■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■ 13

生きている限り、幾度絶望が来襲するかもしれない。けれど希望だって転がっているかもしれないじゃないか。
一握りの希望でもいい。
惚れた相手、ただ一人の心すら守れなくて、何を語ればいい?


【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#13


「悪いのは、僕だ…」
冷や汗がこめかみを伝っていたが、どうにか立ち上がれた。どうにか、歩くことが出来た。
それでようやく辿り着いて声をあげる。
「南空さん、僕を憎んでください。貴女と彼を殺したのは、僕だ」
扉をあけて中に押し入ると、二対の瞳がこちらを振り向いた。一対は憎悪と悲しみに濡れた瞳。もう一つはただただ静かなばかりの―。
月は竜崎の瞳を覗く。そこにある揺ぎ無い瞳を見て胸がへしゃげそうなくらい圧迫された。それは強い信念のもと、痛みなぞ訴えていなかった。ただひたすら傷つき血を流す。見せないから気付かない。おそらく自分でももう気付いてはいまい。
(…バカ…)
今すぐその頬を引っ叩いて抱きしめてやりたい。心の痛覚を麻痺させたのなら外側から知らしめて、そして隣に誰が立っているのかを分からせてやるのだ。竜崎を安心させるために…。
だが、それでは南空が暴走しかねない。だから月はぐっと堪えて南空に視線を移した。
「許してください、とは言いません。憎んでください、僕も、…それでも許せないというなら、竜崎のことも。けど、南空さん、少し話を立ち聞きさせてもらいましたが、貴女は誤解をしてます。Lはキラを許したことなんてありません。竜崎のことだから、身も蓋もない言い方をしたんでしょうけどね…」
「…私は事実を言ったまでです…」
先ほどの松田の言葉がまだ胸に刺さったままで、やたらと迷いのない竜崎の声を聞いて、我慢していた月の何かが弾けた。
「…お前の事実は事実であって、事実じゃないんだよ!お前が省く余計なことはちっとも余計なことじゃないんだ!だから松田さん達にも誤解されて…っ!本当、バカだよ、お前はっ!今もどうせお前は自分自身をも僕に殺されたことだって話してないんだろう?違うか、竜崎!」
「……よく分かりましたね」
「なんだってお前は…っ…そう…、全部を抱えこんじゃうんだよ…。弁明くらいしてくれよ!…それが、人を傷つけることだってあること、なんで知らないんだ…っ」
途端に止まっていたはずの涙が溢れ出た。目の前の南空の誤解を解かねばならぬ、という意思はあったが、呆気なく目の前の竜崎への、不憫さが上回った。
「南空ナオミはお前の事を信頼できるって言ったんだぞ!Lなら信じられるって言ったんだ!!その彼女が、お前が皆を殺したも同じだって言う!そう思わせたのは僕で、そんなの一切が僕のせいじゃないか!お前のせいなんかじゃないだろ!?お前はLとしてやるべきことは全てやったじゃないか…!第二のキラの時もあっさり世界はお前を切り捨てろって要求してきた、火口の時もあっさり警察は背を向けた!それでもお前はキラを追い続けて…、僕に殺されて!なのに!どうしてお前は自分の身を守らないんだ!お前を守れるのはお前自身だけなのに、なんでちゃんとフォローしてやらないんだよ!!確かにお前の信念は高潔だって僕も思う!…けど、それでお前自身が傷ついて、南空ナオミも傷ついているのが分かんないのか?!…もっと自分を大切にしてくれよ…っ。お前は僕に…キラにさえ、自分を大切にしろって言ったじゃないか…」
「…月くん…」
「なのに、お前は…。お前だけが僕を許さなかったんじゃないか…、騙されてくれなくて、僕の知らない僕までも…引き摺りだして…。殺人鬼のまま殺さずに、僕を人に戻してくれた…。見捨てないで、贖罪の道も示してくれた…。その全てが、お前が無条件にキラを許したことになるのか?違うだろ?そうじゃないだろ?ちゃんと、自分で否定してくれよ…。僕はお前に僕の罪を押し付けるために、お前のことを好きになったわけじゃない…!」
一気に捲くし立てると、息が切れた。酸素不足も祟って、その場にずるずると座り込む。
シン、とした静寂の中に、月の息遣いだけが響いた。
「………」
しばらくして、最初に動き出したのは南空だった。南空が一歩こちらに足を踏み出すのが空気で分かって、顔を上げる。
俯いた彼女の顔からはその表情が見えない。ただ、静かに一歩一歩足を進めて、月の斜め前で立ち止まった。
「……それでも、私は許せないの」
やっとナオミの顔が見えた。苦痛に歪むその表情は逃がすことのできない葛藤でゆれている。その中の、印象的な澄んだ瞳がただぽろぽろと涙を零す。そのまま彼女は開いたままの扉をすり抜けて行った。
「…月くん」
引きとめようとした月の前に、気が付けば、竜崎が立っていた。
「すみません…」
「謝るな…」
「…また、私を助けてくれたんですね」
その置いて行かれた子供のように、途方に暮れたような姿を見て、月は苦く笑う。
「…考えてそうしたわけじゃないよ…」
ただ、体が反射的にそう動いたのと同じだ。気持ちが勝手に溢れ出た。
「…竜崎、僕は一人じゃない」
「…はい」
「僕には竜崎ほど強くもないし、キャリアもない。けど、いつまでもお前に守られるだけの子供でもない。言ったよね、僕を頼ってくれていいって」
「……はい」
「だから、お前も一人じゃないんだよ、竜崎」
「………はい」
月はぼろぼろの竜崎の指先を拾いあげると、そっと唇を落した。


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