■【Lovers】■ 26

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英

「ヴェー!イギリスごめんね!お待たせしましたであります!家の掃除は終わったらしいし、案内は今からでも出来るんだけど、荷物置いたら先にシエスタしようよ!シエスタ!」
ロマーノとの打ち合わせが終わったらしいイタリアが物思いにふけっていたイギリスの手をいつもの調子で引いて来たので、イギリスは微笑んで頷いた。
「今日からここがイギリスの部屋であります!」
じゃーんと効果音を口で言いながら案内された部屋はシンプルでしかし洗練されていた。年代物も多い筈なのに不思議と古めかしさが無い。邸全体と同じで落ち着いたいい部屋だった。開けられた窓からは心地よい風が入って来る。
「兄ちゃんが先に帰って部屋を掃除してくれて良かったよー。空気を入れ換えるだけでも違うしね」
後でお礼を言わなくっちゃ、とイタリアが言うので、頷いた。
この部屋を快適に使えるのはロマーノのお陰である。イギリスも後できちんとお礼を言わなければなるまい。
「イギリス、荷物はこの辺でいいか?」
「あ、ああ。本当に済まないな。…自分で持てたのに…」
ドイツがクローゼットの横に荷物を置いてくれたので、イギリスは困ったように言った。
外見がちょっと変わっただけで、身の回りの事は自分で出来る。少し筋力も体力も衰えてしまったように思えたが、それでもこのくらいの荷物、自分で持てたのだ。だがドイツが頑として譲らなかった上にイタリアの「そっちの方が買い物しやすいじゃん甘えちゃいなよ!」という後押しされた挙句、イギリスの手を引いて促されてしまったので、結局好意に甘える結果になってしまった。非常に助かったのだが、同時にとても申し訳ない。
「気にするな。俺が言いだした事だ」
「………けどな」
「ならば、今度とびっきりのお茶でも淹れてくれ。日本が以前絶賛していた」
「…えっ、日本が?」
突然の名前に驚いて目を丸くしてドイツを見遣ると首肯された。嬉しさに思わず顔に熱が昇ってしまう。
日本はいつもイギリスが出す紅茶を美味しいと言って喜んでくれるし、イギリスも紅茶には絶対的な自信を持っている。しかし、こうやって他人の口を介して批評を聞くのはまた別の喜びと自信をもたらした。
仲の良い友達に話してくれる程に気にいって貰えるというのはとても嬉しい事だ。
ちょっと感動してじわりと涙まで浮かんでしまう。
(俺、ちゃんとあいつと友達出来てたんだな…)
日本はとても大人しくあまり自己主張もしない方なので、友達だと思ってはいても時々不安になる事はあった。
昔みたいにお互い唯一の友達でもないし、ドイツやイタリアほど砕けた仲でもない。それにイギリスはアニメや漫画の事はからきしなので、そんな日本がアメリカやフランスと熱くトークしているのを見ると、時々こちらを構ってくれるのは、日本の優しさって奴で、本当はイギリスと一緒にいるのなんて迷惑なのでは無いのかと、そう思ってしまうのだ。
でも、イギリスと一緒にいる時よりも楽しそうに見えるドイツやイタリアにそういう話をしてくれているとするならば、ほんの少しは自惚れてもいいのかもしれない。
(…良かった…)
「…その…イギリス」
胸をほっこり暖かくしているとドイツから声が掛かって返事をしていない事を思い出す。
「ああ、そんな事で構わないならいつでもうちに来いよ。なんだったら特別にスコーンをつけてやらない事も…」
「いや、それは構わない」
「なっ…なんだとっ?!」
ドイツにはまだスコーンを食わした事は無い筈だ。なのに断られてしまった。
「冗談だ」
「…………本当かよ」
イギリスが今にも騒ぎだしそうになると、ドイツが少し困った顔でそう言って、イギリスは唇を尖らせた。そんなイギリスを見て、ドイツの大きな手がイギリスの頭に乗って、ぽんぽんと軽く撫でていった。
「拗ねるな。本当に冗談だ」
「………」
何の躊躇いも無く頭に手を伸ばされるのに、やっぱり兄弟だな、とイギリスは関心してドイツを見上げた。性格は真反対のようだが、どことない仕草や表情がよく似ている。
「あっ、いいないいなー!イギリス俺にも紅茶淹れて欲しいなー」
そんな風に思っているとイタリアが飛びついて来て「ダメ?」とねだるのでイギリスはダメなワケないだろ、と口元を緩めた。
もてなすのが実は好きなのである。ついでに自慢の温室も楽しんでくれれば言うことは無い。
「ロマーノが嫌がらなけりゃ一緒に連れて来いよ。これから世話になるんだし、これが礼になるって言うんなら、是非そうしたい」
「……うん」
やけに威勢がなくてイギリスは首を傾げる。やっぱりそれくらいでは礼には足りないだろうか。
間近にあるイタリアの顔を観察すると、いつもは開いているのかよくわからないぱっちり開いた両眼と視線がぶつかった。
「兄ちゃんも喜ぶよ!」
次の瞬間にはへらりといつものようにイタリアが笑って、それから離れて行く。その僅かに赤い頬を眺めながら、イギリスは「だったら良かった」と頷いた。
「あと、お礼って言うなら、俺が選んだ服、ちゃんと着てね!」
「…う、ん」
思わず買い物袋に視線をやる。
そんなに難易度の高いものでは無いが一緒に選んだ筈の服は、イタリアが単独で買って来たものよりどこか女の子らしい。なんとなく気が引けるがそれでも絶対に無理、というほどのものでも無いし、一度承諾してしまった手前着ないなんて選択肢はありえない。イギリスはぎこちなく頷いて了承を表した。
(ま、まぁ。フリルもリボンも中世には普通に着てたんだけどな?!)
だから今更恥ずかしがる事は無いのだが。時代と状況が違うとやけに恥ずかしいものである。
(コッドピースをつけろ!って言われるよりかはマシだろうけどなぁ)
ウチでも流行りはしたが、あれは無かったとイギリスは思う。自分が着用しなかった事だけが唯一の救いだ。
「また買い物に行こうね、イギリス!それじゃ、荷物も置いたし俺達の部屋に行こうよ!シエスタしよう!」
「え?」
「ベッド凄く広いんだー!皆で寝てもいいようにこの間新調したから寝心地いいよ!」
「おい、イタリア。お前今朝の事を忘れたのか」
張り切って自慢するイタリアにドイツが厳しい顔で牽制を入れる。イギリスが今朝の事って…とフランスとの情事を思い出して顔を赤くすると、ドイツがほら見た事かと言わんばかりにイタリアを責めた。
「他人が寝ているベッドで全裸になるやつがいるか!…済まなかったなイギリス。驚いただろう…」
「へあっ!?あっ、まぁ、隣の奴が全裸で寝ていたら、驚くよな…」
よく考えたらすぐ近くの部屋にこいつらが寝ていたのだ。途中からすっかり忘れて遠慮なく喘いでしまっていたから聞かれていたのかと焦ったが、とりあえずそういう意味合いではなかったらしい。そういう事が起こったとは知られているとはいえ、声が聞こえていたら、なんて思うと耐えがたく恥ずかしい。…まあ、今の言動から類推するに聞かれていないという保証もないのだが…。
とび跳ねた心臓を落ち着かせて答えて、嘘ではない言葉でお茶を濁した。
イギリスはイタリアが全裸だった事には気づかなかったのだが、まあ嘘は言ってない。隣で寝ている奴が全裸だったら普通驚く。知っていたとは一言も言っていない。
「…けど何でお前が謝るんだよ」
苦笑して言うとドイツがはたとそれに気がついて、それもそうだなと渋く頷いた。
「イタリア、お前が謝るべきだろう」
「ごめんねイギリスー!俺寝てるとつい脱いじゃうんだよー!」
「…いやまぁ構わねーけど…」
知らなかったし。
それに男の裸など見慣れたものだ。びびりはするが、どうという事のものでもない。
イギリスがそう答えるとイタリアは良かったー!と手放しで喜ぶ。
「じゃあ一緒に寝ようか!」
相変わらずイタリアがあっけらかんと言うと、会議で慣れたドイツの怒号が飛んだのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 独

「イーターリーアー!」
何の反省の色も窺えないイタリアの台詞に怒号を飛ばす。
「先ずはその癖を直すべきだろう!寝ている間に脱ぐのでは気をつけようも無いではないか!」
「…ヴェー…でもイギリスは気にしないって…」
ビクビクと震えてイギリスの後ろに隠れているイタリアがイギリスの服の袖を引っ張りながら「ねぇ」と聞く。イギリスが「…まぁ」と頷くので、ドイツはとりあえず矛先を変えた。
「イギリスお前もだ!先日まで男だったのだから仕方が無いとは思うが、今は立派な男女だぞ!お前には危機感というものが無いのか!」
ドイツの一括にイギリスはぱちくりと両目を瞬いて、次の瞬間吹き出した。
「ははっ、お前、何言ってんだよ!相手はイタリアだぞ?イタリア相手に俺がどうこうされると思ってんのかよ?」
おかしそうに笑うイギリスを見て、ドイツは脱力する。こういう方面にだけ自分に自信があるのも困りものだ。
「…どうにか対処出来たとしても、だ。…万一という事もある。それに、そもそもどうにか出来る出来ない以前にお前は異性になってしまったのだから、もう少し周りを警戒するべきだ。お前は…俺達が何かその…不埒な事を考える可能性が無いとでも思っているのか」
「ええ?お前らが俺の体に欲情するって?それはねぇだろ!」
からからと笑われて、ドイツは内心頭を抱えた。フランスやアメリカさえ絡まなければ普段は割とまともなイギリスなのだが、やはりちょっとズレている。
ここはそんな事は無いぞと否定するべきだろうか。イギリスの危機感を修正してやるには、そちらの方がいいのかもしれないが…
(…とんだ羞恥プレイではないか…!)
先日まで男で、しかもそんなに親しくもなかった相手に劣情を抱きますと告げるなど、容易に出来る事では無い。しかし、しかしだ…!
(このまま、放置しておくわけにもいくまい…!)
こちらが多少翻弄されるくらいならまだいいが、余所でやって貰っては困る。
ドイツはありったけの気合いを振り絞って、蚊の鳴くような声で言った。
「…悪いか」
「へ?」
「…俺だって男だ。そういう事もある」
「えっ!…相手は俺だぞっ?!」
心底驚いた、という声音にやはり言っておいて正解だったとドイツは思う。
「…うちの兄貴とでさえ、そういう関係になったのだろう…」
「いやっ、あれは!アイツが俺にかけられた魔法を奪っちまったからで!セックスの必要があるって妖精さんに言われたから仕方なくだからな?!お前の兄貴だって最初は絶対無理だっつってたんだぞ!?」
慌てて否定されてそうだったのか、と納得する。急に性別の変わった相手に何をするのかと思ったが、そういう事情があって、しかも話を聞く限り仕掛けたのはイギリスのようだった。
だったら仕方ない。
(…むしろ…なんというか気の毒な話だな…)
そこで言わた通りに関係を持とうとするのはどうかと思うが、まあ今は目を瞑ろう。
それよりも今は兄に同情を禁じえない。
体を交わして情を持つなという方が無理な話しだろう。その相手がこれでは兄も苦労する。
自分の置かれた状況と照らしあわせて、ドイツは溜め息をつく。怒られると思ったのか、イギリスがびくりと肩を揺らした。
だが、そんな所で警戒する必要はない…。
「…それでも、だ。つまりお前が異性であると意識すれば、起こり得る事態だと言う事だろう?今お前だって『最初は』と言っていたでは無いか。裏を返せば以降はむしろ積極的だったのでは無いか?…よく考えてみろ。どうして俺達でそれが起こらないと言える」
「…いや、でも…」
まだ納得をしないイギリスに安全圏などいないのだと告げるのは酷かと思ったが、いきなり襲われるよりかはマシだろうと判断する。
「…俺は今、お前に無防備に擦り寄られたら、自信は無いぞ」
「…えっ」
「…恋をしているとはいえない。しかしだな…、その…、…………、………っ、…お前のことを!可愛いと思う事はあるし!俺だって男だ!理性が利かないことだってある!」
言いきった。それはもう茹で蛸さながらに真っ赤になってしまって、湯気まで吹いている気がするが、やりきったのだ。
ドイツが妙な達成感を感じていると、イタリアが「うおー、お前すげー」とパチパチと手を叩いた。
そんな事で関心されても嬉しくはない。むしろお前のせいでこんな恥ずかしい目にあう羽目になったのだからな、という意味を込めて視線を振ると、ドイツにつられるようにして真っ赤になったイギリスも同じくイタリアを振り仰いだ。
「…お前はそんなことねぇ…よな?」
「…ヴェッ?!これって俺も答えなきゃいけない感じ?」
イタリアが頬を掻きながらドイツとイギリスを交互に見やる。ドイツは重苦しく頷いた。
2対の目に迫られてイタリアは何時ものように鳴いてから、
「…ドイツの言う通りかな。…兄ちゃんも同じだと思うよ」
と困ったように言った。
イギリスが涙目で「だったら同じベッドになんか誘うなよバカぁ!」と叫んだので、ドイツは至極最もな話しだと思った。


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