■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■
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失ったもの、 これから失うもの。 【タイム・リープ】 〜凍結氷華U〜#15 昼間だというのに肉眼では何も見えず、スコープを頼りに月は道を進んだ。既にナオミの足跡は雪で埋もれている。 轟々と風が覆われた耳をたたきつける。吹雪は時間を追うごとに強く激しくなった。 (くそ、キツイ…) 時折襲う強い突風に体勢を崩しながら歩く。こんな吹雪の中、身を投じずにはいられなかった南空の事を思うと、怯んではいられなかった。 月は南空の死因を『自殺』と書いた。自殺と書いたからには、南空の心境は可能性はあるとはいえ、強制的にそう、もっていかれたのだ。惨いことを要求したと思う。 こちらへ潜り抜けたナオミを拾ったのは、伊出と別れた直後のことだったという。タイムリープにもむらがあるらしい、随分と以前の話だ。 その時、南空はすこんと意識を飛ばしていた。いわゆる記憶喪失というやつだ。出会った時は自分の名前さえも覚えておらず、相沢がその顔をみて、彼女に名前を告げたらしかった。 だから、『夜神』の名を持つ粧裕とも打ち解けて過ごしていられたのだ。その為に命を張って、相沢と皆が生き延びる道を探したりもした。 けれど、今日月の顔を見て、全てを思いだしてしまった。レイ・ペンバーのことも、キラのことも、自分の死因も、そして…死への過程も。 自らを殺すには、深い絶望が巣食わなくてはできるものではない。本能が邪魔をする。 南空は強い女性だった。自らの手でキラを捕まえようとするぐらいの、芯の強い人間だった。けれども、月は南空の体に自殺への道標を叩き込んでしまった。 おそらく、全てを思いだした彼女には、その道を辿ることが容易にできるだろう。むしろその道しか見えないのではないか。あの聡明に過ぎる南空だから、粧裕の、竜崎の、そして月の苦悩をも読み取って、どこにも行くことが出来ずに、許すことも恨みつづける事もできずに、月が示した道を辿ってしまうだろう。 (僕が、殺した…) そして、また今度も意図せずに、殺してしまうのだ。 (…くそっ…くそっ!!!) 死神に、一度その手を託したら、二度と元には戻れないのだろうか。 月はノートを持たずして、それでも人を殺してしまうのだ。 母と粧裕を夢の中で見殺しにした。 空が凍りだした時、二人の悲鳴が背後でした。 一人、目の前で凍っていった。 父を、もう少しで殺すところだった。 相沢も折角戻ってこれたのに、こんな天候の雪山に引っ張り出してしまった。もしかしたら死んでしまうかもしれない。 (…どうして、僕は…) こんな道を行きたかったんじゃなかった。 もっと優しく生きたかった。 そんな道が目の前にあったのに。自ら手を離した。 あさはかだったと、思う。 (僕は…、僕は…!!) 「…!」 ふと、スコープが熱を感知してオレンジに光った。 風に負けないように足に力を入れて前へ前へ進む。 「南空さんー!!!」 マスクを外して大声で怒鳴る。肺が恐ろしく冷えたが、気にしている余裕はなかった。 「待って!行くな!!行かないでくれっ!」 途中で、腰紐が張って、転びそうになった。至極簡単な原理だが、この命綱さえあれば、戻る先を失わないで済む。それが張ったということは、綱の長さが限界に来たということだ。先に進むならばスペアを継がないと意味がない。が、その間に見失ってしまうかもしれない。 (いや、正気を失った南空の歩みなら、スペアを継ぐのに手間取ったとしても追いつけないこともない―か?) 南空を捕まえても、二人で迷子になっては意味がない。 迷った瞬間、地鳴りが聞こえて命綱を外した。 こんな雪山、いつ雪崩がおきてもおかしくない。目の前で失うのだけは、耐えられない。 「南空さんー!!」 相変わらず、南空がフラフラと歩いていて、徐々にその差は縮まって行く。 「南空さんー!!ペンバーもこっちに来てるかもしれないー!!!」 それはただの都合の良い希望だった。あのトンネルを通りぬけることが出来る人物はそう多くはないだろう。現にウエディもアイバーもマットもこちらの記憶を持ちはしない。 もしかしたら、このまま死なせてやったほうが、ナオミにはいいのかもしれない。見つかることのない人をずっと探すよりも、ずっと楽かもしれない。 けれど、言わずにはいられなかった。 それに、ナオミは弾かれたように振り返った。 一歩がやけに遠い。全力を振り絞って足を踏み出して、「戻れ」と叫んだ。 「雪崩だ!戻れ!!」 はっとしたように山野を見上げるナオミに追いつき、腕を強く引く。 「とりあえず戻るんだ!」 ナオミの足が生きるほうへ向かうと、月も隣をキープしながら走る。せめて風除けくらいにはなりたい。 (くそっ、でかい!) 音がどんどんと迫ってくる。一秒一秒、心臓に迫るように近づいて来た。背中にぞっと悪寒が走る。あんなものに巻き込まれたらひとたまりもない。 逆風と傾斜がまた月たちの足を阻んで、終わりの見えない道に足がもつれそうになる。 まるであのトンネルのようだと心の端で思って、ならば先があると自分を叱咤した。萎えそうになる足に力を込めたが、ガクンと足を取られて転倒してしまった。 「行って!」 それで、南空が転倒したのに巻き込まれたのだと知った。急いで跳ね起きてナオミの腕を引く。 「立って!」 「無理よ。…もう、動けない」 ガタガタと震えたままナオミが緩く首を振る。低体温症だ。むしろここまで走ってこれたのが奇跡だった。南空の睫毛の先さえもが凍っている。走ったがために、氷のようなに冷えた血が心臓に到達し、凍えた空気も吸い込みすぎてしまった。いつショック死をおこしてもおかしくない状態なのだ。 慌てて月は手に持っていたフェイスマスクを南空に装備させた。南空の腕を肩にかけ体の下にもぐりこむと、腰を支えて担ぎ上げるようにして体を起こさせた。何倍にも重くなったように感じられる体を引き摺るようにした足を踏み出す。 「…私は、もう無理よ。置いて、いきなさい…」 「嫌だよ」 「…後悔、してるの?でも、それとこれとは話が違う…」 「嫌だ」 「粧裕ちゃんが悲しむわよ。…私は、私みたいな思いを、誰にもさせたくないの…」 「嫌だって言ってるだろ!喋らせないでくれ!二人で助かればいいだけの話じゃないか!一人でだって助かる見込みは少ないんだ!!だったら賭けてやる!キラだからっ」 「………」 「別になんの贖罪でもないけど、あの時だって無闇やたらに殺したかったわけじゃない!新世界の為にどうしても必要な犠牲だったからそうしただけだ…!根源に私利私欲がなかったとは言わないけど、でも、自分の為だけに使ったことなんてない!ここで貴女を見捨てたら…、僕は僕を許せなくなる…!」 唸るように言い捨てて、雪を踏む。思いのままに口にして、自分に発破をかけた。 (そうだ、その通りだ。ここで自分可愛さに見捨てたりなどしてみろ。キラの指標など地に落ちる。理念などこれっぽちなかったことになる。本当に、自分の弱さだけになってしまう。そこまで落ちたくはない。自分自身も信じてみたい。) 二人なら確実に死が待っていて、一人ならば助かると断定できれば考えないでもないが、その可能性も低い。それに今見捨てるというのなら、そもそも助けになど出たりしない。希望があるなら棄てなくない。 雪崩れる音が間近に迫った。足元が振動し地滑りをおこしかけているのが分かる。 どうしても助かりたかった。命恋しさというよりも、竜崎を置いていくのが嫌だった。 (…でも、僕の悪運もこれまでみたいだな…。ごめん、竜崎…) 月に並々ならぬ執着を見せた竜崎は、もしここで月が果てたりしたらなんと思うのだろう。…はじめて、泣くのだろうか?想像などつかないけれど、それはあまりにも可哀想だ…。出来るならば初めての涙は暖かい優しい涙がいい。 そうは思えど、自分の力でどうすることも出来ない状況もあるのだと終焉のレクイエムの響きに竜崎を思って遠くを見つめた。 目の前が真っ白になった。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |