■【裁きの剣】■ 35

それは緩やかに幕をあげる。


【裁きの剣】


随分と激しくされた後の朝、Lは重い気だるさと共に目を覚ました。
下半身に残る違和感にも随分慣れたが、どうも未だに他人の腕の中、という状況にはあまり慣れないようだ。
「…月くん、月くん、起きて下さい」
「んー…?何、もう朝?」
「はい、もう朝です。いい加減離して下さい」
ポンポンと自身を抱き込む腕を離すように促すと、逆に力が強まる。
「私は離して下さいと言ったのですが」
「いいじゃん、もう少しくらい…。最近忙しかったんだから、たまにはのんびり鋭気を養わないと…ふぁっ」
そう欠伸をしてLを抱き枕にしたまま眠りに落ちようとする月に「私は用事があると言いました」と不機嫌な声で告げるとやっと月が薄く目を開いた。
「あー…なんだっけ…、誰か人と会うって言ってたっけ…このくそ忙しい時に僕を放って」
「男の嫉妬は醜いですよ、月くん。それにその報復は昨晩嫌というほど受けました」
なので腰が痛いです、と恨みがましく付け加えると、やっと月が覚醒した。
「…何、誰と会うんだ?まさか男か」
「普通は女を疑うんじゃ無いですか」
「女なのか?」
「性別でいうと男ですが…、何、私の育ての親ですよ」
「え?」
目の前の茶色の瞳がまんまるになって、Lはその瞳を覗き込む。
「なんですか、その反応」
「いや、ごめん。そうだよな、Lだって一応人間の子だもんな。親くらいいるよな…って育ての親?」
「貴方私を一体なんだと思ってるんですか。一応だなんて失礼な。両親くらいいますよ。生憎もう死に別れましたが」
「…ごめん」
「別に、愛着があるほどの時間を過ごしたわけじゃ無いですし」
さらりと答えるLを前にして、月の顔が曇る。
「月くんが気にする事じゃありません」
そんな月を見ていると、どうにも不思議でならない。
冷淡かと思えば激しやすく、
冷徹かと思えば繊細に過ぎる。
まるで混沌を煮詰めたかのような存在。興味は尽きない。
ちゅっ、と優しく唇を啄まれて「どうしたんですか?」と問うと「慰めてるんだよ」と言われて思わず笑ってしまった。
本当に夜神月とは面白い。…と内心そう思う。
「酷いな」
「すみません、月くんがあまりにも可愛いかったもので」
「嬉しくないよ」
今度は子供のように膨れてみせる月に目覚めの挨拶を唇に送ってから、Lは漸く寝所を抜けだした。


エデンは治安もよく活気もある。
いい国だとLも思う。
民も純朴で真っ直ぐな気質の者が多く、それを支えるブレーンも貴族が大半だが良く選ばれている。何の問題も無い、…その問題のなさが却って気味が悪い。
(よく治められているというのなら、そうなんでしょうけど…)
まるで透明なガラスの箱に閉じ込められたかのような、奇妙な窒息感。
「クーデターがあったのは…」
「8年前でございます、L」
「ワタリ」
いつの間にか背後に現れた老人にLは微かに唇の端を上げる。
「元気だったか?」
「はい。怪我もございません…、ところでL?」
「どうした、ワタリ」
「附けられておりますが」
「ああ」
ピクリとワタリの温厚そうな眉が反応してLは頷く。背後への気配を探って構わない、と答えた。
「どうせ、いつもの事だ。もう慣れた」
「気づかれたのですか?」
「気づいた、というよりも野生の勘の類だろうな。何、構わない、月くんにはワタリと会うとー…言っておきました」
「はい、そうでございますね。Lは私と二人だけの時はよくその言葉使いに戻られます。嬉しくもありますが…」
「…あまり虐めないで下さい。…とにかく、落ち着いて話せる所まで行きましょう。そう、甘味所なんかにでも」


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