■【冬の陽だまり・夏の影】■ 24

 恐らく、今でも彼女はこの時自分が言った事も、行ったことも、覚えてはいないだろう。
 私の事を『照さん』と呼んだことも、『助けて』と囁いたことも、『痛くして』と強請ったことも、激情の赴くままに噛み付いたことも。
 忘れたなら忘れたままでいいと思った。彼女が激情を晒したことが、他でもない私にぶつけたことが、焼き潰れそうな胸の中ですら、嬉しかった事を、私は私以外には知られたくなかったから。
 私だけの真実にしてしまいたかったのだから。
 私だけの、真実で、いい。


【冬の陽だまり・夏の影】
―23―


 白い病院の名前の入った封筒を、指で弾き、私はグラスを傾ける。
 今でもありありとこの胸を刺す。ルゥという名の、家族の喪失。
 封筒の中の用紙に突きつけられる、子供を作ることが出来ないと知らされた、私の中の、絶望と安堵。
 今ではその傷みを埋める、二人の家族が確かにそこにあったという…存在。
 彼女以外の誰かと、家族なんて作ろうとも思わなかった。
 けれど、作れなかったのだと知って。
 頼みの綱のように、あの時藁に縋るようにした彼女と同じように、組み敷いた彼女が妊娠しない事実を、否定されていると感じた、ことが―…。
 自分が原因だと知らされて…。
 私が与えることのできない、
 彼女の輝くような笑顔を知って。

 ――――・・・・・。



 寒さと恐怖に粟立った肌を露出させながら、まさぐった。
 それに反応しながら、えるが「脱いで」、「寒い」と私の服を脱がせにかかった。
 玄関から続く廊下に、服を脱ぎ散らかして、そのまま縺れ込んで。
「うっ…は、ぁ、あ、あ…」
 女性的な丸みを強く掴みあげても、その中の快感を拾ってえるが呻く。
 だがどうしてもルゥの事に思考が行ってしまうのか、悦楽の中に虚ろな顔をしては、その度に照の愛撫に現実に引きもどされて、鳴いた。
 精神的負担が大きいのか、いつもならば、既に十分に潤っているそこも、反応が鈍く、照は唇と、胸と、陰核への愛撫を同時に行いながら、何度も何度も「愛している」と囁いた。その度に胸の虚空にどう響くのか、えるの瞳に、別の激情が差すのを照は見逃さなかった。
 「何があっても、愛してる」
 さながら壊れたレコーダーのように繰り返し、「竜崎」と「える」と呼んだ。
「て…照さ…」
「なんだ…」
「もっと、痛く、して、くださ…」
 泣き笑いのような顔でねだられて、照はその顔を見下ろした。
「お願い、ナカに…」
 何を考えているのか、明らかに分かる懇願に、照は思案することもなく、「分かった」と告げた。
 家族が欲しかった。
 肉親といわれるものが欲しかった。
 それがルゥの代わりになる、なんてことは二人とも思ってはいなかったけれども、それでも確かな絆を、この理不尽な地上から足を離すことが出来ない楔を、打ち込んで欲しかった。えるも、照も。
 バカなことをしているという自覚はある。
 けれど、バカはもう、今更だ。
 えるに関わる時、…それ以前もずっと莫迦者だったと考えれば、きっと何かに繋がるはずだ。少なくとも、ほんの一瞬でも、えるは楽になれる。
 もし誰かがそんなのは嘘ごとだと罵ったとしても、それでも確かに愛があれば。
 まだ、えるが夜神月を好きだとしても、彼女は確かに私も愛してくれているのだ。
(ならば。私の答えはひとつだけだ)
 こんな風に縋るくらいにキツいのであれば。
 こんな風に縋るくらいに、私のことを思っていてくれるので、あれば。
(私の答えはひとつだけ)
 おそらく、夜神月には絶対に見せない面だと照は第六感と積み重ねてきた時間の中に確信を抱いていた。
 確かに夜神月は孤独だろう。その能力故に。
 けれども、彼がその家族の暖かさを当たり前の出来事だと思っている限り、失うことなど露とも知らず、こびりつき、錆付いた本当の独りぼっちを知らない限り、えるは彼にこんな風に縋ったりは、きっとしない。
 それが、ルゥを失くした夜に分かったのではなければ、照は歓喜に打ち震えることができただろうに。
「ぅ…っい、たっ」
 湿り気の少ないそこに、強引に杭を打ち進めると、えるの唇がわなないだ。
「いたっ…痛、っ…あ…ぁあ…」
 久しぶりに受け入れる男のモノに、痛いといいながら、えるは一気に貫いて、と懇願する。
「なら、噛んでおけ。お前だけ、痛いなんてずるいではないか」
 噛みやすいように上体を整えてから「行くぞ」と一言告げて押し入った。
「――――………っ!!!」
 遠慮なく、噛まれた肩と、背中に食い込んだ爪跡と、引き攣れる自身への圧迫に言い表しようのない痛みが体を走る。濡れない膣がひっつくように絡みついて、照は顔を顰めたまま、足を抱えなおすと、ズッズッと腰を動かした。
 摩擦によって、傷がつかないようにとえるの体が潤みだす。ぬめった愛液に助けられて、抽送が楽になった頃に、肩が解放された。
「ぁ、ぁっ、ぁあっ…」
 喉の奥から喘ぎを漏らしながら、照の背中を爪で抉る。
「ぃやっ…ぁ、そこっ…ぉ…」
 ナカを掻きまわすと、えるが背筋をぎゅっと緊張させた。
「もっ、だめっ…照さ…っ、奥に…ぁっああぁあ、…くっ」
 ぎゅっと力の限りしがみついて、反り返りながら全身を痙攣させて、えるが絶頂を迎えた。
 照もまた、その全てを絞りだすような搾取に、最後の一滴まで奥へと流しこむ。
 朦朧とした頭で、ぐったりと四肢を投げ出したえるが、今にも消え入りそうな瞳を揺らして一言口にした。
「認知、して、くれます、よね」
「当たり前だ」
 そう告げると、えるは痛ましそうに微笑んでから、緊張の糸が切れたように昏倒した。


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