■【裁きの剣】■ 34

二度と光を見失わぬように。


【裁きの剣】


私が神をお守りせねば。
そんな結論に達してから、魅上は今まで以上に己の神である月を、そして滅びの兆しであるLを注意深く観察するように務めた。
Lが帰って行ったあの後、神から厳しい叱責を受けた。
ですが、と自分の考えを告げれば、神は目を細めて冷たく微笑む。
『ならばお前は一体何を滅ぼすんだ?』
『…それは』
『下らない迷信なんかに惑わされるな。幼い頃からそのように教育され続けていれば、安易にそう考えてしまうのも分からないではないけど…。そんな物が迷信だという事は自分自身が一番分かっているんじゃないのか。違うか、魅上。』
そう蔑むように言われては、更に神の言葉に反駁する事など出来なかった。
確かに、迷信なんだろう。
髪と目の色で蔑まれるだなんておかしいに決まっている。
けれど、そんな国にいたからこそ、異端を嗅ぎ分けられる能力を身につけた。
だからこれこそが故国が恐れた闇なのだと、魅上には分かった。
今ならば分かる。故国があれほど闇に敏感だった訳が。黒目黒髪を見れば総てが滅びの兆しだと思わずにはいられない恐怖が…やっと分かった。
圧倒的な闇は光をも飲み込んでしまう。
だから、忌み嫌われたのだ。
だが、きっと神はその慈悲深さ故に気づかれる事などないのだろう。自身が大きな光であるから、ご自身をも飲み込んでしまう恐ろしい闇が存在する事を存じあげないのだろう。
(だから、私がお守りしなければ)
命を張ってでも。
そう決意すれば、幾分心が波立つのを抑える事が出来た。表面上は何事もなくいつも通り振る舞うが、出来た。
今日もそうだ。
目の前で神と神の敵であるLが対朝日の国戦で話しあっているのを冷静に聞く事が出来る。
「…どうもぱっとしない国だとは思っていましたが、変わりましたね」
「やはり、そう思うか」
「これは放っておけば立ち直るんじゃ無いですか?別にいらぬ血を流す必要などないのでは?」
「それは出来ない。出来ないんだよ、L。…Lは知らないだろうけど、うちと朝日の国は馬があわなくてね。目の敵と言っていい程だ。立ち直るだけならいいけど、暴走しないとは限らない。今民からの搾取がないのは、搾取するものが無いから、という理由だけかもしれない。安定すればまた圧政が始まってもおかしくないし、豊かな僕達の国が狙われてもおかしくない。僕は僕達の国の民を危険に晒すわけにはいかないんだ。心優しい者達の安全を守らなければ。それに万一僕達の国が無事でも、圧政が復活した場合朝日の国の民はどうなる?これは僕達の正義を守る為の戦いであると共に、朝日の国の民を救う戦いなんだ。うちなら朝日の国を優しく暖かい国に導く事が出来る」
形の良い唇が理想郷を語るのに魅上は半ばうっとりと聴き入った。
(やはり神は慈悲深くていらっしゃる)
月の語る未来は魅上の夢見る世界だ。
奴隷同然の陰惨な少年時代、その底から救ってくれた神についていけば、輝かしい白く美しい世界に連れて行って貰えるのだと魅上はそう理解している。
そう陶然と神を尊敬の目で見つめていると、それをぶち壊すようにLが口を開いた。
「果たして、そうでしょうか?」
その感情を伺わせない平坦な声音と台詞に魅上はやはり、と眉間に深く皺を刻みながら無言でLを睨みつけた。
「確かにどうにもならない巨悪があれば、民がそれを望むならば、取り除くのもやぶさかではないかもしれません。…しかし、その後は?それらは民が決める事でしょう」
「だが国が崩れれば混乱する。責任をとって平穏に導くのは当然の責任じゃないか?」
「…そうですね。そういう考え方もあるでしょうし、当事者達がそれを望めば否やはありません。そう決めたのならそうすればいい。ですが、未来の予想の為に今この状態で討ってでるというのは?朝日の国は一応支配者も変わっています。悪戯に血を流すだけでは?」
「気に入らぬなら出ていかけばいいだろう」
「…魅上」
「…申し訳、ありません」
神に短く諫められて、魅上は口を噤んで、いっかな顔色を変えないLを更に強い視線で睨みつけた。
神はそれにやれやれ、といった体で緩くため息を落とすと机に肘をつき物憂げな様子でLを見やった。
「…何、お前この戦争に反対なの?」
「ええ、反対ですね」
「僕を選んだのに?」
「傍にいますとはいいましたが、それとこれとは別の話です」
「じゃあどうする?」
「別にどうも。私が朝日の国の国民ならば月くんと差し違えてでも止めようと思ったかもしれませんが、生憎私は定住する国を持たない流れ者です。朝日の国の為に差し出す命は持っていません」
「で?」
神が面白そうに微笑むのが分かった。
「ただ思った事があれば口に出します。私の意志まで月くんにあげたつもりはありません」
それに神は耐えきれないというように肩を震わせて笑った。
「いいよ、別に。LにはLのビジョンがある。それを僕が侵す気は無い。言いたい事があれば言えばいい。僕もそれに思った事をいうだけだ。対等だろう?」
「そうですね、表面上は」
それになおも神が笑うのに、魅上は危うい気持ちで両者を眺めた。


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