■【裁きの剣】■ 27

くすぶっていた思いは、彼を見つけた瞬間に、まるで泡雪のように溶けて、消えた。


【裁きの剣】


(…なんだ、やっぱり怒ってたんじゃ無いか)
兵士達の休憩時間、憩いの場となる広場で打ち合いが繰り広げられていた。
その中には曲がりなりにも彼等の上官にあたる松田もいるのに、兵士と一緒になってバカ騒ぎに乗じている。
「神、お止めにならないのですか?」
古い書庫を魅上と出て暫く、遭遇した騒動に目配せする魅上に、月はゆったりと笑ってみせた。
「これが終わったら」
「……」
視線を騒ぎの中心である人物から逸らさない月を追って、魅上の視線もまた広場を移される。
「…先程、神と一緒にいた…」
「件(クダン)の占い師だよ」
言葉の途中で、Lが一人目の男の剣を弾いた。
「例の、神でも謁見させるのに手こずったという彼ですか」
5対1。
月らが発見した今、もう既に3人が戦線離脱している。
体の向きを変えたLの足元から乾いた粉塵がくるりと円を描くように舞い上がって、風の中に立ち消えた。
(まるで一枚の絵のようだ)
そんな事を思い浮かべながら目を離さないでいると、Lは4人目を取って返した剣の柄で、相手の懐に潜り込むと殴打し、着実に相手を減らしていった。
「そうだよ」
乾いた剣戟の交じり合う音が通り抜けて行く中、月は魅上の質問に短く頷きながら、最後の剣を鞘でもって受け止めたLだけを眺める。
ぐぐっとLが圧されて周囲の皆は息を呑んだ風だったが、月は依然微笑みを絶やさないままだ。
利き手の剣をLが離せば、現在ガードしている鞘で押し返せるかもしれないが、決定打にはならない。
鞘を捨てれば、それは即ちLの負け。
(どうする?―L―)
どちらにせよ、膠着状態はすぐに破られる。
湧き上がった歓声を合図にして月は魅上から離れると、宮殿の廊下からパティオへとくだり、歓声の波を器用に抜けて高く手を打ち鳴らした。
「月くん!!凄い、凄いんですよ、Lさん!」
些か興奮気味の松田が月に気付いて声を上げる。それに笑いかけながら、最後に仕留めた男の上に被さるようにして膝をついているLの腕を取った。
「流石だ、L。お前が二刀流だったなんて初めて知ったよ。やっぱり僕との時は手を抜いてたんだな?」
「…月くん」
漸く気付いたLが月に焦点を結ぶのに、月は遅いよ、と独白しながらも口の端だけ吊り上げ、自分の隣に立つように腕を引く。
「…どうも月くー、…!」
それにタックルするように抱きついた松田のせいで立ち上がりかけたLがたたらを踏むのをぐっと腕に力をいれて補助する。
「…ああ、いえ。あの時は鞘さえ無かったもので」
月の支えのお陰で踏みとどまったLが、松田の「凄い!凄い!」を放置したまま、ぽりぽりと頬を掻く。
その松田への態度を見て、月はすぅっと気持ちが冷えるのを感じた。
(当てつけか?)
「松田さん、そろそろ離して下さいませんか?」
そんな月の感情を読み取ったのか、Lが松田の肩を軽く押す。
「あ、ごめん」と素直に松田が離れると、Lは月の手もやんわりと押し返した。
「月くんも、もう大丈夫です」
そして、まだ唖然としている男の首もとに刺さった剣先を抜きとる。
「楽しかったですよ」
薄い唇の端が上がると、非情な雰囲気が醸し出て、周囲の温度を数度冷たくする。
それに気付いたのは月と言われた当人のみで、その取り巻きはあまりにも圧倒的な力の差にまだ平常心を取り戻して無かったようだ。
「こんなに強いなら、僕達と戦って欲しいですよ!そうすればきっと無敵です!」
松田の短絡的なセリフは、月がLの剣舞を見た時に思いついた素晴らしい考えと同じで苦笑せざるを得ない。
なんというか、本能だけで物事を選び取っているような男だ。松田という人物は。
「…僕もそう思うよ、L。もうここに腰を下ろすんだろ?もう一度考えてみてよ。前は半分冗談だったけど、今は本気でお前が欲しい」
「……いえ、私は。前にも言った通り興味ありません。それに集団行動も、汗を掻くのも苦手です」
「何言ってるの、毎日僕と一緒に汗は流してるだろ?」
「へええ!通りで強いわけだ!切磋琢磨っていうヤツですね!」
「松田さん、意外と難しい言葉知ってますね」
松田を茶化して際どい発言を覆い隠す月に、Lのジト目が突き刺さる。
(僕の目の前で松田さんに抱きつかせたりなんかするからさ)
「ま、兎に角考えてよ。確かにLに集団行動は似合わなそうだから、なんなら占い師として、でもいいから。力になってくれない?」
僕の。
「え?どこか出るんですか?」
「うん。そうなりそうって話。その時は皆、頑張ろう!」
皆、興奮気味だった為、賛同は高らかな歓声になった。
それを満足げに眺めている月は、2つの静かな視線に気付く事はなかった。



To be continiued



…あとがき…
密かにのろけですか、月くん。(笑)
data up 2007.08.03


≪back SerialNovel new≫

TOP