■【冬の陽だまり・夏の影】■ 20

【冬の陽だまり・夏の影】
―19―


 夏も真っ盛りの8月下旬。
 学業は休みであるが、毎日といっていいほど部活があるので大抵毎日学校の行き来がある。
 剣道部は団体戦では既に敗れてしまったが、個人戦では勝ち続けている。その為、部活が終わった後も、一人体を鍛えた後、まだ明るくはあるが、陽の傾いた中家路へとつく。
「…いたのか」
 鍵をあけようとすると、先にドアが開いた。
「おかえりなさい。いてはいけませんか」
「…いや、そんなことはない。が、慣れてないだけだ」
「自分で合鍵を渡しておいて」
「そうなんだが…、何故帰って来たのが分かった?」
 玄関に入りながら問うとベランダです、と返事が返ってくる。
「今日は花火大会だそうですよ。ここからなら見えるかと思いまして。ルゥと一緒に確認していたらあなたの姿が見えました」
 ルゥ。それが猫の名前だ。二人で散々言い合って、決まった。最初はどんなものでもいいだろう、と言っていた照だったが、ちゃんと参加してください!と言われて、ならば…ときちんと考えたものを即座に却下されて白熱した挙句、『ルゥ』という名前に落ち着いた。
 ルゥは外から帰って来た主人にマーキングするように足元にすりよって頭を擦りつけている。
「花火大会か。行かなくて、いいのか?」
「受験生で、明日も試合のある貴方に連れていけ、なんていいませんよ。それに、そんな人ゴミの中にルゥを連れていけません。置いてけぼりは嫌ですよねぇ、ルゥ?」
 えるが照の足元に手を伸ばすと、ルゥはえるの胸にひょいっと飛びついた。なんとも羨ましいポジションだ。それにえるはルゥに首っ丈。
 ルゥの世話をしに来いといったのは照だが、その中には自分に逢いに来いという意味が少なからずも含まれているのに、えるは照の言葉通りにルゥに会うためだけにマンションに来ているようだ。…と、照がそう感じてしまうくらいにルゥにべったりしている。
 その嫉妬の視線に気付いたのか、ルゥとキスしていたえるが照に向かって笑いかけた。
「今日は花火大会なので、泊まってくるとワタリには言ってあります。明日はそのまま先輩の試合の応援に行きますから、と」
 茶目っ気たっぷりに見上げられて、確信犯は性質が悪いとえるに視線を合わせた。その穂と身は柔らかくからかうような笑みを浮かべている。
 ルゥのお陰か、それなりの時間が過ぎたからか、えるは最近とても気安い。照はそれに多少の安堵を覚えたが、それでも時折、苦しげな表情で夜神月から視線を外しているのを見ないではなかったから、心はざわめきを無くさない。
 しかし、それでも。多少の不安もあれど、真っ直ぐ見てくれる視線さえあれば、照が生徒会を引退してとしても耐えられると…えるのすべてが自分に向けられるのを待てると、そう思った。
「ですから、お菓子も沢山買ってきました!」
「…………それが目的か」
「嫌ですね。そんな事ないですよ。最近ワタリに少しでいいから量を減らせと言われたからなんて、そんな理由で泊まりにきたわけでは」
 それがただのじゃれ合いと知っていて、照はわざと不機嫌な顔をしてみせる。
「私もお前の異常な甘党は気にかかっている。お前は頭を回らなくしたいのか?」
「逆だと言っているのに…。ところで、頭の回らなくなること、してみますか?」
 分かっていて、仕掛けるえるに、照は仕方がないから今日の所は見逃してやろうと思いながら、溢れるほどの幸せを噛み締めて、ルゥごと、えるを抱きしめた。


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