■【裁きの剣】■ 02

「L。また何か来たよ」
「分かりました」



【裁きの剣】



文月(7月)の空は、遠く遠い平たく地平線のお陰で夕陽はゆっくりと大地を赤く染める。
灼熱の地上は熱気ある暑さでは無い為、気がつかない内に真っ黒に焼けてしまう。
しかし既に夕刻なので、日差しは弱い。
「じゃあ行って来るよ。」
月が広大な屋敷の門の後ろを振り返るようにすると、明るい声が「はーい!」と響く。
「お兄ちゃんの屋敷には近づかないようにすればいいんでしょ?接待って大変だね。気をつけてね!外なんでしょ?行ってらっしゃい」
ベールも被らずに薄着で顔を覗かせる妹に、月は早く戻れ、と声を上げる。お兄ちゃんの過保護〜!と声が響いたが、屋敷の中に戻ったらしい粧祐に軽く息を吐いて、馬に跨った。
相手は相当偏屈なヤツだと言うので、単騎でゆく事にする。
城壁の門衛に一言二言いい置いて、『お誘いを断っている身ですから』と城壁の外に幕を張っているらしい占い師一行の元に訪れる。
白い羊皮のテントが夕陽に映えて、少し目に眩しい。
目を細めて周りを眺めると、テントの影に人が見える。
「では、もう暗くなるので気をつけて帰って下さいね」
背丈は月とそう変わらないだろうか、黒髪が風に攫われ、それと同時に声の主は振り返る。
口元を覆うベールの為か、長めの前髪から覗く黒耀の瞳がやけに印象的。
「…馬は其方に繋いで下さいよ」
「…あ、」
見入っていたと言うのか、言葉を無くしていた月に言い置いて、彼(女物のような服を着ているがどう見ても彼は男だ)はスタスタと天幕に入って行く。
月はおざなりに扱われた事に少し眉間に皺を寄せたが、我慢して言われた場所にらくだを繋いだ。
偏屈な一行だとは散々聞いていた。少しの事で腹を立てたって仕方がない。
「…お前が客か」
「…何…かな?」
お前呼ばわりされて今度はこめかみがピクリと揺れた。
「今日昼に使いを出したヤツだろ?…来いこっちだ」
振り返えれば年の頃は16・7の少年。その若さに免じてとりあえず何も言わない事にする。
此方も先程の彼のような格好をしていた。もしかしたら、月の知らない民族衣装なのかもしれない。
「…ああ、済まないね。ところでLとはどんな人物かな?」
金の髪が映えるようにか、先程の彼と同じような服装ではあったが布地は黒で揃えられていた。
腰元に覗く金の剣がまたそれによく映えた。
(…この装飾の金は本物だな…)
有名な占い師だとは聞いていたが、実は月はその実体をよく知らない。
占い師なんて根拠の無い呪いなど、何の役にも立たない。
「…アンタさっき会ったろ。あれがLさ」
「!」
男とは聞いていたが、偏屈なー…と散々聞いていた為、どこの爺かと思っていたのだ。
「…彼が…」
「…なんだ、知らないで来たのかよ。どこの田舎モンだよ」
小さく嘲られて、口元が引きつった。
「はは、僕は占いなんかに頼らない主義でね。ご婦人達が余興の種にするような事はあまり興味がない」
それに、父には暇だと言っていたが、実際はかなり忙しい。責務を縫ってLという占い師なんかの話を聞く暇など無かったのだ。
「はっ。じゃあ何しに来たんだよ。お前ー…」
「メロ」
くるりと背を向けて前を歩いていた少年が月の方を向いて啖呵を突きつけようとした瞬間、静かな声が間を割った。
「…ニアか」
入り口の布を腕で開き、覗かせる銀の少年はやはり静かにメロと呼ばれた少年から月に視線を移した。
「Lが待っています。どうぞ此方へ」
メロとたいして変わらなさ気な年頃の少年は、メロとは対称的な口振りや佇まいで、月を天幕へ誘う。
彼は月と同じような服装をしていたから、出身はこちらの方なのかと思った。
「…ああ、じゃあ失礼するよ」
何か言いたげなメロを残し、月が入り口をくぐると、そこは蝋燭の炎が煌めく不思議な空間だった。
何の匂いか、甘い香の薫りが立ち込めている。
「よくいらっしゃいました。夜神官房官」
ふわりとした座椅子にLが腰かけているというか、両膝をあげて座っていた。
どうやら月の席は彼と対等というべきか、Lの向かい側に設けてあった。
「どうぞ、座っていただいて結構ですよ」
席を勧められて、「では」と月はLの向かい側に胡座をかくようにすわった。
「…初めまして、本日使いを出した夜神月と申します」
「Lです」
「…変わった名前ですね、通称ですか?」
「はい。占い師という生業(なりわい)をしている以上、本名は明かせないもので。申し訳ありません」
言って彼は敷物の上に置かれた、甘味物に手を伸ばした。
「夜神官房官殿もどうぞ。」
言われたが、どうしてもこの甘い匂いと見た目に圧倒されて胸がいっぱいで入りそうにも無い。
仕方なく月は用意されたお茶に手を伸ばした。
(このセレクトは客がやはり女ばかりだからか…?…でも生憎僕は男でね…もう少し考えたもてなしをしてもらいたいものだよ…)
それともこれは暗に帰れという嫌がらせなのだろうか。
月が思案しつつ、意外にすっきりと喉を通るお茶を一口飲み下した瞬間、Lが口切った。
「さて。ご用件はやはり女王の為に宮殿に上がれ…という事なのでしょうか?このまま断り続けると果ては宰相殿や女王自らがこの天幕にやって来そうな勢いですね…。…それとも不敬罪とやらで追放か死刑でしょうか?」
くすり、と最後の部分は明らかにからかいが入っていて、月は眉を潜める。
「私共の国はそんな理不尽な事はしませんからご安心下さい。…無為な殺生はいたしません…」
「…そうですね。世に名だたる法治国家ですから」
一瞬含みを感じた気がして瞳を覗くが、そこには人を喰ったような色だけを残していて、月は正直胸の内で舌打ちをした。
(こいつが外に住を定めているのは実際上手いやり口だな)
不敬罪とは言わずとも、塀の内側ならもう少し多少強引な手でもミサの所に連れて行ける。
このまま甘ったるい空間の中で得体の知れない人物と話をするのは、はっきり言えば面倒臭いし気乗りがしない。
「…それで、ここへは何をしに?」
それでも、ミサの機嫌はなるべくとっておいた方がいいし、いつまでも得体の知れない一行を放置しておくわけにはいかない。
「…ああ。それはですね今月近くにこの辺りに神の花園が出現しそうなので、それで、ですね。知っておられますか?」
「神の花園?聞いた事はあるな。なんでもいきなり出現していきなり消えるというアレだろう?」
「はい。私共は街から街へ移動するもの。行商人もおりますが、いつも無事に辿り着けるわけでも無いでしょう?珍しいものを運ぶ者として歓迎されるワケですが、やはり一番喜ばれるのは薬でして。神の花園に咲く花は万能薬になると言われてます。そもそも旅の必需品でもありますから、出来れば採取したい」
「へえ。それはそれは綺麗な風景だとは聞いていたが…それは初耳だな。そんな効能があったのか」
「一般的に遭遇する例自体が少ないですからね。私共も聞いたのは結構最近ですよ。果ての国でね」
「へえ」
話てる間に俄かに興味が沸いてくる。
月も行商人のもたらす情報の必要性は重視していたが、月が会った誰よりもLはそれを貯めこんでいるようだ。
「それでここに来たのか。…お得意な呪いでその日時や場所は分からないのか?」
「…それは企業秘密です。…でもそうですね。占いなんてそんなに万能では無いですよ」
笑いを含んだセリフにやけに引っかかるものを感じながら、思わず「だろうね」と言いそうになるのを抑えた。
咳払い一つでごまかして、それでは、と話を続ける。
「それでは、まだここに滞在するという事だろう?だったらここは不便じゃ無いか?いくら外で生きる術を熟知しているとはいえ、獣に襲われない生活もしておかないと身が持たないだろうしね。…そこでどうだい?僕の所に来ては」
「…はあ…夜神官房官のお宅にですか…」
「一応エリート家系と言われているからね、家は無駄に広くてね。僕の離れでも君達を招くのに不都合は無い」
先に断られては話が進みにくくなるので、「それに」と先手を突く。
「それに僕の個人的なお客さんという事でね。出入りは勿論自由だし、無理に宮殿に連れて行こうなんてしない。…どうかな?」
Lは少し黙った。
入り口前に立ったままのメロとニアを見遣った。
かなりの好条件の筈だが、これで上手くいく可能性はとんと少ない。この程度なら他の使者にも出来た筈だ。
月は考えていた次なる策を頭に巡らせる。この手のタイプは時間をかけて攻略せねば。その為の猶予もある。
しかし、見事に月の予想は裏切られた。
Lの口は「いいですね?」と呟いたのだ。
思わずニアとメロに視線を遣る。
ニアの表情はさっぱり読めなかったが、メロはあからさまに渋い顔をした。しかし「Lが決めたなら」と頷いた。
「ではお世話になりますね、夜神官房官殿」
にっこり笑ったLに月は食えない奴だと思った。



To be continiued



…アトガキ…
すみません、設定はめちゃくちゃ嘘です。超適当です…テント?!天幕?!素材は何?!ベールの定義はどこまで可ですか!
異世界パロと銘打ってますが、一応一度滅びた後の地球…みたいな感じです。なのでちゃんぽんなのを見逃して下さい(笑)


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