■【らぶラブらぶ】■ 09

… side アーサー …

夕刻、生徒会室で仕事をしていると携帯が鳴ったので取り上げた。
「…ギルベルト?」
メールを送って来た相手はギルベルトだ。ぽちっと開封すると今どこにいるかと問われていたので『生徒会室』と短く返信を返す。しばらくして生徒会室のドアがノックも無しに開いた。
こいつが生徒会室に来たのなんてどれくらいぶりだろう。確か一年の時に生徒会室を冷やかしに来た時以来である。
「ノックくらいしろよ」
「あ、わりーわりー」
「で?何の用だよ」
睨みつけるとギルベルトは特に悪びれる様子もなく謝ってからポケットをごそっとやると「ほらよ」と銀色の鍵をアーサーに突き出した。
「?何だこれ」
「家の鍵。親父に頼まれてたんだけどよ、渡すの忘れちまっててさ。誰かさんの料理で昏倒しなけりゃ、初日に渡す筈だったんだぜ?」
「…悪かったな」
むっすりとした態度で鍵を受け取る。ギルベルトはケセセっと笑うと何故か生徒会室をうろつき始めた。
「他にも何か用かよ」
「は?いいや、別に?」
「…じゃあ何してんだよ」
鍵を仕舞って目をやると、ギルベルトはにやりと口角を上げた。
「エロ本探し」
「………なんだって?」
「フランシスから聞いたぜ〜?ウチに持って来ないと思ってりゃ、お前こんな所に貯蔵してたのかよ」
「…没収品だ」
眉間に皺を寄せて答える。一体何の話をしているのだ。
「でも時々読んでんだろ〜?」
ニヨニヨとふざけた面で笑われて、アーサーはこめかみに青筋を立てた。
一体何の用で来たかと思えば、これだ。
「それ以外に用が無いのなら帰れ。没収品ならこの間教師に渡したばかりだ。今はない」
「えー、なんだよ」
せっかく来たのによー、とぼやく相手を睨みつけ「知るか」と吐き捨てる。そりゃアーサーだって、興味はあるし、時々はどんなもんを見ているのかと調査している間に読みふけっている事はあるが、始終そればかりを考えているわけではない。
ずっと男まみれの生活をしてきて耐性はついているが、こうして目の当たりにすると何とかならないのかと思わずにはいられない。
フランシスにしろギルベルトにしろ脳と下半身が直結しているのではあるまいか。
「エロ本読む暇があったら勉強しろ」
特にギルベルトはそんなに成績のいいほうではない。流石に赤点をとるような事はしないが、遊んでいる時間の半分でも勉強にあてればかなり上昇するに違いないのにとアーサーは思う。まったくもって宝の持ち腐れである。
「流石は生徒会長様だこって」
ギルベルトは憎まれ口を叩くとそのままソファに体を預けた。出て行けといった筈なのにどうしてそこに座るのだとアーサーは軽く額に手をあてて視線だけをやった。
「今度は何だ。用が無いのなら帰れよ」
溜息混じりに告げると、意外な事を言われたようにギルベルトがぱちぱちと瞬きした。
「もうそろそろ終わるんだろ?」
「…それがどうしたよ」
「買い物して帰るんだろ?俺様暇だし付き合ってやるよ。つーか、今までそれ俺様の役目だったしよー、何もしなくていいっつわれるのは楽だけど、なんか落ち着かなくてよ」
「………あと30分かかる」
目を瞑って嘆息する。家事が出来るのはいいことだが、あの親父は放任させすぎではないだろうか。もう少し跡継ぎとしてのイロハを今の内から教え込んでいればいいものを。
「んじゃ、課題でもやっとくかー」
だったら家でやればいいものを、薄い鞄から筆記用具と眼鏡と課題の用紙を取り出して机に広げ始める。こちらの事をおかまいなしの態度にアーサーは軽く頭を抱えた。
ギルベルトはふんふん鼻歌を歌いながら指先でペンをくるくる回している。時々走り書きするように答えを書き付けているのを発見してアーサーは「おい」と唸った。
「答えだけ書くなよ。行程も書きやがれ」
「面倒臭ぇこと言うなよ。あってればいーじゃねーか」
「お前この間もそれで怒られてただろーが!もしかして常習かよ!」
「テストん時だけは書くって事で妥協したんだけどよー。教師変わると面倒だよなー」
「面倒だな、じゃねーよ。ちゃんと書けよ!」
「かてー事いうなよなー」
「い・い・か・ら・書・け・よ!俺の目の黒いうちはずるはさせねえぞ」
「ずるじゃねーよ。ちゃんと解いてんだろーが」
「解いてる事が分かるようにしろっつってんだ。今度同じこと言わせたら病院に送りこむぞ」
「この間はしてやられたけどよ、俺様結構強いんだぜ?」
「お前の食事にだけ俺の手料理混入してやる」
「………」
「それから秘蔵DVD処分してやってもいいんだぜ?」
ニヤリと笑うと嫌そうに顔を顰められた。
「後はそうだな、ちゃんとやるまでエリザベータに監督でも頼むか?…っとこれは褒美にしかなんねぇか」
「なっ!何がだよ!なんでそこであの男女が出てくんだよ!」
カッとギルベルトの頬が赤く染まって、アーサーはによによと笑う。中々いい弱みである。
「学園中に目を配らせてる俺が気付かないとでも思ったか?特に男女間の事は教師の前では普通見せねーからな。これでも乱れた異性交遊が無いか教師の代わりに気を配ってる方なんだぜ?」
目を細めて傲然と告げるとギルベルトはくそっと吐き出した。
「やればいいんだろ!やれば!」
ガリガリと手を動かしはじめたのを見て、アーサーは口角を上げる。しかし、いい脅しネタではあるが、何度も使っていれば効果は薄れるだろう。あまり多用はしないようにしないといけない。
アーサーはとりあえずさっさと終わらせるべく書類に目を落とした。


しかし、ねちっこい奴だ。
帰り際もぐちぐちとぼやいているギルベルトに呆れながら買い物を済ませたアーサーは、その後も人の後ろについてきては恨みごとを言うギルベルトに辟易していた。
因みに、今はアイロンを充てるアーサーの隣で椅子に座りながらぐちぐちと言っているのである。
「…お前うるせぇよ。何も手伝わねーんなら部屋に戻るかせめて居間に行けよ」
げんなりしながら文句を言うと、つーんとそっぽを向かれてしまった。正直思った以上にうざい。アーサーは溜息を漏らしてしょうがなく口を開いた。
「さっきからかったのは悪かった。だからもう勘弁しろよ」
ギルベルトの視線がアーサーを窺うようにして、それから「まー、俺様は心が広いからな。今回ばかりは許してやるよ」と言い放った。アーサーは心底辟易していたのでそれには突っ込まない方向でおざなりに礼を言うと手を動かす。
「………」
謝らせたのだから移動すればいいものを、ギルベルトが立ち動かない。口ではああいったものの、まだ根に持っているのだろうか。じぃっと見られて落ち着かない。
しばらく我慢して、でも我慢しきれずに顔を上げた。
「まだ何かあるのかよ!いくらなんでも根に持ち過ぎだろ!」
怒鳴るように言えばきょとんとした顔をされた。
「いや、別に。ただ面白いなーと思って見てただけだぜ?」
なんだろうか、新手の嫌がらせだろうか。
「何がだよ」
イライラと吐き捨てるようにしても、ギルベルトは特に頓着せずに口を開いた。
「この家で第三者が家事してるっつーのもあるけどよ。それがさっきまで生徒会長だったお前だっつーのが、なんかおもしれーっつーか」
やはり嫌がらせだったらしい。
アーサーが薄く「ほう?」と嗤いかけると、不穏な気配に気づいたのか、ギルベルトがいやいやと仰け反った。
「別に悪い意味で言ってんじゃねーって!学校いる時とは雰囲気が違うっつーか、同一人物だけど、似たような別人のような気がするつーかだな!あまり気ぃ張ってる様子がねーからか、なんか今のお前の隣ってちょっと落ち着くんだよ!それが不思議でおもしれーって思ったっつーか!」
「…はぁ?」
拍子抜けして眉を上げた。言っている事が理解出来るような出来ないような…。とりあえず嫌がらせではなかったのはいいんだが。
「俺は落ち着かねぇよ…」
こんなに熱心に見詰められたことなどあっただろうか。かつてない出来ごとにアーサーは居心地の悪さしか感じない。溜息混じりに告げるとギルベルトは思案顔を晒した上で「そりゃそうかもなー」と呟いた。
分かってくれたのならいいと、アイロン掛けに戻ると、そのまま視線がついて来て唇の端が引き攣れる。
「おい、今俺は落ち着かないって言った筈だが?」
「でも俺様暇だし」
「だったら勉強するなり遊びに行くなりすればいいだろ!今すぐ俺の視界から消えやがれ!」
ダン!とアイロンが壊れない程度に台に叩きつけるとギルベルトが不満そうに唇を尖らせるが、アーサーは無言で視線に圧力をかけた。
「なんだよつれねーなー。んじゃ俺様今晩の夕食の支度してんぞ?」
「いや、それは待てよ」
怒りをむき出しにはしたが、ギルベルトの言葉を聞いて頭に上った血がピタリと収まった。それは聞き捨てならない。あっさりと怒りを解いてギルベルトを引き留めた。
早く一人で作れるようになるために特訓して貰うのだ。最初から付き合って貰わなければこちらが困る。
「はぁ〜?勝手な事言ってんじゃねーよ。なんで俺様がお前の都合にあわせなきゃなんねーんだよ」
言われてみればその通りでアーサーがぐっと詰まっているとギルベルトがいやらしく目を細めて微笑んだ。
「教えてください、ギルベルト様っつったら待っててやるけど?」
ふふんと鼻で笑われて、アーサーは足元みやがってと心の中で舌うちをした。
機会を狙ってルートヴィッヒに教えて貰うのも可能であるが、部活に入っているルートヴィッヒでは何しろチャンスが少ない。それに今朝の感じではギルベルトに教えを請うた方が上達が早いであろう気がした。
ぎりっと奥歯を噛みしめて逡巡する。様子を窺うと相変わらずのムカつく面でこちらの出方を窺っているようだった。凄みあげたが、ものともしない。しかしプライドが邪魔をして口になんてできない。
「………………………………………………教えろよ」
妥協しまくってそんな風に言えば、ギルベルトがぶっと噴き出した。
「全っ然っ、ダメじゃねーか!」
「うるせーな!何が『教えてください、ギルベルト様』だよ!」
「しかたねえなー。そんなに言うなら教えてやってもいいぜ?」
「は?」
「今度はもっとちゃんと言えよな」
ニヨリと笑われて、自分がギルベルトに言えと言われた台詞を口走ったことに気がついた。
「なっ!!今のは違うんだからな!!」
「違うっていう事にしていいのかよ?」
ニヨニヨといやらしく笑われてぶっ飛ばしたくなったがここは敢えて押さえることにした。
「ぐっ………。くそっ後で覚えてろよ…」
仕方なく捨て台詞を吐き捨てれば、ギルベルトは「んじゃ俺様は犬の散歩に行ってくるぜー」とようやくアーサーの元から消えてくれたのであった。



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