■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 13

「アンタさ」
言われて険の含んだ表情で振り返った。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#13


「楽しいか」
「…どういう意味だ」
生き残りが残した足跡を掴みながら北上を続けてまた数日。
夜になって手頃な建物にテントを張り、その中で暖を取りながら交代で火の番をする。マットが眠りに落ちたのを見計らってメロが重く口を開いた。
「言葉通りの意味だろ。いい加減Lを引っ掻きまわすのやめろよ、迷惑だ」
「…連絡さえお前に任せたと思ったけど?それでどうやって引っ掻きまわすって?」
竜崎が月のことを捨てたのだと知って、月は全ての連絡事項をメロから伝えるように取り測った。そちらの方がメロにも竜崎にも嬉しいことなのだろうと踏んで。
傷ついた心にこれ以上何をふっかけるつもりなのだと、イライラと告げると、その場に沈黙が落ちた。
「…、!」
あまりもの長い沈黙に、チラリと視線を流すと射殺されそうな目で睨まれていて、月は息を呑む。
メロは月と目が合うと、更に視線を強くしてからフイっと外に出て行って、月は何がなんだかわからない。
驚いたままテントの出入り口を眺めていると、寝入ったと思っていたはずのマットが口を開いた。
「仕方ないさ、メロはずっとLが好きだったんだから」
「…起きてたのか」
「起きてたというか、こんな異様な雰囲気の中で寝れるはずないでしょ。俺、そこまで神経図太くないのよ。結構繊細でさ」
そんなワケあるか、と思いながら冗談はさらっと流して寝袋に収まっているマットを見遣る。
「それで?何故僕がメロに八つ当たりをされなきゃならない」
「だってアンタ、Lを殺しんだろ?」
「………」
「その上、肉体関係まで結んじゃって?」
「……だとしても」
「挙句、Lを悪者にした」
「…何、言って…」
関係ない、という言葉は喉の奥で溶解して、月は訝しくマットを見つめた。
ゴーグルを外した下の目はメロのものとも、ニアのもとのも、Lのものとも違った、純真な色が残る。その瞳に凝視されて、口を噤む。
「だって、アンタ急にLと連絡とらなくなるんだもん。それくらい俺にだって分かるよ。それまではLと話したいー、メロが嫉ましい、って感じでずっとLを見てたのに、急にパッタリ変わっちゃったら、ねえ。そんなに1番になれないのが悔しかった?」
「なんだと?」
「あー、ちょい待ち。俺は別にアンタと喧嘩したいワケじゃないんだ。違ってたなら謝るけど、事実じゃないの?自分が役に立たない、とか思ったのと違う?アンタを避けてるLの策略だとか思ってるのと、違う?」
「…僕は、そんなこと思ってない」
「本当に?」
静かな怒りを滲ませて凄んでも、マットは笑いながらごろんと転がった。
「俺自身が3番だし、…それにメロを見て来たから荒れようで分かるよ。メロはニアが来るまで一番だったからね。あの時のメロとアンタは同じような顔してる。でも、メロはそれを認めて努力してるよ。相変わらず感情的ではあるけどさ」
「……さっきから、何が言いたいんだ」
「うん、だからさ。アンタがどう思って、どう行動しようとアンタの勝手だけどさ、メロは友達だし、Lだって尊敬してんだ、俺は。だから、傷ついて欲しくない。メロの友達的には、メロの思いが成就すればいいと思うし、最終的にそれでLが幸せなってくれればいうことないんだけど、アンタはLを諦めてくれるのかな、と思って。諦めてくれるなら、これ以上引っ掻きまわさないで欲しいんだ」
「…諦めるも何も、竜崎自身が僕を遠ざけようとしてる。僕がどうしようと心配することないんじゃないか…」
口許を吊り上げながら年上の威厳を保つためになんとか笑う。仰向けになったままマットの目が眇められて、月を見遣るその瞳に力が入る。
「そう?それでも俺たちは一向に構わない。でもさ。…メロじゃないけど…、アンタいい加減にした方が いいと思うよ。その内全部失くしちゃうぜ?」
バチリ、と視線があった。火花を散らしそうなくらいに睨みあって、マットが更に続けた。
「Lがアンタをここに遣ったのは、アンタの父親がこっちにいるかもしれないからだろ。俺はL程頭がよくないから、Lの考えてること全部なんて分からないけどさ、Lはアンタの身勝手な性格も織り込み済みだったんじゃないの。だからメロは怒ったんだ。…可哀想だよ、Lが」
マットにしては強かった語気が最後は萎んで、最後には「はぁ」と溜息を吐いた。それから「あーあ、言っちゃったよ」といいながら背を向ける。
月は微動だにもできず、その場でただ息を止めた。


(どうしていつも見失うんだ。)
月はすぐにその場から離れてそれから建物の外に出た。
恐らくマットは寝ないだろうから、火の心配はしなくてもいい。
外気は凍えるほど寒い。
寒いけれど、月はそのまま空を見上げた。雪が落ちる空は月の明かりさえもなく、ただ黒い。
手元の灯りも消すと、シンと冷たい暗い闇に包まれた。まるであのトンネルのようだ、と思いながら目を閉じる。
月一人を帰らせようとした竜崎は、自らを「こんな人間です」と言い切った。その時は竜崎の本心が分かったはずだった。だからこそ「そんな事いわなくていい」と言えたのに、どうして今回はそれが出来なかったのか。ありったけの言葉で親愛を告げられなければ分からないのか。それとも自尊心を傷つけられて隠蔽したのか。
竜崎はずっと公平だった。自分が殺された事でさえ月を責めなかった。唯一竜崎が責めたのは、殺された自分のことでも、親しい誰かのことでもなく、月が記憶を失くしていた間、竜崎を信じなかったことだった…。それさえも、あんなことがなければ竜崎は月が自ら気づくのを待ったのだろう。
確かに、引っ掻きまわしている。
感情を定義づけるのが苦手だといった竜崎のありったけの好意でさえ踏みにじって、これではメロやマットに責められても仕方のないことだろう、と月は苦笑した。そして、例え竜崎がメロを選んだとしても…。

目を開けて、目の前は相変わらず真っ暗だったけど、進むべき光が見えたような気がした。



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