■【Lovers】■ 19

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 独

「ドイツドイツー!」
己の名を呼ぶ声が遠くに聞こえた。
覚醒と共にゆるく瞼を持ち上げると、仰向けの視界に大きくイタリアの顔が映しだされて、瞬きをする。
「…イタリア…?」
その名を呟いた所でイタリアが体を揺する手を止めてくれたので、ドイツは小さく息を零すとゆっくりと身を起こして裸のイタリアを一瞥した。
「どうかしたのか?」
イタリアがドイツのベッドに勝手に潜り込んでくるのはよくある話である。だからイタリアが裸で隣にいること自体には悲しいかな耐性がついてしまって今更不思議に思う事はない。しかし、イタリアがドイツよりも早く目を覚ますことは酷く稀であったから、いつものように怒鳴りつけるよりも先にそう問うと、イタリアは再びドイツを揺らしながら声を上げた。
「イギリスがいなくなっちゃったー!」
「は?…、………」
『何でどうして?!』と騒ぐイタリアに何の事だと思考を彷徨わせたドイツは、しかしすぐに現状を把握してドイツの体を揺らし続けるイタリアを制止させてから辺りを見回した。
(…なるほど、確かに部屋にはいないようだな)
昨夜にくっつけたベッドの片割れ。
もぬけの殻のベッドを眺めて、ドイツは昨日に思いを馳せた。
起きてみれば夢としか思えない摩訶不思議な出来事。
それが紛うこと無き現実である事を確認して、何とも云えぬ気持ちになる。
会議にやってくる筈の無い兄の登場、
呪いだなんだのと言って手を繋いでいたと思ったら、イギリスがいきなり女性化し、
その挙句に恋人だの何だのの騒ぎに発展、
結局は付き合えないと兄を拒否したイギリスの気持ちと過去をこの耳で聞いた。
何とも濃く不可思議な一日であった。
その元凶がいないという。
ドイツはしばしの逡巡を経てから緩やかに口を開いた。
昨日イギリスが纏っていた毛布も一緒に消え失せている。
…ならば、一時的にどこかに行った訳ではないだろう。
内鍵もかけていたので、外部からの侵入者に連れだされたという線は考えられないし、フランスやスペイン、もしくは兄が廊下から声をかけたのであれば、自分達も目を覚ますはずだ。
よって、考えられる答えは単純に…、
「…目が覚めて部屋に戻っただけだろう」
「何でー!?」
起きたらおはようのチューして貰う予定だったのに!と相変わらずな事をほざくイタリアの頭にコツンと軽く拳をあてると、ドイツは肺の奥底から息を吐き出した。眉間に皺を刻んで軽くイタリアを睨みつける。
「貴様が真っ裸だからではないのか。いったい何時の間に脱いだんだ」
「ヴェー…?」
『分からない』とでも言うように、イタリアが首を傾げた。
その様子にドイツは肩を落とすと、怒鳴りつけたくなるのを堪えて「早く服を着ろ」と低く促した。時計を見ればまだ朝も早い。客がいるのを考えれば大声は控えるべきだった。
ドイツはパジャマを身につけているイタリアを横目で眺めつつ、隣接した空っぽのベッドに視線を移す。
(イギリスはこいつの裸を見たのだろうな。それに驚いて部屋に戻ったとしか考えられん…)
ただ普通に起きて普通に部屋に戻った線も考えられないではないが、昨日のイギリスの様子を見るとその確率は低いようにドイツには思えた。
(上手くは言えないが…)
全員が眠りについたのを確認して起きあがった時の記憶が脳裏に浮かんだ。
暗闇の中、バルコニーで伝った涙の影を拭うようにイギリスの丸い頬を指先で撫でた。安心しきったように健やかに眠っているイギリスを捉えて、仕方ないな、とそう思った。
イタリアのお願いに頷いたイギリスに、性的な色合いは感じなかった。どちらかというと、子供に対する添い寝を承知したような風合いで、何の気負いも緊張も感じられず、ベッドに横になってすぐに眠りに落ちていた。
それが、思わず抱きしめたドイツの腕の中で肩の力を抜いて寄りかかったのイギリスの姿とダブッた。
もしかしたら人肌寂しく、かつての仇敵でも構わないくらいに誰かに傍にいて欲しかったのかもしれない。
そんな昨夜の出来事を思いだすに、起きたからと言って何も言わずに自室に戻るとは考え難く、ならば、イタリアの裸に驚いて自室に戻ったと考えるのが順当だろうと判じて、痛むこめかみを揉んだ。
ドイツも初めてイタリアが裸で自分のベッドに潜り込んでいたのを知った時には酷く驚いたものだった。
(やはり一緒に寝かせるべきではなかったか…)
泣かせてしまった罪悪感と、イタリアを叱りつけている間に起きて来たフランスやスペインの存在もあってつい許可してしまったが、変化してしまった性別を思えばやはり同衾など許すべきでは無かったのかもしれない。
この間までは同性だったのだからそこまで目くじらを立てる事では無いのかもしれないが、やはりけじめは必要だ。ややこしいな、とドイツは大袈裟に息を吐き出すと着替え終わったイタリアに朝食の用意をする提案を持ちかけた。すっかり目覚めてしまったので起きて朝食の準備をする事にしたのだ。
イタリアがイギリスにも声を掛けようよ、というので、それは止める。
イタリアの裸に驚いて部屋に戻り休みなおしたのならまだ眠っていてもおかしくは無い。昨夜は遅かったのだし、色々あって疲れてもいるだろう。休んでいるのなら早々に起こすのは忍びない。
(起こすのは朝食の準備が整った後でいいだろう)
そう結論づけると、ドイツはイタリアを説得して朝の身支度にかかった。お互い洗面と着替えを済ませて一緒にキッチンに向かう。仕事は面倒だとすぐに居眠りをするイタリアだが、食事の準備に関しては手も抜かず張り切って手伝ってくれるので、それだけは助かっている。
さて、何を作ろうかとイタリアを従えてキッチンに入った所でドイツは部屋に微かに残るコーヒーの香りに気がついた。
どうやら、誰かがキッチンを使ったようだ。入れ違いになったらしい。
きちんと片付けられたキッチンでイタリアに手伝って貰いながら人数分の朝食作りに勤しむ。もう少し降りてくるのが早ければ、コーヒーを淹れた誰かに手伝って貰う事が出来たのだが、と残念に思いながら手を動かした。7人分は地味に多い。
(…まあ途中で誰か降りて来るだろう)
そう思いながら鼻歌を歌うイタリアと共に朝食作りを進めていると、ドイツの予想通り足音がひとつ聞こえて来た。

「ヴェスト」
「…どうした兄さん」
キッチンに顔を出したのは兄で、ドイツはその様相に驚いて目を丸くした。
機嫌がより悪化しているようだ。渋面を作った顔色は若干青い。特に二日酔いという感じはしないから、硬質な声音を作っている原因はやはりイギリスの事なのだろう。
兄は一人で飲んで、どのような結論に達したのだろうか。
ドイツはそれを問い質す為に口を開きかけて、止めた。何と言っていいのか分からない。困って眉尻を下げた。
そんなドイツを一瞥して、兄は緩く息を吐き出すと腕を組んで柱に寄りかかりながら言った。
「…ちょっと頼みがあるんだけどよ。…アイツが起きて来たら駅に荷物取りに行ってやってくれねぇか。トランクがロッカーの中に入ってんだ」
「どうしてプロイセンがいかないの?」
ついでに俺のも頼む、と言ってポケットから鍵を取り出した兄にイタリアが真正面から突っ込んだ。
ドイツは何と説明したものかと逡巡して、しかしその間にイタリアが更に言葉を重ねた。
「プロイセンはイギリスの事諦めるの?」
直球の言葉に兄弟揃って言葉に詰まった。しかしイタリアはそれに頓着せずに「イギリスが怖いっていうから止めてあげるの?」と首を傾げた。ドキンとドイツの心臓が大きく鳴る。
「…お前、何故それを…」
知っているんだ、とイタリアを注視すると、イタリアは困った顔で「ごめんね」と呟いて、ちょっとだけ笑った。
「昨日、ドイツとイギリスが話してるの聞いちゃったんだ」
「…………」
確かにあんな所で話していれば、聞こえもおかしくは無い。締め切れば窓にも防音性が出るとはいえ、それでも壁より薄い事は確かである。
イタリアの台詞から考えて、恐らく自身が聞いたほぼ全てを聞いていたのだろうと推測して、ドイツは額に手をあて、しまったと少しだけ唸った。
イギリスは『構わない』『気にするな』と言ってくれたけれど、普通、あまり聞かれたくない類のものだ。それがイタリアに筒抜けだなんて、悪い事をした。
「…ねぇプロイセン、俺達だって時間は永遠じゃ無いんだよ」
そんな風にドイツが昨夜の事を反省していると、イタリアは既にドイツの事は眼中に無いらしく、兄に向かってひたりと静かな声でそう告げたので、ドイツははっとしてイタリアと兄を見比べた。
昨夜の件は反省するべきではあるが、今はこの二人を見守る事の方が大事だ。
「…イタリアちゃん…」
「俺達だって一期一会を生きてるんだ。人より長く生きてたって、後で取り戻せるものなんて無いよ。今諦めたらきっと後悔する」
そんなドイツの思いの中、兄がどこか弱々しくイタリアの名前を呼ぶのに、イタリアは常には無い態度で兄に向き合うと、真剣な目をして兄に忠告をした。兄の顔がどこか悲痛に歪む。
「イタリアちゃん、俺は」
「イギリスの気持ちも、分かるんだ俺。好きになるの怖いの、よく分かる」
「………」
「でも俺、好きになった事後悔してない。ずっと待ってるって言ったの嘘になっちゃって辛いけど、でも好きになったこと自体は後悔はしてないんだ。そのことには…、…でも。」
軽々しく口を挟める雰囲気ではなくて、ドイツが沈黙を守っている間にも、イタリアの朗々とした声が静謐な朝の空気に混じって消えていった。
イタリアがいつになく真面目な顔で言うので止められない。兄も辛そうな顔でイタリアを見つめている。ドイツはどうしていいか分からないまま二人を見つめるしかできずに、堅く唇を引き結んだ。
「でもね、あの時別れて何もしなかったことだけ、後悔してる。一緒になれないって思ったのは仕方ない。…でも、オーストリアさんのお家にいた時でも…、会う努力くらいはきっと出来た。好きだよって言う事くらいは…、きっと…。多分…」
イタリアの辛そうに瞳が眇められて、ドイツはかつてイタリアが一度だけ零した初恋の人の存在を思い出した。もしかして国だったのか、と意外な思いでイタリアを見つめた。
「ねぇプロイセン、本当に好きなら諦めちゃ駄目だよ。イギリスはプロイセンの事好きだって言ってたよ。身動き出来ないくらいに好きになったからって!」
「だがイタリア…。イギリスは自分の気持ちも信用でき無いと…」
昨夜イギリスが言った言葉をなぞられてドイツが咄嗟に口を挟むと、イタリアはキッとドイツに鋭い視線を投げて怒ったように声を荒げた。
「何だよ、それ!そんな事言ったら誰にだって自分の気持ちなんて分からないじゃん!本当に好きって一体何?もしも未来に嫌いになっちゃったらそれって本当は好きじゃなかったって事になっちゃうの?好きになった理由が保身だったらそれは好きじゃないって事になるの?今、好きって気持ちが一番大事なんじゃ無いの?イギリス、自分の気持ち信じられないって言ってたけど、でもプロイセンの事が好きだって言ってたじゃん!それが全てだよ!」
「い、イタリア、落ちつけ!」
いきなり白熱しだしたイタリアに面食らって思わず身を引いたドイツは、目尻に涙を溜めてこちらを睨んで来るイタリアに向かって両手を上げて抵抗の意思が無い事を示すとイタリアも自分の暴走に気付いたのか、軽く息を飲んで「…ごめん」と謝って小さく項垂れた。
「ねえプロイセン、イギリスを幸せにしてあげてよ、イギリスだって本当はそれをー…」
「イタリアちゃん」
それでも言い募るイタリアの言葉に兄が静に割って入って、イタリアは口上を途切れさせると、顔を上げて兄を見上げた。
「「………」」
なんだか名状し難い兄の顔を見て、ドイツは言葉を失った。恐らくイタリアもそうなのだろう。一度沈黙が落ちたが、イタリアは言葉を継がなかった。
「イタリアちゃん、有難うな。気持ちはすげー嬉しいぜ。俺も嬉しいし、多分アイツもイタリアちゃんにこんなに気にかけて貰って嬉しいだろうと思う。…けどな」
静寂の中、微かに兄が笑っていった。
「それはアイツに言ってやるなよ。…俺じゃアイツを幸せになんて出来ねーんだから」
「…え?」
イタリアが小さく声を上げた。ドイツはどういう意味だと視線で問う。
兄はそれに「俺じゃねーんだ」と小さく呟くと、ふっ切ったように「さっきの頼むな」と口角を上げて言って、踵を返した。その背にイタリアの声が飛ぶ。
「諦めちゃうの?!」
しかし兄の歩みは止まら無い。
「それなら俺が貰っちゃうよ!」
「は、お前…」
流石に兄もびっくりしたように立ち止まった。ドイツもびっくりした。本気かと隣を見ると、イタリアの両眼が強い意志で輝いている。熱を宿して兄の背中を見つめていた。
しかし、兄は立ち止まれど、振りかえらない。
「…それはイタリアちゃんでも無理じゃねぇかな…」
やがてぽつりとそう溢して、今度こそ兄が姿を消した。イタリアと二人きりになる。
しばし沈黙が続いて、ドイツは兄の姿が消えた途端しょんぼりと肩を落としたイタリアに声をかける事にした。くるんがしおしおと垂れ下がっていて、尻尾を元気なく垂れ下げた我が家の愛犬の姿が脳裏に過った。声のトーンを意識的に柔らかくして口を開く。
「その…さっきのは本気なのか?昨夜も…、…いやに積極的だったし」
「…分かんない…」
「…………」
兄に言いきった強さとは裏腹にイタリアは蚊の鳴くような声で呟き、小さく溜息を零して先を続けた。
「…イギリスの事は可愛いと思うよ。女の子になっちゃって、俺よりも小さくなっちゃっててさ…、意中の人が決まってないのなら頼んだら俺の童貞貰ってくれるかなーって思ったのは確か」
「………、」
思わず口を開きかけたドイツを牽制するように、イタリアが視線を上げてにこりと笑った。
「笑顔が思ったよりも綺麗で、結構優しいって事を知って、…可愛いなって…。でも、そうだね…、本気かって聞かれたら…、………」
そこで一端言葉を閉ざしたイタリアに合わせてドイツも沈黙した。イタリアとこのような真面目な話をする事は皆無と言っていい。少し緊張しながら隣を窺った。イタリアがドイツの視線に気づいて苦笑する。
「まださ、恋人になりたいー、とか、そういうのは思わないんだよ。でもさ…幸せになってくれたらなって…ドイツとの会話聞いてて思ったんだ。今まで俺、イギリスの事怖いヤツだとばかり思ってたけど、そうとは限ら無いって知って、もっとちゃんとイギリスの事知りたいなって思った。本当は臆病で不器用なイギリスのこと、もっと知りたい…。ちゃんと幸せになって欲しい…。…だからさ、泣いてたら、ぎゅってしてあげたい。…プロイセンがそれをしないっていうなら、俺がしてもいい…。そんなんじゃダメかな?」
イタリアに迷子の子のように振り仰がれて、ドイツは答えに窮すると「…どうなんだろうな」と小さく濁した。答えは即座に思いつかない。兄やイギリスの事を思うと『いい』とも『悪い』とも言えなかった。
イタリアはそんなドイツの隣で嘆息しながら「でもさ」と呟いた。
「でもさ、それってドイツも一緒なんじゃ無いの?」
「は?」
しんみりした気分でいたドイツはイタリアの意外な言葉に思わずぽかんと口を開けた。
「ドイツも俺と同じ気持ちなんじゃないの?」
「………、は?」
「だからさ、幸せになって欲しい、ぎゅってしてあげたいって思ってんじゃないのって聞いてるんだよ。イギリス可愛いな〜って思ってないの?」
ドイツの飲みこみの悪さにイタリアが唇を尖らせて噛み砕いて言う。それを正確に受け取って、ドイツはその頬にさっと赤みを走らせた。
「な、な、何故俺が!」
「俺達の部屋の前にいたとき凄く優しい顔してたからそうかなって。それにぎゅっとはもうしてあげたんでしょ?」
「な!な!な…!」
違った?と聞かれて、ドイツは咄嗟に違うと否定出来ずにどもった。
「昨日もうぎゅってしてあげたんだよね?イギリス『無機物は抱きしめてくれない』とか言ってたし」
「…ッツ!!!???」
指摘されて、ドイツは脳が爆発する思いを味わった。
頭が真っ白になってフリーズしたドイツに、イタリアが「ヴェー?ドイツー?大丈夫ー?」と覗きこんで来たので、反射で顔を背けるとそれ以上見られないように口を覆った。
(イ、イタリアは何を言って…!!!)
改めて思いだしてみると、中々に恥ずかしい台詞を言った事を認識して、顔に熱が集中するのを止められない。出来れば今すぐプールの中に頭から突っ込みたい気分になった。
普段フランスや上司や同僚などにも、鈍感だの朴念仁だの言われている。ドイツ自身も自分が気の利いた台詞や気障な台詞を言える性質でないという事は認識していた。その自分がとった行動を思いだせば、赤面するなという方が無理な話で、ドイツは唇を噛んで小さく頭を振った。
(だ、だがな…!!)
それは兄の想い人に対しての処置であって、ドイツ自身がどうこうという話ではない筈だ。
恋をする相手として意識していたとは思えない。しかし今のイタリアの台詞にまったく感銘や共感を受けなかったか、と聞かれれば否やは言えない。しかし………、
ドイツはイギリスという存在について、もっと融通が利かなくて悪どくて、ただ会議を踊らせる要因の一つだと…そうとしか思っていなかった。
だが、昨夜に弱い一面を見せられて、我が事のように悲しくなった。言わせたのは自分だという罪悪感もあるが、それとは別に幸せになって欲しいと思った。それが兄であればいいと願い、昨夜あそこで抱き締めるべきは自分では無いと思いながら、兄の代わりに抱きしめた。だが、それはあくまで兄の代わりとしてである。ドイツがイギリスとどうこうなりたいという訳ではない。
兄との緩衝材になってやれればいいと、その間イギリスの心を守ってやりたいと感じたのが紛う事無き本音である。こんな胸の内から染み出るような感覚は初めてだったが、だが、恋心とは思えない。こんな話をした後でさえ、未だ兄と幸せになって欲しい、二人が纏まれば、それが一番だと。そう思っている。
ならばこの気持ちは恋などではない筈だ。マニュアルにだってそんな事は書いていなかったように思う。
恋ではない。
しかし、それがイタリアの質問に対する答えにNeinと言えるのかといえば微妙な所だ。
(…イタリアも…恋人になりたいとは思っていなかったと言っていたではないか…)
恋などではない。
だが、兄は諦めるという。
では誰がイギリスが寂しい時に、兄を想って顔を曇らせている時に、傍にいてくれるのだろうか。
そんな疑問は、イタリアが言う『泣いている時にぎゅってしてあげたい、プロイセンがそれをしないのならば…』という思いと共通するのではないだろうか。
「………」
「へへっ当たりだ」
ふと顔を上げてイタリアに視線を合わせると、イタリアがにこりと微笑んでドイツの答えを待たず結論付けてしまった。イタリアはじゃがいもを剥きつつ、首を傾げて「でもさー」と苦笑する。
「本当はさー、プロイセンが上手くやってくれるのが一番なんじゃないかなーって思うんだよねー。なんだかんだ言ってイギリスはプロイセンから逃げたいくらい好きなんでしょ」
「……そうだな」
「でも、プロイセンが諦めるっていうなら仕方ないよねぇ。俺はプロイセンじゃないから無理強いは出来ないもん」
「………そう、だな」
「ねぇ、ドイツ。プロイセンのさ、『俺じゃない』他の誰かって誰だと思う?」
「ん?」
「ほら、プロイセンさっき『俺じゃねーんだ』って言ってたでしょ?俺にはさ、プロイセンがイギリスを許容出来ないっていう意味じゃなくて、プロイセン以外に適任者がいるっていう風に聞こえたんだよね」
「……ああ、成程」
イタリアの言葉に先程の会話を脳内で反芻させてドイツはふむ、と考え込んだ。
ドイツは昨夜に『やってらんねぇ』という言葉を聞いていたから兄はイギリスを許容出来ない、という意味合いで捉えていたが、言われてみればそのようにも受け取れた。
「…確かにそうともとれるな…」
ドイツが頷くとイタリアは「でしょ?」と笑って剥き終わったじゃがいもを置くと、ぐっと背筋を伸びばして天井を眺めた。
「『多分アイツもイタリアちゃんにこんなに気にかけて貰って嬉しいだろうと思う』『けどな、それはアイツに言ってやるなよ。…俺じゃアイツを幸せになんて出来ねーんだから』って滅茶苦茶イギリス視点じゃん。全然イギリスの事嫌いになって無いじゃん。イギリスの事で頭いっぱいじゃん。バカだよ、プロイセンってば。初恋はどうあれ今イギリスが好きなのはプロイセンじゃん。なのに何で引いちゃうかな。ハンガリーさんがいたら『アンタ何バカな事言ってんの?!フランスなんかに負けるつもり?!』ってフランパンでパコーン!ってやってくれるのにねー。別にフランス兄ちゃんの事嫌いじゃないけどさぁ…」
「…いや、今の兄貴にフランパンは…ってフランス?」
どこにフランスと断定する要素があったのかとイタリアを見ると、イタリアは「あれ?」と首を傾げながら言った。
「あ、うん。そうそう。俺はプロイセンが言ってたのってフランス兄ちゃんじゃないのかなって思うんだけど、どう思うーって話。会議場でフランス兄ちゃんが二人の仲に割って入ったし、イギリスも初恋だって言ってたし、兄ちゃんがさー、イギリスが好意に対してあんな風に言うのってフランス兄ちゃんのせいじゃないのか、邪魔してたんじゃないのかーって言ってて、俺も『あ、そっかー』って思ったからそう思ったんだけど…」
「…確かにな」
言われてみればその通りのように思えてドイツが考え込んでいると、イタリアが「はあぁ」と大仰に溜息を吐きながら続けた。
「俺さー、フランス兄ちゃんじゃ、駄目だと思うんだよね…。そりゃうんと時間をかければもしかしたら一番適任なのかもしれないけど、今までが今まででしょ?とにかくうんと時間がかかるよ。きっとお互いに素直になれなくて、ぎくしゃくしちゃうよね…。なんか…、俺にはイギリスがそれに耐えられるとは思えないんだよ。だから今まで二人とも動かなかったんでしょ?今更巧く行くとは思えないよ」
「………なんとなく分かる」
初恋だと言っていた。今でも関係はあるようだし、お互い切り捨てられない存在であること、互いの一番の理解者である事は間違いない。しかし彼らには長い反目の歴史があり、関係に深い溝がある。それは国として割り切れるようなものではなく、最早個人的なレベルの話で、言ってみればドイツが兄に感じるような近過ぎる関係のものに思えてならなかった。だからこそ、フランスが例えイギリスに愛してると本気で囁いたとしても巧くいくビジョンが遠く、見えない。
(イギリスは思ったよりも素直で繊細で、…複雑だ)
昨夜の兄を想い涙を零したイギリスの顔が、相談に乗ると言った時に浮かべた笑顔が、脳裏に過った。
あれがイギリス個人の本来の性質ならば、イタリアの言う通り今更巧く行くようには思えない。
「俺、イギリスが泣くの、嫌だなぁ…」
「…それは、俺もそう思うが…」
「じゃー俺達ライバルだ。頑張ろね、ドイツ!」
明るく宣言されても困ってしまう。守りたいと思うくらいの気になる存在になったものの、それでもやはり恋人になりたいというわけではない。出来れば今も兄と幸せになって貰いたい。
どうすればいいのだろうな、とドイツは嘆息を漏らした。


≪back SerialNovel new≫

TOP