■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 17

※軽度の性描写があります。


「もっと自分を大切にしてあげてください」
「もっと自分を誇りに思ってください」
「何かを為したとか、いい子だとか、そういうことで測るのではなくて」
「過去は変えられませんが、そうやって生きてもいいんだと思います」
ぽろりと。胸の澱が涙の粒になって、
零れ落ちた。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華T〜#17


言葉を失ったまま、ただ涙が零れた。
思いがけない福音に、目の前が滲んで、竜崎がどんな表情をしているのかさえ見えない。
それを止める努力をしようと、ごしごしと目元を拭っていると、ただひたすらに変わらない声が「ですからー…」と続けた。
「私はLですから、必要とあれば誰とでも寝ますよ」
「―…どうしてお前って…」
『僕を救い上げたと思ったら、また突き落とすような事を言うんだ』といいかけた言葉が喉の奥でひっかかった。
竜崎が言葉の裏を考えろ、と言ったばかりだ。
ふと、脳裏に第二のキラが現れた時のことが過ぎる。あの時月はどう考えたのだったか。
『竜崎がLであるのなら、僕はLの性格を知っている。Lはどんなに脅迫されようと…』
「…人の身代わりになる気はさらさら無い…何か逃れる手段を必ず考える…?」
「正解です」
竜崎がにっと笑って、月は涙を拭ったばかりの手の平で口許を覆った。
竜崎の言い分をちゃんと咀嚼すれば、月と体の関係を結んだのだって、100%嫌々ではなかったということだ。現に竜崎は一度「それも嫌だというのなら、監禁してでも止めさせます」と月に宣言した。本当に嫌なら最初からそうすればいい。でも、沢山あった選択肢の中から、わざわざそれを選んでくれた。メロとのことだって、『必要』であればと言った。確かに竜崎ならば必要に迫られればそうするだろう。けれども竜崎は必要を不要にするだけの行動力と能力を持っている人間なのだ。…これは大きい。
「…それって、期待してもいいってこと?」
かあっと首筋から赤くなっていくのが解る。顔をあわせられずに明後日の方向に視線を逸らしながら問うと、竜崎は相変わらずとぼけた声で「さあ」と答えた。
「ですが、私達の間にその言葉は必要ですか?」
竜崎の骨っぽい指先が月の手首にかかる。促されるように唇を覆っていた腕をゆるゆると下ろすと、今度は首筋に竜崎の腕が回った。
(先ほど死のうとしたばかりの命が急に惜しく思えるのだから現金なものだよね…)
赤面している顔なんて、本来ならば誰にも見られたくないものだけれど…。
キスをしていれば、きっと気にならないだろう。
「お前がLで、僕がキラって分かったみたいに本能で分かれって?…随分な殺し文句だな」

沈みゆく太陽の、紅の陽射しが延びて、曇った窓ガラスをも貫いた。
白い躰が赤に映えて、上下に揺らめいていた躰がやにわに仰け反る。釣られるように月も痙攣すると、月に騎乗している竜崎が月の胸に両手をついて荒い息をつく。感情のままに抱き合って、既に何回果てたかよく覚えていない。
ぼんやりとその姿を眺めていると、血に染まったような赤をも吸収する竜崎の、潤んだ黒い瞳と焦点があう。
長く伸びた赤で彩られた輪郭が、次第に闇に染まっていく。見つめあったまま辺りが黒で沈黙した。
何も見えない闇の中で、それでも相手の存在がハッキリと伝わる。
体も疲れ果てて、思考も上手く働かないはずなのに、かつてないくらいにクリアに物事が見える。太陽の光があんなに鮮明だったということも、闇がこんなに暖かかったということも、初めて知った。
竜崎は月の光で闇だ。
その強烈な光でもって、月の罪を白日の下に晒し出し、統べる闇で包み込む。
「りゅう…ざき」
手探りで、竜崎の輪郭をなぞる。
月の指先が竜崎の肌を滑ると、竜崎が甘い吐息を漏らし、
竜崎の指先が月の肌を辿ると、月は目を細めて酸素を吸い込んだ。
そうして辿った月の指先がまだ何の兆候もみられない腹の上で止まる。
「…本当、なのか?」
ひたりと竜崎の腹を手の平で温めるように添えると、その上から竜崎の手の平が重なる。
「本当です」
この薄い体の中に?
そう思うととても不思議で、まるで夢物語のようだった。
今もこうしてる間に、新しい命は細胞分裂を繰り返して人間の形を作っているのだ。
そして月が拗ねたり捻たり、怒ったり泣いたり笑ったりした感情を、いつか体験する。
「男の子かな…女の子かな…」
「さあ…どちらでしょう。まだ小さすぎてよく分かりません」
「そっか。…名前とか、決めなくちゃな」
「そうですね」
「…一緒に考えてくれるか?」
「いいですよ」
「…でも僕一人で育てるんだろ?」
「あれはただ拗ねて、ついでにお灸を据えただけです」
「…………」
真面目な顔して、人をどん底に突き落としておいて『拗ねた、お灸を据えただけ』だと?
そう言いたいのは山々だが、分が悪い。
暗闇なのも手伝って思いっきりむすっと臍を曲げていると、竜崎が口許を吊り上げた気配がした気がして更に憮然とする。
母親がコレで、父親がコレだと、どんな子供が生まれるのだろうか。
口達者で、生意気で、親子揃って負けず嫌いになるんだろうな、などと考えて、月は小さく噴出した。
「楽しそうですね」
「うん、楽しいよ」
「幸せそうですね」
「うん、幸せだよ」
自然顔が綻んだ。
「…子供の名前」
「うん?」
「こんなのは、どうでしょう?」
「え、」

「……です。」

歌うように囁かれた言葉に、月は破顔した。

「いい名前だね」


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