■【冬の陽だまり・夏の影】■ 19

【冬の陽だまり・夏の影】
―18―


 それから子猫との共同生活が始まった。


 家政婦である50歳の大橋佳代は、照が猫を飼うと言ったのに目を丸くして驚いたようだった。
 彼女もまた、人との関わりを持たない種類の人間だった。
 やることをやり、要望があれば聞いて必要なことだけ答える。無駄話をした事など一度としてなかった。
 だから、キャットフードも置いておいて欲しいと言った照に、「分かりました」と返答した後、可愛らしい子猫ですね、と付け加えて微笑んだのに、照は驚いた。そして彼女は「私も猫を飼っておりますが、どこか血統の良い血が混じっているのではないでしょうか」と子猫の頭を撫でさえした。
 それに、人の事が分かったつもりでいた自分を照は恥じたのだった。

「ペルシャ猫ではないか、という話だったが…」
「確かに気品のようなものを感じますよね。毛並みとかふわふわですし」
 嫌がる子猫を何度か洗うと、その毛並みはいつのまにか純白のふわふわした毛になった。よく見るとオッドアイというのか左右の目の色が違う。
「チンチラというものでしょうか…どうしてこんな猫がタンボールで川下りをしていたんでしょうね…」
「聴覚障害があるのかもしれない、ということらしい」
「聴覚障害」
「白猫の場合、左右の目色が違い、更に青い場合はその目の側の耳に聴覚障害がでる場合があるそうだが、この子の耳は両方聞こえていないようにも思える」
「では…」
「分からない、猫にしては全体的に聴力が弱いように思える。反応が鈍い」
「そんな…」
 眉間に縦皺がいくつも寄る。そこが定位置になったえるの膝上でまるまっていた子猫を、えるは胸のうちに仕舞い込むように抱き上げた。
 そして照は、その丸い姿勢が親猫のように見える、だが表情だけは変わらないままのえるの頭にそっと自らの手を重ねた。
「獣医に連れていくまでなんともいえないが、聴覚障害があっても特に普段の生活に困るわけではないらしい」
 だから、そんなに心配するなと告げると、そろりとえるが細く息を吐き出す。
「では、次のお休みの日に獣医に連れていきます。首輪…つけたくは無いですが、つけておいたほうが良さそうですし…ね?」
「ならば赤にしたらどうだ?」
「…それはどういう意味ですか。私のこれは首輪とでも?」
 チャリ、と首から下げられている赤のシンプルなネックレスを指にかけてえるが照るを睨みあげる。それに困惑していると、子猫の手がえるの首元で揺れるネックレスをタシタシやるものだから、えるがすぐに胸元にしまいこんだ。
 その仕草に大切にしてもらっているのだと感じて、頬が緩む。
「悪戯しちゃダメですよ」
 子猫にたしなめるように告げると、その額にキスをする。少し嫉妬しそうだけれど、優しく満ち足りた空間に照は満足感を覚えた。
「そういうつもりではないが…」
「ふふ。別にいいですよ、どんなつもりでも。それより、どんな風に定員さんを困らせたのかが見てみたかったです」
「…何を言ってる。私は一切困らせるようなことは言ってもしてもいない」
「そういう所が定員さんを困らせるんですよ。物凄く浮いていたでしょうに」
 くすくすと笑いながら子猫に「ねえ」と問いかける。子猫は「みぃーあ」と鳴いた。
「ところで、この子の名前を決めなければ。何がいいと思います?」

 それから猫の名前について3時間は口論した。


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