■【冬の陽だまり・夏の影】■ 22

【冬の陽だまり・夏の影】
―21―


春に祖父が逝って、一人で花火を見たけれど。
 そう、えるは続けた。

『誰かと一緒に見た花火は、幼い記憶の遠い温もりのあの人達だけ。』

 誰もいなくなった、夏の花火の散るさまは、その美しさは、心の奥に暗い影を落としただろうか。
 隣家の家に灯る、暖かい灯りと、笑い声は、まさしく夜空を照らす夏の花火。
 それを万感の思いを込めて見遣るのは、ひとりぼっちの暗い夜の闇だ。

 ああ、と照は独白した。

 例えばでいい。その感情をなんと表したら良いのだろう。
 明確に形の掴めない、憐憫とも同調ともつかない悲しい彩り。
 照にも覚えがある。人一倍分別がつく自分が、母の負担になりたくないと思った頃。
 近所の子供達がお祭りだと父母の手に引かれて楽しそうにはしゃぐ声を、一人で聞くには大きすぎる花火の弾ける音を、どれだけ寂しいと思ったことか。

 ああ、と照は再び独白した。

 違和感を、思い出す。
 えるの保護者のワタリ氏は善良な人物で、あらん限りえるに心を砕いてはいるのだと知っている。けれども、彼はとても忙しい。えると一緒にいられる時間は、長い夜を照と共にする時間以外の些細な時間。
 まだ照がえるのへ想いに気付く前の、運動会。
 えるが一人、放送室にやって来た時、保護者がこれなくなったのなら、どうして夜神月と昼食を共にしないのかと一瞬、思った。
 それはこのえるのマイペースさに巻き込まれて考え込むまえに露と消えてしまったが。
 幼馴染というくらいだから、家族との面識はあっただろう筈なのに。
 どうして、と思った疑問が解けた。
 一人が長すぎて、孤独が強すぎて、もう誰かの輪の中に入ることが出来なかったのだ。
 暖かい家は、優しい気遣いは、どうしても自分のものではありえない。
 嬉しくないわけじゃないのだろう。
 けれども、辛くて、仕方なかったのだろう。
 えるは我が物顔で、照にたてつくし、振り回す。無理難題もつきつけることもあるし、平気で人を顎で使って、殊勝な面など一つもないような振る舞いをするけれど。
 それは叶えられないことのない、些細な我侭でしかないし、無理難題を突きつける時は、決まって私事ではありえない。
 ルゥを飼ってくれと、せめて一緒に飼い主を探してくれと頼めないくらいの繊細さがそこには存在する。
 だからワタリに傍にいて欲しいと告げることもできず、かといって愛し過ぎる男の誘いさえも受け入れられないくらいの―――持て余した、寂寥を、ずっと抱えていたのだ。
 それゆえ優秀な頭脳と、人の良い温かみを兼ね備えた、溢れんばかりの家族愛に恵まれた夜神月を好きになり、そしてまた溺れたのだろう。
『好き』という以外の寂寞に背中を押されて。

 照は照を真っ直ぐに見る、そのえるの強さに惹かれたのだと思った。
 けれど、それだけではない。
 他人はもしかしたら、照の気持ちを傷を舐めあう行為だとしか思わないかもしれないけれど…、その弱さにも恐らく惹かれたのだ。
 気付かなかったシンパシー。
 照が自分以外の温もりを知るたびに戸惑いを覚えたのはそのせいだ。
 えるが、最愛の男との仲を引き裂いた張本人である照に、その恨みを向けなかったのは、おそらく。
 二人とも気付かなかったシンパシー。
 二人の間で繋がるユニゾン。

 照は握られた腕に力を込めて抱き寄せた。



 失いたくない、これだけは。




 そうして口を開く。
 できるだけ、泣きそうだと知られないような、優しい声を意識して。
「今年も松屋の甘味はお前のものだ」
 そうすると、えるは「本当ですか」と少し笑った。


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