■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 19

「うわ〜〜〜、竜崎お久しぶりです!」
「…どうも」


【タイム・リープ】
〜凍結氷華T〜#19


バラバラと旋回音を響かせながら、昨日の建物の前に竜崎がヘリを着陸させると、粉雪が舞い、そこに集まった人々は、揃って目を眇めるようにした。
「竜崎…」
「はい。」
その小さな集団の先頭に立った総一郎が、松田を制して酷く気詰まりな表情で竜崎の名前を呼んだ。
月は顔を合わせるのも、申し訳なく思い、それでも父の苦悩を受けいれることが定めなのだと毅然と頭をあげた。
「本当に、すまない。…月を…宜しく頼む…」
総一郎の竜崎を見る真剣な目が目配せするようにちらりとだけ月に向けられた。こんな状態で、しかも息子がキラだと告げられて、総一郎はこの一晩で更に老け込んだ。それは10年という歳月を遥かに越えて見える。ヘリの外にいる総一郎が、やけに小さかった。
「夜神さんに物を頼まれる借りを作った覚えはありません」
竜崎の言葉に、明らかに総一郎の顔が引き攣る。
「ですから、交換条件と行きませんか。月くんが父親になるのを支えてあげてください。これからも」
にっと竜崎に笑われて、総一郎の表情がごっそりと抜け落ちた。それから僅かに笑みを刻む。総一郎の後ろで松田が「え!?どういう事ですか?!」と素っ頓狂な声をあげたがそれは黙殺された。
「…そうだな、分かった、竜崎。…ほら、もう乗りなさい。松田も…粧裕と…月を頼んだぞ」
「ええ?はい!バッチリです!」
「あまりバッチリには見えませんが…」
「も〜、竜崎ってば、僕のこの10年で随分成長したんですよ?」
「そうですか?」
「そうですよ〜!以前は捜査本部のお荷物っぽかった僕ですけど、今は新生松田EXなんですから!」
明るく胸を張って言い切る松田に竜崎が「なんですか、それ」と呆れた表情を見せる。それに松田は頓着せずにアハハと笑いながら「EXですよ〜」と説明にもならない言葉のあとに何を閃いたのか「あっ」と尚も声をあげた。
「竜崎は恐ろしいほど何も変わってませんけど、表情が柔らかくなりましたね!」
「……そうですか?そうですね。月くんの、お陰です」
世紀の大発見ともいいそうな勢いではしゃぐ松田の言葉に、竜崎がぱちぱちと瞬きをすると、指を唇に押し当てて考えて、微笑んだ。それを、月と総一郎が凝視する。
「月くんは私を振り回す天才のようで…、色々勉強させて貰いましたよ」
「ええー?振り回してるのは竜崎の方じゃないんですか?」
「どっちもどっちかもしれません。それよりさっさと乗ってください」
「あ、すみません!!」
促されて、松田がえいや、と後部座席に乗り込んだ。
「竜崎…!君は本当に月で…!」
「松田さん、後部のドア、閉めてください」
「あ、はい」
総一郎が顔を上げて不安そうに声を上げる。竜崎はそれを無視する形で松田に指示すると、それを痛ましく見つめている月の首筋を片腕でガチリとホールドした。
突如唇が重なった。外部から「あ!」と声があがる。次の瞬間には何事もなかったように暖かいそれが離れて行く。
「こういう事ですから。そんなに心配しないで下さい」
「りゅ、竜崎!」
かあっと頬が赤くなる。唇の手の甲で覆ってヘリの外を覗くとメロは顔を背けて難しい顔をして、マットはひゅう♪と口笛を吹いた。模木は顔を赤くして、総一郎は口を開けていた。
ドアを閉め終わった松田は月の肩に手を廻している竜崎を見て、「仲いいですね〜」とほんの少し見当違いな見解を述べて、笑った。
「では、行きます」
竜崎がエンジンをかける。ヘリが宙に浮いて、ぐるりと低空で旋回する。
一度視界から消えた総一郎の姿が再び目に入る。月は扉を開けて身を乗り出しながら「父さん!」と叫んだ。
「頑張るから!絶対に、これから頑張るから!!だから、粧裕の為にも、僕の為にも生きて帰って、絶対に!僕の最初で最後の我侭だ!」
ホバリングの音に掻き消されないように、大きく声を張り上げる。
総一郎が小さく頷いた。同時に機体がぐんと上昇する。

約束だよ、父さん。

声が氷と雪で覆われた大地に響き渡った。


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暗い、暗い、暗闇の、トンネル。
走っても、走っても、先など見えなくて、
けれども、ただ走るしかない。

これは夢だろうか。
それとも、現実だろうか。
とても辛い、とても悲しい、とても悔しい。
ただ、それだけを思って――、なお走る。

光が見えて、それに向かい、抜け出した先は氷の大地。
貴方はいない。
記憶の混濁、
受け入れられない現実。

ここが死の世界なの?

声が聞こえる。
暖かい腕が霞む思考を揺り動かす。
Who are you?
記憶の混濁、
受け入れられない現実。
ああ、いけない。最近ずっとアメリカにいたものだから。
レイの傍にいすぎたものだから。
つい英語で物を考える癖がついてしまったみたいだわ。
記憶の混濁、
受け入れられない現実。

ああ、私は誰だったかしら。


〜凍結氷華Uに続く〜


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