■【裁きの剣】■ 29

感情任せにねじ伏せた。
自分の中にこんな凶暴な感情があった事に初めて気がついた。


【裁きの剣】


顔が歪んで、思わずLを張り倒した所までは覚えている。
一瞬何をされたのか理解出来ていないLの反撃を防ぐ為に腕を捻り上げてうつ伏せに押し倒し、
肩に噛みつき、衣服を引き裂いて、
「ちょ、月く…っ!」
はっと正気に返ったLの頭を寝所の毛織物に押し付けた。
「五月蝿い、黙れよ」
裂いた布でLの両腕を背中の後ろで縛りつけ、肩に滲んだ歯形を見て月は少し満足する。
「何するんですか、本気で怒りますよ」
「怒ってるのは僕なんだよ、L」
少しだけ宥められた感情を逆なでされて、余った布をLの口の中いっぱいに詰め込み、
苦悶の表情で布を押し出そうとするLに構わずに、月は Lの腰を掴んで高く上げさせ、そこに堅く張り詰めた自身をあてがい、一気に押し込んだ。
「ーーーっ!!」
Lが声にならない悲鳴を上げたが、それは唾液を吸った布に吸収されて、室内から飛び出す事はなかった。
「…本当、もう。キツいよ、これ…」
そんなに時間を置かなかったからか、少しづつ慣らされていたからか、一気に自身を押し込む事に成功した月は、はぁ、と熱いため息をついてみせた。
「…ちょっと切れちゃったかな、ごめんね?」
笑いながら言葉でだけ謝まり、腰を揺らす。肩でしか支えものが無いLが呻いたが、関係無しに月は注挿を開始した。
Lの血のお陰か、思ったよりも悪くない。
「好きかどうかも分からない男とお前は毎晩肌を重ねてたんだ?」
全身に感じるエクスタシーを満喫しながら、月はほくそ笑む。
「ああ、お前が気付いてなくても、僕は本当は分かってるよ、L。プライドの高いお前が何度も僕に抱かれる理由なんて一つしか無いってこと。…でも、いくら何でも許せないね。無知は罪にもなるんだよ。…ましてや知らないままで通そうなんて思ってたとしたらー…僕を理解しないままなら、僕から離れようとしたら…」
殺すよ、
と耳元で囁き、恍惚とした表情で告げてLの中に放つ。
それに体を震わせるLから自身を抜き去り、赤と白の混じりあうそこに月は無造作に指先を突っ込んだ。
Lが息を詰めて呻いたが、そんなものは一切無視だ。
「後始末をしなきゃいけないなら早く言えばいいのに。お前は肝心な事は一切口に出さないんだから…」
萎えたままのLを眺めながら、今しがた吐き出した自分の精を掻き取る。
赤と白と、まだ滲み出す裂傷と。
お仕置きだから、これでいいのだと思った瞬間、ようやっとの思いで布を吐き出したLが冷たい声を上げた。
「最低ですね」
「何だって?」
「気に食わなければ力尽くですか?思い通りにならなければ、殺しますか。ならばいっそ今私を殺しなさい」
「な…」
「幼稚な思い上がりに付き合ってあげます、と言ったんですよ。逃げようとすれば殺すんでしょう?分からないままでいるのなら、殺すんでしょう?…こんな自分勝手に狂った男の何ひとつ、理解したくありません。飼い慣らされるくらいなら死んだ方がましです」
今しがた犯されたばかりだというのにこの態度。
月の中に宿ったちょっとした罪悪感が泡沫のように消え去って、代わりにどす黒い怒りが燃え上がる。言葉通り殺してやろうと、床に放っていた剣にそろりと手を伸ばした。
そしてそんな月をLこそが射殺しそうな目で肩越しに睨みつけてくる。
「私の事を分かっているですって?冗談も程々になさい。あなた風情が私を理解してるですって?笑止千万です。理解ているつもりとしても、片腹痛い」
「…貴様…」
「私を理解している人がこんな事をしますか?薄ら寒い真実味のない言葉を発しますか。恋人、なんて笑ってしまいます」
「……」
剣をすらりを抜いて、Lに標準を合わせる。
今は一刻も早くこの口を黙らせたかった。
切っ先を向けられて尚、動じないLを心底憎く思う。
どうしてこいつはこうも思い通りにならないのだろう。
(…ただ、僕を傷つける存在でしか無いのならいっその事ー…)
柄に力を込めて、傷つけられた感情そのままに、Lを睨みつけながら躊躇いを持たず振り上げた。

「他の女性と寝て素知らぬ顔で戻って来る、貴方の何を理解したらいいのですか」

ィィィン…!

「…っ…」
ぞわっと噴出した汗と共に呼吸が止まった。
絨毯までもを刺し貫いて、吸収されきれずに剣と反発した石床の音が室内に木霊する。
「…は…ぁ…」
ドッド、と強く早く鼓動が心臓を叩くのを、月は引き攣った息を緩く吐き出すと共にずるりと躰を折り、剣に縋る。
「…本当に刺す人がありますか。」
不機嫌なLの声は死の傷みに揺れていない。
咄嗟に逸らした剣先は敷布ごと寝台を貫いて埋まっている。
怪我は――ない?
「義理一つ通せずに私を抱いて、野望の為に退けて。あの日だって来たかどうか怪しいくらいで、しかも今まで通りに女王と寝て来た。私が何も言わないのをいい事にそのまま関係を保つつもりだったんでしょう?何が嫉妬ですか、何を理解すればいいんですか」
その上、本当に剣を振り下ろして。こんな間抜けな格好のまま死ぬのは御免被ります。
続いた独白めいた淡々とした言葉に月は掠れる声で辛うじて「ごめん」と押し出した。
「……ごめん」
「…私も恋愛感情など疎い方ですが、突出して人の心を読むのに長けている癖に人の気持ちをこうまで理解しようとしない男は初めてです。自分は分かってるんだと思い込む所が性質が悪い」
「…ごめん」
ずるりと冷や汗で手が滑り、力が抜けた躰は剣を手離すと、へなへなとLの体に覆い被さった。
まだ生きていると思える体温に、心底安堵する。
「腕の拘束、離してくれますね?」
「…逃げない?」
月の言葉に嘆息一つ。
叱られた子供のような顔で覗き込む月を、Lは妬まし気にねめつけた。
「こんな事で一々逃げていたら身が持ちません」
その言葉を信じて、月は腕の拘束を緩やかに解く。
Lがゆっくり起き上がり、解放された腕に血行を促すように軽く手を振りながら赤く鬱血した腕をさする。そしておもむろに肘を引くと月の頬に拳を叩きつけた。
「…っー」
「一回は一回。お返しです。」
脳がぐわんと揺れるような強烈な一発を耐えて、殴られたばかりの頬に手をあてがうと、Lの腕が伸びて来て月は体を竦める。
まさか一回は一回だからといって犯されるとは思わないが、いやでも、Lならやりかねない。
「…L?」
「…一回は一回。大人しくしてなさい」
「はい…」
折り目正しい返事がおかしかったのか、Lが苦笑したのがなんとなく察せられた。
「ずっと傍にいると言った筈です。こんな危険人物、野放しに出来ませんから…」
ぎゅっと込められた力に安堵して、月は堅く目を閉じた。
「…泣いてるんですか?仕方のない子ですね」
「泣いてなんか無いよ、バカ」



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