■【裁きの剣】■ 31

小さく触れ合い、
そして統合される。


【裁きの剣】


小鳥が嘴を合わせるような、啄むようなキスをされた。
いつも不遜で、寝所の中でさえどちらかと云えば挑発的なLが、珍しく優しかった。
短く触れ合った唇を離して見つめあうと、目尻に優しいキスが落ちる。
それに胸の奥がたまらなく熱くなって、月に跨って上体を倒して来るLを思いっきり抱きしめた。
(一体どうしてしまったんだろうな、僕は)
Lといると、今まで味わった事の無い感情が次々と飛び出して来る。
それはLから与えられたものなのか、月の奥底に仕舞われていたものなのか…、恐らくはどちらも正解だから、こんなに心が燃え立つのだろう。
受け止めて貰えないと感じるのが、水を与えられず乾いた土の上で干からびてしまうのが嫌で、自ら何者にも捕らえられえぬ乾いた砂になった。
意識深くに厳重に幾重にも鍵をかけて。
「…L」
月が押し殺した、月の一部が息を吹き返す。
同時にどうしても避けきれない嵐が月をかき回す。
問答無用と乾いた砂を巻き上げて散布し、大量の水で地を固まらせ、そして新しい種を運んで根付かせる。
Lは月の嵐だ。
そのあまりもの強烈さに腹を立て、押し壊されたものに憤るけれども、元々月の砂漠にはあったのは空しい虚構だけだ。
全部取っ払われて、見上げた空のなんと美しさを、この身に感じる。
生きていることが、なんとも愛おしくて胸の充溢そのままに任せる。
(…もしかして僕は誰かに甘えてみたかった?)
すりっとそのまみ頬を擦り寄せると、Lが「でっかい犬みたいです」と声で笑った。
「…犬?」
「知りませんか?犬。可愛いですよ」
「ふぅん…」
そういえば、どこぞの文献で見た事があったが、可愛いかどうかの判定はつかない。
(むしろどっちかというと凛々しいって感じだったと思うけど…)
思いながら、首筋に唇を吸い付いた。
ちゅっ、と強く吸うと赤い鬱血の痕が残る。
「…そんな見える所に…」
「見えない服を着ればいいよ。この服の弁償もしないといけないし…、いつもの格好は人に見せるの嫌だし」
「なんですか、それ。彼女にミニスカートをはかせたくない彼氏ですか」
「みにすかーと?」
「ふっるい文献に載ってました」
「へぇ」
再び肌を吸い上げる。
ポツポツと赤い斑点が色付く度に心に平穏が訪れる。
(Lでも汗をかけばちゃんと塩味だ…)
そんな当たり前の発見に胸を踊らせて、口付ける。何度も味わうように角度を変えて、それから組み敷こうとすると止められた。
「一回は一回だと言ったはずです」
両手首をLの両手に捕らえられたままで、Lが上体を起こす。そして月に騎乗したままで腰をゆする。
「…ぁっ…、」
吐息を漏らしながら踊る姿が嬉しくて、同時にもどかしい。
全部がLの意思で運ばれる行為が、とても淫らで。いつもとは勝手が違って、月は眉根を寄せて熱い溜息をついた。
「んっ…」
しっかりと形を作っているそれをLのそこが咥え込んでいる。
「え…L…」
弱音を吐き出すように切ない吐息でLを呼ぶ。
「もっと、近くに、寄らせてよ…」
今までだったら、どれほどLを求めていた所で考えつきもしなかった弱音が簡単に出来てしまう事に月は少なからず感心する。
今まで、どこか意識の奥底でLを卑下してはいなかったろうか?
男ともあろう者が、男のモノを咥えるだなんて汚らわしい、と。
その体内に埋められて喘ぐなんておぞましい、と。
だから人間では無く、人形のように思ってきたのでは無いだろうか。
(ああ、でもそれは…)
Lに限った事では無かったか。
誰一人として、彼らを人間として扱っていなかったのでは無いだろうか。
誰一人。
自分さえも。

だから知りたい、と思った。
Lも、自分も、世界の全てを。

「月くん…」
Lの手を借りて上半身を引き起こすと、目の前にLの顔がある。
その唇から悩まし気な溜め息が、月の名前と一緒に微妙なイントネーションで吐き出された。
「何?」
「…もっと貴方を知りたいんです」
同じく悩ましい吐息混じりの息継ぎをして問うと、熱で潤み呼吸を高くしたLの唇が確かにそう音を紡いだ。
「…月くんを全部」
まるで心を読まれているようなタイミングで囁かれる愛の言葉に、くらりと酔う。
「それは、何?僕を愛してるってこと?」
額を近づけ、両手で酩酊したままLの頬を包めば、指先がそっと月の手の甲に触れた。
「…それは、どうでしょう」
しかし、やはりLから返ってくる返事は曖昧なもの。
けれど、月にそんな事はもう関係無かった。
もう無理やり分からせてやろうとは思わない。
こうやって傍にいてくれるなら。
自分の気持ち一つで十分だ。
「そう、僕はお前を愛しているよ、L」

愛おしく口付けて、
翌朝手に入れたものは、至福といえるかけがえの無いものだと
月は思った。


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