■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■ 03

「だ、大丈夫です!僕は二人の仲を応援しますよ!!本当に愛し合っていれば、男同士だろうと関係ありません!」
「…松田さん。私、男じゃないんですが」
「え?どういうことですか?」


【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#3


最近、始終松田の声しか聞いていない気がする。絶叫と質問の連続だ。
今も松田が眠い目を擦りながらチラッ、チラッとこちらを窺っているのが分かる。
月がカミングアウトしてから3日の間は、どうして竜崎を好きになったのか、とか、告白はしたのか、などという話題で持ちきりだったのだが、ようやくそれも落ち着いてきたと安堵した今日、今度は竜崎の爆弾発言で興味深々にそわそわしている。どうやらそれが気になって眠れなかったらしい。時折あふあ、と松田が欠伸をした。
「ら…ライトくん?起きてる??」
最初は無視を決めて寝たふりをしている月にチラッ、チラッと視線が刺さるだけだったが、遂に松田が声をかけてきた。
「………。」
「寝ちゃった?」
「……起きてますよ、松田さん…」
少々うんざりしているが、どうせ竜崎の体温がなければ元より眠れない。だったらこうして松田の軽口にのってやっているほうが気も紛れる。
ゆっくりと起き上がると、松田があからさまに嬉しそうな顔をした。日頃は「ちゃんとねなきゃ」などという癖に現金な男だ。そう思いながらも変わることのない愛嬌につい赦してしまうのだが。
(松田さんは天然だからな…)
仕方ない、と言い聞かせ「質問はいいですけど…竜崎を起こさないようにしてくださいよ…」と念を押す。松田は目を輝かせて犬が尻尾を振る勢いでぶんぶんと頭を縦に振った。
「ね、ね、月くんはいつ気がついたの?手錠つけてる時から?あ、でも好きだって自覚したのはつい最近って言ってたっけ?」
「…ええまあ。知ったのもつい最近ですよ」
「じゃあ、月くんは竜崎だから好きになったんだねー。なんか凄い!御伽噺みたいだ。美女と野獣とか!」
(この場合、美女と野獣の配役は松田さんの中でどっちに当てはまってるのかな…)
眠れない鈍った頭で、フフフと笑う。どっちに当て嵌めてみても妙だ。
「…そうですね。僕は竜崎が竜崎であれば男でも女でも関係ないんですけど…」
「純愛かー。いいなあ」
(純愛とかいうな…恥ずかしい。)
むしろ純愛に失礼な気がして、居た堪れない。
竜崎を敵だという思いを変えられなかった。
竜崎を殺した。
こっちに来てからも竜崎を傷つけて、
引っ掻きまわして、
無理やり手に入れた。
そして今も、月という重荷を背負わせている。
(君のその骨ばった双肩に、僕はどれだけ重荷をかければ気が済むんだろう…)
世界と人々の命と、不安定な月自身をも受け入れて。
月が暴走すれば全身全霊で阻止してくれるし、不安定に揺れれば、どこかに流されてしまわないように碇になってくれる。寒さに震えていれば、抱きしめてくれる。時には突き放しもするけれど…。
それでもまだ、ゆらゆらと心が彷徨う。強くなりたいのに、強くあれない。焦燥ばかりでなお焦る。夜神月とはこんなに弱い人間だったのか。
「…ね?月くん」
「え?すみません、何て?」
そんな月の心情などお構いなしに松田があーだこーだと話しかけていたが、上の空で聞き流してしまっていたようだ。名前を呼ばれて顔をあげる。
「竜崎を護ってあげなきゃね?って」
「………。」
喉に言葉が詰まった。
「竜崎全然か弱くないけど、月くんが護ってあげなきゃねっ」
そうだ、と思った。
強がりな竜崎の、世界のLでありつつけなければならない竜崎の、泣けないといった竜崎の…、重荷になんてなってる場合じゃなかった。
強い人間がずっと強くあれるわけじゃないのは、身に染みて分かっている。
自分の中に潜むキラの恐怖に打ち勝つ。
本当に向き合わなければいけないのはそれだった。
『竜崎を護る』その言葉に目が覚めるような思いがした。
負けそうになった時は竜崎を思えばいい。
挫けそうになった時は、新しい命を思えばいい。
重荷になんて、なっている場合じゃないとは思ってはいたけど、だからと言ってずっと、どうすればいいかなんて分からなかった。…けど。
竜崎を理由にするわけじゃないけれど、この想いだけは、…信じられる。
「もう、寝たほうがいいんじゃない、月くん」
にっかりと松田が笑った。それで、月はしてやられたことに気がついた。
松田が月を付き合わせた、理由の半分は興味本位だったのかもしれないけれど、
もう半分は月に立ち直る切欠を与えようと思ったのだろう。
分からないなりに、松田なりに。
「…有難うございます、松田さん」
「いえいえ、僕はお兄ちゃんだからね!こんなの当然だよ!」
松田が得意満面な笑みでエヘンと胸を張っているので、月は微笑んだ。きっと、月が塞ぎこんでいるのを知って、総一郎が頼むといったことをずっと考えていたのだろう。そう思うと、なんだか心がくすぐったい。まわりまわって、月は総一郎にも見守られているように感じた。
けれど天邪鬼な月は悪戯っぽく笑うと一泡吹かせてやろうとこう付け加えた。
「今日はぐっすり眠れそうです。竜崎の為にも、お腹の子供の為にも、僕がしっかりしなきゃいけませんよね」
「そうそう!その意気込みぃいいいいいい?!?!!!」
再びあがった悲鳴に、やっぱり「いい加減にしてください!」と竜崎がキレた。
月がそれに笑うと、案の定の狸寝入りで全部の会話を聞いていた竜崎に『お前が悪い』と…
月自身も、怒られた。


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