■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 15

夜が更ける。
そしてまた、朝陽が昇る。
人は未来永劫それを知る。
誰かが生きている限り。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#15


竜崎は知っているのか、と総一郎が言ったので、月は「うん」と頷いた。
月が告白すると長い間総一郎は呆然と座り込んでいた。
長い長い時間だった。
その間、月は何もいうことをしなかった。何も言うことが出来なかった。それはしてはいけなかった。
項垂れた父の姿を見るにつけ、心がザリザリと削られる。無音の罰に息もなく喘ぎながら、月は総一郎の言葉をただ待つ。
数時間後、総一郎がゆっくりと顔を上げた。
その瞳に理性と狂気の色がちらつくのが見てとれて、月は思わずビクリと竦みそうになった。
「これも…お前が?」
「いや、これは違う。…驚くかもしれないけど…僕らは10年前行方不明になった日からタイムリープしてきたんだ。父さんはタイムスリップっていった方が分かりやすいかな…時空移動?死神がいるくらいらだか、そういう事もあるのかって竜崎とは言ってた」
総一郎が死んだの魚のような濁った目で月の罪を推し量るように問うのに、信じてもらえないかもしれないが正直に答えた。そして、答えながら胸を詰まらせ奥歯を噛みしめる。
(父さんにこんな顔をさせたのは、紛れもなく僕の罪だ)
「………」
「父さん…」
「………」
「…父さん、僕を殺したい?」
「………」
歯を食いしばったまま、総一郎が月の顔から目を離さずに、見つめている。月は人が狂う瞬間を初めてみた。人はこういう瞬間に狂気に走るのか、と静かにみつめた。
鼓動が強く燃え盛る。潮騒のように血が騒ぐ。静かな思考の中に暗い炎と、氷のような冷たさが入り混じる。
父をどん底に叩き落してしまって悲しい。でも、喜んでしまってもいた。
(ああ、竜崎の言っていたことは正しかった…!)
恐らく月が望んでいたのは、こういう事だった。
曝け出したかった。そうして嘲笑いたかった。
でなければ、ニアと顔を合わせた時だって「僕の勝ちだ」などと言って見せたりしなかった。
『煮え湯をのまされた、その報復に。
真相まで辿り着いた、その敬意を表して。』
どちらも真実だが、もし総一郎にさえ告げることが出来ていれば、わざわざリスクを背負ってまであの時ニアにああ言って見せたりしただろうか。
確かに、月は勝ちたがっていたが、本当は竜崎でも無く、ニアでも無く、うかうかと信じ込み、月の内面を見ようとしなかった総一郎にこそ…。
(可哀想な父さんにバレないようにするのがせめてもの親孝行だと思った!けど、僕は…僕の心は!父さんを非難したかったんだ!この胸の痛みを晒してやりたかったんだ!!)
だが、内面を見ようとしなかったのは、月も同じだ。立派な父親だろうと一人の人間だ。持て余しもするし、迷いもする。間違いだって当然犯す。
その最たるものが、竜崎を信用しなかった、その事だ。今の総一郎には記憶がないかもしれないが、迷いながらも竜崎の言葉を検証しようとしなかった、もしかしたら13日後に月に殺されるかもしれないと分かりながらもノートを手に取った総一郎の姿が月の記憶にはしっかり刻みこまれている。
でも、それを非難する権利は月にはない。総一郎をそんな風にせざるをえなくしたのは他でもない月なのだから。
「…父さん。母さんと粧裕は?」
「粧裕は、南へ向かっている…」
では、幸子はもういないのだ。
そう思うと、影を潜めていた罪悪感が不意に胸を突き上げて、月は喘ぐようにして唇から押し出した。
「…自慢の息子になれなくて、ごめんね…」
息子の懺悔に、総一郎のキラと納得して凝った(こごった)瞳が初めて激しく揺れた。
「ごめん、父さん。世界をよくしたかったっていうのは本当だ。父さんを尊敬してたのも。でも本当は、寂しくて、退屈で、怖かったからしたんだ。一人が怖くて、僕が一人にならない優しいだけの世界が欲しかった。竜崎がそれに気付かせてくれた…!でも…世界が平和になったら、父さんも僕のことを見てくれるかもしれないって、思ってことに、…今、気付いたんだ。自慢の息子になんてなりたくなかった!粧裕のようにおおらかに笑って甘えられるようになりたかった!…ごめん、ごめん、ごめんね、父さんっ」
ぱたぱたと涙が流れ落ちて、父の頬に落ちる。まるで総一郎が泣いているように、月には見えた。月に泣く資格はない。ならばこれは総一郎の涙なのだ。
キラの父親として、泣くことさえ出来ない総一郎の為の涙。
「ごめん、父さん。もっと早く言えばよかっ…」
それ以上は言葉にならなかった。喉が詰まり、瞼を伏せた。力強い腕に引き寄せられる。
あふれ出た涙が父の上着に吸い込まれた。
『すまない、月。同じ家族なのにお前の方がずっと冷静で』
ふと、いつかの父の声が頭に響いた。
お前は家族じゃないと言われてるみたいでショックだった。
父さん、と月は声にならない声を、無理やり押し出した。


父さん、僕を、殺して、いいよ。


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