く所無ぇっちゃ無ぇんだよな。あ、アーサー、こいつ、お前ん所に置かせろよ」
「はあ?!」
ぱちぱちと瞬きをしながら声をあげるアーサーに「ほれ」とイルカを押しつけると、困った顔でとりあえず受け取った。
「いやでも、少し片付ければ置く所くらいあるだろ?折角買ったのに…」
「お前の部屋行きゃ見れるし、今日の記念なんだから別にお前の部屋でも構わねーだろ。どうしてもっていうならパンダ引き取ってくれ。幸せになれるつってたし」
「…イルカがいい」
「ん」
もふっとイルカに顔を埋めている姿が分かり易くてギルベルトは口角を上げる。ほれみろやっぱり欲しかったんじゃねーか、という言葉は飲みこんだ。言えばムキになって受け取らないだろう。
しかし、もう少し文句を言うかと思っていた弟の声が一切なくて様子を窺うと、何やら赤い顔で突っ立っているではないか。
性格は真反対なようで中々好みのものは一緒なのだ。弟が今何を考えているのか手にとるように分かってギルベルトは苦笑した。


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