■【裁きの剣】■
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興奮状態に陥った兵士をまとめ上げて、月は松田に事後を任せた後、Lを連れて帰って行った。 (流石は神…、人心を掌握していらっしゃる…) この熱気は狂信というのが適当だろうか。そんな場の雰囲気を離れた通路で感じながらも、魅上は皆と一緒に心酔することができないでいた。 (根拠のない第6感などというやつだが、…何か解せない) 陶然と、美しく賢き神に一番の僕として這い蹲りたい。けれどもう誰もいないパティオに未だ、歓喜の中に潜む不穏を感じてしまう。 (何が一体こんなに引っ掛かるというのだろうか―…) チリチリとした焦燥に見舞われながら、魅上はいつまでもその場から離れられないでいた。 【裁きの剣】 鞘で、相手の剣の力をいなし、防御を捨てての攻撃。 攻撃は最大の防御なりとはよく言うけれど。 「あんな戦い方誰に習ったの?」 「小さい頃、親代わりに一通り習いましたが、後は実戦ですね。旅に危険はつきものですから」 「確かに目だった護衛もいないL達は狙われそうだよね」 今のご時世、秩序なんて一部の国のそのまた一部の中でのみ。無いも同然だ。 国であっても国主が民を虐げる国は幾つも存在する。 そんな世界での旅は確かに危険と隣り合わせで大変だろう。 なるほど、そのつど始終交戦していたからここまでの腕前になったのだと月は納得して「それは大変だったね」と相槌を打った。 大きな壁の中、皆が平和に守られて暮らしている、我が国、エデン。 世界中がそうでなくてはならないのに…。 「…で、どうしたんですか。話があるというから着いて来たんですよ、私は」 「ボディートークだよ。分かってただろ?」 Lの声かけで月はふっと笑って思考を切り替える。今、二人がいるのは月の自室だ。 思想は大切だが、この状況ではいっそ野暮だろう。 「嫌な予感はしてましたが…。ヤですよ、もう。汗を流して寝たいです。今日は疲れました」 「僕は疲れて無い」 「おかしいですよ、どうしたんですか」 「お前のせいだろ」 つっと月は上半身だけ半端に起こしているLの顔を見上げる。 肘をついている両腕を押さえて首筋をペロリと舐め上げた。 Lの指先がピクリと反応する。 「塩味だね」 緩く笑って仏頂面のLを寝所に押し倒した。 「言いたい事は言葉できちんと伝えた方がいい時だってあるんだよ、L」 「…退いて下さい」 「可愛くないね。せっかくお前の為に早引きしてやったんだ、だからもう隠さなくてもいいだろ?もっと素直に嫉妬したんだって言えばいい」 「頼んでません。恩着せがましいです。…嫉妬?誰が、誰に」 「お前が魅上に」 「何故、私が?」 心底怪訝そうに言われて、面食らう。月は怪しげなニヤニヤ笑いを引っ込めてLを窺うようにまっすぐに向けられた底の無い瞳を覗きこんだ。 「…何故って、お前、僕があそこには人が来ないって言ってたのに…」 「頻繁に魅上と会っていたんですよね」 「…そう」 「で、どうして私が嫉妬などするのですか?」 「………」 「あの時も言いましたが、私は本当に拗ねても怒ってもいませんよ」 (頭が痛い…) 確かにLはそう月に言った。逆切れしたくなるくらいの冷静さで。 試したつもりは毛頭無いが、相手の気持ちを確かめようと浮気した人間の気持ちに似ているんじゃないだろうか。今の自分は。 相手の気持ちを確かめるのに浮気する…そんなの馬鹿らしいとしか思っていなかったけれど…。 断じて魅上との密会はLに対する浮気なんてものじゃないけれど。 「…Lはさ、僕の事、好きなんだよね?」 何が虚しくてこんな言葉を吐かなくてはならないのか。 溜息混じりに押し出すと、逡巡もなく簡素な答えが返ってくる。 「はあ、多分」 (まだ多分かよ!) しかも答えが『多分』だった日には普通の人間ならば軽く落ち込みそうだ。 「別れた後、腰痛く無かった…?」 「そりゃ痛かったですよ。月くんが無茶してくれましたから」 だが、落ち込んでなどいられない。そんな暇があるなら、この欠陥人間に事の次第を分からせてやらねば。 月は「そう」と小さく呟いてから、先ほどがくりと落とした面を上げて真っ直ぐにLと視線を合わせた。 「ならどうしてあんな立ち回りをしてみせたの。松田さんに誘われたから、なんてバカな答えを返すなよ?僕が嫉妬で灼き切れる」 徐々に熱情の凄みを孕ませて問いかける月を、Lがきょとんと見返した。 そのいっそ無邪気な子供のような仕草に、毒気を抜かれそうになったが、それで誤魔化されるのは上手くない。 「…そういえば、何故でしょうね?あの時はなんとなく体を動かした方がすっきりすると思ったんですよ」 「淡白なお前なら性衝動くらい軽くいなせたろ」 「そうですね、何故ですかね…」 (早く、気づけよ!) こちらにも我慢の限界というものがある。 目的の為ならじっと長期間待っていられる自信は今でもあるが、最近、自分がどうやら着火点が早いというのも自覚した。 ことLに関しては。 「月くんのいう通り嫉妬なんでしょうか…」 「恋人同士なら当たり前の心理状況だと思うけど?」 だが、Lが自分で気づかなければ意味が無い。だから『好き』という言葉を避けて促すように言葉を選んだのに、Lは事もあろうか首を傾げてみせた。 「恋人なんですか?私と月くんは」 そこで月の堪忍袋がぶっつん!と音を立てて切れたのはいうまでもない。 To be continiued ≪back SerialNovel new≫ TOP |