■【裁きの剣】■ 36

Lと老人が女性ばかりの甘味処に入って、照はLへの疑惑を膨らませる。
きっと照に話を聞かせないための策だろうと思ったのだが…。
おびただしい量の菓子に照は胸焼けを起こして口許を覆った。

【裁きの剣】


「メロとニアはよくやっているようですね」
ワタリに渋面を作られながらも、テーブルに所狭しと並べられたケーキにフォークを伸ばしながらLは口を開いた。
朝日の国に送り出してからひと月。
「そうでございますね。スパイも割り出したそうで」
「なかなかやりますね」
「見るのは得意だそうですから」
くるくると緩やかなカーブを描く髪の毛を巻きつけながら呟く少年と、愛らしい顔いっぱいに渋面を作っているだろうメロの姿も浮かんでLは苦笑した。
メロはニアに、自分より年下の血筋の正しい子供に負けるのを嫌がって、癇癪ばかり起こしていた。
それを周りに『やはり下賎の血のせい』だと噂されているのを知ってからは目立っての行為はなかったが、それで一層ニアへの反発心が強くなったようであった。
Lはメロがどこにもぶつけられない怒りを持て余して時期に出会ったのだった。
「…メロが自分の力をもっと認めることが出来ればいいんですが」
Lが呟くとワタリは穏やかに笑う。それを認めてLも緩やかに口許に笑みを浮かべる。
「で、スパイはどこの誰だったのですか?」
「出目川仁という男爵だそうです」
「…出目川…?どこかで聞いた名だな」
莫大な情報が詰まっている脳内を選り分ける。答えを導き出す前にワタリが口を開いた。
「元はこの国の者でございます」
「ああ、クーデターの…」
出目川仁は女王の両親が殺された8年前のクーデターの首魁の一人だ。
エデンは元々治安の安定したいい国で、法も整備され貴族という事を笠にきるような男爵のような存在には多少息苦しい国でもあった。
それが崩れかけたのが先々代の国王夫婦の晩年から。
奢侈に走り、華美を好み、中枢から腐敗していったエデンは覇権争いが絶えず内部分裂を起こしてゆき…。
(朝日へ亡命したとは聞いていたが、その後彼の行方は杳として知れてはいなかったが)
「今はサクラ卿と名乗っているそうです」
「なる程」
口許に酷薄そうな表情がちらりと過ぎる。
「夜神月が影でクーデターを操っていた可能性は7%…いやもしかすると本当に」
疑惑が確信により近づいた。
当時、皇女ミサには許婚がいた。現国王である朝日の国の末弟マイル=ジーヴァスだ。
堕落していたエデンは自国の安全を守る為、手っ取り早く政略的婚約を結んだ。朝日の国の金に目が眩んだのもある。
しかし窮屈だった王宮を謳歌しはじめた出目川などの末端貴族には歓迎せざる婚約話になった。
一国の王子を自国に迎えようとしているのである。傍仕えとして朝日の貴族が少なからず流入してくるのは当然で、そうなると出目川のような末端貴族は権から益々遠くなってしまう。
第一王女ミサは好き嫌いが激しく、それを隠そうとしない性格で、お家の取り潰しも考えられた。
クーデターの御輿には王家の血をひく高田清美が選ばれた。
お高く止まった女だったらしいが、成績は優秀。反逆罪で処刑されたが…。
(それ相応の野心があったという事か…。高田のような女が好みそうな甘い夢…。例えば王座について夜神月を夫とするような…)
当時夜神月は15歳。王家の血をひく高田清美とは顔見知り。ありえないことではない。
火種を残さないよう高田を処刑させ、狡猾な出目川をわざと朝日へ亡命させた。裏で糸をひいていたのがまるで朝日の国だとでもいうように。
(そうして夜神月が英雄になり、王位を継いだ弥ミサを裏から操りクーデターに関わったとして腐敗しきった貴族を一掃した…)
堕落した国王夫婦、腐敗した貴族の集団の抹殺。高みに昇るための地位と名声。
どれをとっても夜神月に都合のいい話ばかりだ。
「アイバーやウエディにはいつもの方法で情報を渡すように念押ししておいて下さい。それとくれぐれも慎重に、と」
「L」
ワタリが深い色の瞳でLを見つめるのでLは真正面からそれを見返した。
「誰の為でもない。自分の為だ、ワタリ」


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