■【タイム・リープ〜凍結氷華U〜】■ 08

※性描写が入ります。


自らの腕に掻き抱く。
かけがえのないひと。

【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#8


「竜崎…いたのか…」
「今来たばかりです。…粧裕さんは皆さんと一緒に眠られましたよ」
「…粧裕に会ったのか…?」
「ええ。泣きながら会いに来られました。『どうしたらいいのか分からない』と」
「…そうか」
無意識のうちにまた溜息が零れる。
粧裕は一人で泣いているのだと思った。けれども竜崎に会いに行ったのか。
(まあ…そっちの方がいい…。)
一人で泣くのは辛すぎる。隣に誰かがいてくれれば、それが竜崎ならば粧裕は一層安心するだろう。世界の切り札として長くに渡って君臨していたからか、竜崎にはどことなく人を安落ち着かせる雰囲気を持っている。揺らぐことのないこの人に身を委ねれば安心だ、というような…。
「粧裕…何て言ってた?」
「洗いざらいそのままです」
「…竜崎はなんて答えた?」
「よく考えればいいと。粧裕さんがしたいようにすればいいとお答えしました。時間はそう差し上げられませんが、と」
「何、僕の味方になってくれないの?」
「私は誰の味方でもありませんから」
苦笑しながら言うと飄々と竜崎がそう答える。
(ああそうだ、こういうやつだった)
恋人同士のような関係になっても、竜崎は実に淡々としている。それに慣れて過剰に望まないようにしていると、時に酷く甘やかすので調子が狂うのだが、うっかり望みすぎてしまうとあっさりそれは反故されるので、月は心の平均を保つのが大変だ。
(本当…気まぐれな猫のようなヤツだよ…)
身のこなしもそう思うと猫に似ている。スラリとした痩躯の猫。
「おいで」
猫背とはよく言ったものだ、と思いながら突っ立っている竜崎に手招きする。
竜崎の黒い双眸がひたと月に向けられる。それから忍び寄るように月の目の前に立ちはだかった。
座ったまま両手を伸ばすと自ら大人しく腕の中に収まる。その体を抱いて人心地ついた。
「竜崎」
声が自然と甘くなる。
「竜崎」
月の腕の中で小さくなった竜崎が躰の力を抜いてことりと寄りかかった。
「竜崎」
それで胸の中が途方もなく熱くなって、思いのままに「竜崎」と呼ばわる。
愛しい。
恋しい。
『僕はこの人が好きです。』
ペロリと竜崎の舌が月の首筋を舐めて、くすぐったくて月は笑う。
こんな気持ちが自分の中に芽生えるとは思わなかった。
一生ひとりぼっちで生きていくのだと思っていた。
親とは違う、妹とも違う。ずっと傍に立ってくれるヒト。
『僕はこの人が好きです。』
こんな気持ちになるとは、思わなかった。
父や母や、妹に向ける愛情とは違う。
これほど失いたくない、と思ったこともなかった。
愛しい。
恋しい。
(やっぱり粧裕にもそういう人を見つけて欲しい…)
月のエゴでも、それでもいい。
自然と唇が重なって、呼吸の感覚が狭まっていく。
じゃれるように竜崎の足の指先が粗相をした。
熱くなってきたそこへの刺激に月は小さく声を漏らして竜崎を睨みつけるも、竜崎は「器用でしょ?」といわんばかりの満足げな挑戦的な笑みを浮かべて手を進めた。
はぁ、と息を漏らしながら竜崎の行動を見守る。
危なっかしい手つきで、しかし神業の速さでズボンの前がくつろげられる。
(そういえばこいつが手癖も一流だったよな…)
大学に竜崎が姿を現した時、竜崎がミサの携帯をスッた事があった。あれがなければ記憶を飛ばすシナリオにはならず、月は竜崎の何ひとつ知ることもなく竜崎を失っただろう。一番失いたくないものがあったことにさえ気付かなかったはずだ。
「…ぅ、あ」
陰茎をベロリと舐められ咥えられて、喉から声が押し出た。
竜崎の細長い指先が陰嚢を捉える。
「…っ…」
巧みな愛撫を受けながら、竜崎の存外さわり心地の良い毛先に指先を絡めた。
くるくると巻き上げて離すも、つるんと元に戻って月は微笑む。髪質まで頑固だ。
「…ふっ…あぁ、そこ…」
じゅぷじゅぷと音を上げながら咥淫が施されて、括れに巻きついた舌に思わず声を上げる。
『ここですか?』
というように竜崎の視線が絡まる。それにゾクリと熱をあげながら気まぐれに愛撫の仕方をかえる竜崎に翻弄される。
「ぅ、あっ、りゅうざっ…〜〜〜っ!!」
ドクドクっと波打って、白濁が竜崎の口に放たれた。
「…は、…はぁ…。ごめ…」
涙目になって竜崎を見遣ると、しかめっ面で鼻に皺を寄せている。なんとも分かりやすいことだ。
「…苦ひです…」
え、と舌を出されて苦笑する。吐き出させるためにティッシュか何かを探そうとして、「あ」と月は口を開いた。
「Σ飲んだの?!」
「…?いけませんでしたか?」
「い、いけなくないけど…っ///」
赤い舌にうっすらと白濁が付着しているが、既に大半は飲み下した後だと知って動揺する。思わず赤くなって「苦かっただろ…」などと呟くと「ですからそう申しあげたじゃないですか」と訝しそうに言われた。
(…ああどうしよう…!)
女性との行為はそれなりにあった。月を好きだという女性はことごとくその愛の丈を示すように月の精を飲み干したが、月自身はただ物好きだなという考えしか思い浮かばなかった。あのプライドの高い高田がそうした時にさえちっとも心は動かなかった。それが、今はどうだ。初めてSEXを知った少年のように心臓が高鳴って仕方ない。
「赤くなって、可愛いです。最初からこれくらい可愛げがあればよかったのですが」
などとうそぶく竜崎をキッと睨む。その顔には年上の余裕なのか、涼しげな表情で愉しそうに月を観察している。この間まで処女だったくせにと、負けず嫌いの虫がむくむくと這い上がって来て月は「言ってろ」と竜崎を押し倒した。心臓は相変わらず、快楽とは別の理由でドキドキと高鳴っている。
咥内を掃除してやろうという風に唇を合わせる。そのまま何かからかってやらないと気がすまないと理由を探しに下肢に手を伸ばした。手早く下衣を脱がすと、下着が糸を引き、初めてその躰に触れた時もそこは十分すぎるほどに潤いを溢れさせていたと思い返してほくそ笑む。計算どおりだ。
「何?僕のをしてるだけでこんなに濡れちゃったの?」
胸の高鳴りは押し隠して、傲然とした笑みを浮かべて囁くと、「生理現象です。当たり前じゃないですか」と離れたばかりの唇に指を宛がいながら、半分呆れたような顔で竜崎が呟いた。
「触られてもいないのに、生理現象だって?」
「何かおかしいことがありますか?愛しい人が善がる姿を見て躰が潤むのは生理現象でしょう?」
「……っ!!!ああもうっ!」
(好きかどうかなんて分からないって言った癖に!!)
「月くん」
今日はじめて、竜崎がニコリと笑んだ。
(とんだ性悪だ…!)
人の心を散々弄んで。
だが、それは月を高みに連れて行ってくれる。
何も命の駆け引きだけが最高のエクスタシーというワケでもない。
心と心の駆け引きだってひけを取らない。むしろ、どこまで行っても、どれだけ進んでも、手を変え品を変え月を翻弄するに違いない。
竜崎の笑顔に引き摺られる格好で月も微笑んだ。
竜崎は月を無垢な卵に戻してしまった。さしずめ今は生まれたてのヒヨコだ。だから、月は恥ずかしげもなく愛を謳うことが出来る。
「愛してるよ!竜崎」
大袈裟に音を立てて口付けて、その躰の丹念に探る。首筋も鎖骨も、胸も腹も足の爪先さえ。
全裸にさせて、至るところをまさぐった。竜崎の躰で愛しくないところなんてどこもなかった。
「…ぁあっ、もう、そんなに吸い上げないで下さい…っ!」
「大丈夫、予行練習だから」
「何にも大丈夫なところがありませんっ!!っぁ、あぁっ…ぁあっ」
とかく小さく盛り上がった胸への愛撫に夢中になって、堅く尖って赤く腫れた先を甘く齧る。竜崎の体内に埋め込んだ指がぎゅうっと締め付けられた。
「もうっ、もういですから、はやく…っ、はやく、もうっ」
はっはっ、とせわしない吐息を吐き出す唇が緩く震える。濡れた瞳が妖しく光って、月は恍惚とした表情を浮かべて肌を合わせた。
「んっ…んはっ…ぁああ!」
ガチガチに堅くなった楔が竜崎の中に飲み込まれる。
「あっ…ぁあっ、入り、易くなったね、竜崎」
こめかみから汗が伝う。包まれた陰茎を竜崎が下のお口でも上手に食んで、月の呼吸は嫌でも逆上せ上がった。
その呼吸を無理やり飲みくだして、竜崎の胸に吸い付く。ビクリと中が震えた。
「ぁっ、ぁっ、も、もう、いいでしょう?はやく、動いてくださっ」
発汗してしっとりした脚がぎゅうっと月の腰を締め付ける。
「何言ってんの、そんなにしがみついたら動けない…よ?」
笑いを含んだ声で指摘すると、竜崎が一呼吸置いてから月を挟み込んだ脚をゆるり開く。けれど脚から開放された月は意地悪を決行した。ちょっとした意趣返しだ。
「んっ、んんっ、…、…何で動いてくれないんですか!!」
悲鳴のような哀願の声に、月はくすくす声を漏らす。
「だってさ、…はっ、…中に赤ちゃんがいるのに?…んっ、…びっくりしちゃいそうじゃない?」
「…っ!」
まだ何の兆しもないぺったんこの汗ばんだお腹をゆっくりと撫でる。竜崎の眉間がきゅっと寄せられた。視線が狼狽えたように揺れてゆっくりと月に戻って来る。
ぱくり、と口が動いた。
「…なに?」
濡れて額にへばりついた髪の毛を指先で撫でるようにしてよけた。
「りゅうざき?」
ぱくり、ぱくり、と口が開く。
「どうしたの?」
優しい優しい声になった。まるで赤子をあやすような声になった。
懸命に何かを伝えようとしているようなので待っていると、竜崎が困ったような顔をして瞼を閉じると唇も引き結んでしまった。それに困って竜崎を見下ろしていると、ぎゅっと全身で竜崎が月に抱きついて来た。情熱的な抱擁に無言のメッセージを受け取った気がして心拍数が上がる。
ドキドキドキ、と胸がときめいて月も竜崎を抱き返す。しばらくそうしていて、そろそろ動きたいな、と思ったところで、月を一寸たりとも動けないようにホールドしていた竜崎が意図的にナカを締め上げた。
「ぅん…っ」
予想だにしなかった締め上げに思わず色の乗った声が漏れる。竜崎のナカがうねうねとうねる。何度も何度も月のカタチさえも覚えようというように蠕動する。更に小さく腰を押し付けられたかと思ったら、竜崎が震えた。
甘く疼いた声が竜崎の唇から絶え間なく漏れだして、月は目を瞠った。ジワジワと月の性感も押し上げられて、痛いぐらいに張り詰めている。
ふと、竜崎の腕の力だけが緩んで、覆いかぶさったまま遊んでいた手の平を捕まえられた。胸に導かれて、反射で揉みしだく。竜崎の背中が緩く仰け反った。今度は「月くん」と掠れた声で呼ばれたかと思うと紅色の舌が挑発するように唇を舐めた。
もうこうなったら、何を考えるでもない。花がその生命を全うするために綻び誘うように、昆虫がその蜜に逆らえないように、その唇に食いついた。
竜崎の腕に月は再び捕らえられて、動けない格好のままを狂おしく竜崎の舌に絡ませあう。竜崎の指先が月の髪を掻き揚げた。
ジンジンと脳内が痺れて切ないばかりの疼痛が月を苛む。動かすことの出来ない感覚に焦れて、腰を奥に擦りつけるようにだけした。
「ふぅ…っ」
くぐもった声が竜崎の鼻から抜ける。その甘い色にズウンと更に血が集まるのを感じた。動かしたい。動きたい。
「ん…んん!」
意図を訴えようとしても竜崎はその手を緩めてくれない。さっきの仕返しか?と危ぶんだところで、ふと真相が脳内を駆け抜けて絶句した。
「ぅ…ん、ん、んっ」
小さなリズムを竜崎が刻む。子宮口が亀頭を圧迫する。
(まさか、こいつ…!僕の言葉を鵜呑みにしたのか?!)
赤ちゃんが驚くかもしれない。その言葉で竜崎は抱き合う方針を変えたようだった。
月にはただの言葉遊びでも、新しい命を抱えている身にはとても現実的なことだったのかもしれない。
はっ、と一旦唇が離れた。月の心の内を見透かしたように竜崎の瞼が持ち上がり、不思議な色をした眼が月を捕らえた。
唇がゆるやかな曲線を描き、再びまた重なった。
「…!」
摩擦の力を借りずに達しようとする、竜崎の感情に呑まれる。
月をここまで煽り上げたやつだから、激した部分がまったくないなどとは思わなかった。けれど、月の赤黒く燃えさかるような炎とは違って、竜崎の炎は青くしんとしたものだと思っていた。高濃度に混じりけのない、ただ静かなだけの炎だと。
全ての感情は竜崎の中で均等に飲み込まれて、消化されているのだと思っていた。…だから感情を発露させることがなく、泣くことも出来ないのだと…そう…。
けれど、静かなだけじゃなかった。静かだが、狂気じみた熱があった。炎は炎なのだ。いくら飼育された虎が穏やかに見えたからといって、その本性は肉食獣だと刻みこまれているように、炎は炎でしかなかったのだ。容易に近づけば焼かれる。月は竜崎の本当の性質をうっかり見過ごし、見誤ってしまった。
じわじわと這い上がる恐ろしい拷問のような悦楽に本能が危険を感じて月は竜崎を押しのけようとする。…が、竜崎はそれを許さない。蜘蛛に捕らえられたかのように逃げ場がない。
月は常々、竜崎をこちら側に引き摺りこんだのだと思っていた。先に思いを伝えていたのが原因かもしれない。
月が告白して、好きだと伝えたからこそ、竜崎もそれに応じたのだろうと。
だが、思い返せば、命をも張った正義の御旗を奪う戦いに、私情を挟んだのはどちらが先だったろうか、と考えれば竜崎が先に違いないと今気付いた。
よくよく考えてみれば、竜崎は月の中の正義を信じ、願い、まだ戻れたかもしれない『月』がキラに戻るまでじっと見つめていたのだ。それは絶対なる私情じゃないのか。
ただ竜崎は『知らない』『分からない』と言っていただけだ。
月は、『竜崎が真実を捕らえることに固執しないで、月であることだけを選んでいたら』二人の未来は殺しあうこと以外の道もあったとなどと考えていた。そして竜崎がそれに至らなかったのだ、とも。けれども竜崎は月が記憶を失った可能性を知っていて、その上で月を試し、自白してくれることを願い、もし記憶が戻ったとしても、月がキラであることを棄てられる可能性に賭けたのだ。それを信じた竜崎の心情は月の質問した『僕のことが好きか』と同義ではないのか。『分からない』は『そうではない』とイコールではない。
竜崎はその感情の根っこの由来を知らなかっただけだ。分からなかっただけ。
ならば。
だとするならば。
竜崎はずっとこの水面下に静かに燃える炎をずっと抱えていたのではないだろうか。
命の取り合いとしながら、熾烈な心の奪い合いはずっとずっと二人の知らない間で展開されていたのだ。
月が竜崎を捕らえたという理屈も、おそらく間違いじゃない。
けれど、膨大な『L』という皮下組織に、知らない間に侵食されていたのだ月も。いつからかは知らない。出会った時からなのかもしれない。お互いが出会った時から惹かれあっていて、喰らいあっていた。違いはどちらが先にその感情の正体の由来に気付いたか、だけだ。そしてそれは油断となり、気がつけば月自身が引き摺りこまれそうになっている。
本能がこれは恐ろしいものだ、と警告した。
喰われれば、月は二度と月一人には戻れない。
咄嗟に竜崎の胸を強く握った。痛みのあまり、竜崎の躰が強張ったようだったが、それでも離してもらえず、月は混乱して頭を振った。
底無し沼のような愛情から逃げだせる場所などない。
そして、今逃げ出したりなどしたら、もう一生手に入れることは出来ないだろう。
そう脳裏に閃くと、それは囚われるよりも恐ろしいことのように思えてぞくっと震える。
オスのカマキリは卵を抱えたメスにその身を捧げるという。
月もまた竜崎に全てを。愛も恋も。悲しみや憎しみ、恐怖さえも捧げるしかない。
屈服するしかなかった。
だが、それで本懐というところだろう。
君に食われるなら本望だ。
その余りもの深さに怯んでしまったが、他ならぬ竜崎にそこまで思われて、嬉しくない筈がない。
『この人が好きです』
『僕は君が』
『愛しています。愛すしかないんです』
一生をかけて。

誓いをベーゼにのせて、お互いをきつく抱きしめた。

びくっびくっとお互いが痙攣をし始める。
意味を持たない悲鳴をあげて、絶頂を越えた。


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