■【らぶラブらぶ】■ 13

… side ギルベルト …

ギルベルトは街を歩きながら溜息をついた。
今向かっているのは父親の会社だ。自宅から多少離れてはいるが、向かえない場所ではない。電話でアポを取った所、少しなら大丈夫と言われたので、事の真相を知る為に移動中である。
本当はわざわざ聞きださなくてもいいかな、と思っていた。そちらの方が何が起こるか分からなくて楽しいし、隠しておきたい事ならば必要でもない限り暴きたてることもない。
(けどなぁ…)
昨晩の事を思いだして再び溜息をついた。
ベッドに誘って来たのも、先に触れて来たのもあっちである。
(他意はなくても普通誰もが誘われてるって思うだろ…)
ギルベルトは昨晩の出来ごとを思い浮かべた。

抱き枕だと言い聞かせて目を瞑っていると、不意に名前を呼ばれた。返事をするべきかどうか逡巡して結局寝たふりを続行する。今、冷静に話が出来るとは思えない。
アーサーがごくり、と息を飲む音がした。こんな近距離でしかも深夜だ。些細な音も拾ってしまってどうしたのかといぶかしく思っていた所でアーサーの手がギルベルトの股間にタッチした。
「!!!」
思わずビクリと反応する。
(なななななななななななな何が起こったんだ!?)
しかし、飛び起きるタイミングを逸してそのまま固まっていると、アーサーの手が再びあらぬところをそっと撫でた。ゆっくりと揉まれて、形を確かめるように指先が動く。
「っ……」
与えられる優しい快感に背筋が震えた。っは、と熱い吐息が漏れる。
指先は何度も何度もギルベルトのそこを撫であげた。
服の上からの愛撫でも腰が痺れて、甘い疼きが襲ってくる。その快感をワケの分からぬまま享受していると、無情にも不意にアーサーの指が離れていった。
(そこでやめんじゃねーよ!っていうか意味がわかんねー!!)
一体何がしたいのだろうか。パニックの一歩手前まで陥っていると、アーサーの額がギルベルトの胸に甘えるように擦り付けられた。
(も、もしかして俺様誘われてんのか!?)
それは無いと否定したばかりだったので、迂闊にも今更気付いたが、これは絶対に誘われている。ベッドに誘われた事といい、胸を隠してない事といい、極め付けは今の愛撫。どこをどう考えたって、誘われている一択しかない。愛撫が止まったのはきっと、ギルベルトが一向に手を出してこないからだろう。
何がどうなって誘おうなどと思ったのかは知らないが、案外ギルベルトが気付いている事に勘付いたのかもしれない。考えてみれば、あってもおかしくない話だ。あれだけベタベタしていれば、好意はダダ漏れだろう。しかも何度もひっついているのだ。もしかしたら気付かれた上での行為と踏んだのかもしれない。
(そう言われてみれば、最近まんざらでもなさそうだったしな!)
何にせよ、アーサーにその気があるのなら、勿論ギルベルトに否やはない。
「アーサー…」
そっと名前を呼んでみたが、リアクションは帰って来なかった。もしかしたら待たせたことで拗ねているのかもしれない。
ギルベルトは暗闇の中、アーサーの背中にまわしていた腕を慎重に動かした。二人の間に隙間を開けて、ゆっくりとその膨らみに手を這わせる。
「…ん」
優しく握り込むと、あえかない声が聞こえてギルベルトはテンションを上げた。
衝動的にがばっといきたい気持ちもあったが、こういうのってムードも大切だもんな、と言い聞かせてアーサーの体を仰向けにさせる。
夜目に慣れたとはいえ、表情を窺ってもよく見えはしない。ただ、アーサーが目を閉じて待っている事は確認出来て、ギルベルトはその唇に軽く触れた。
たかが唇が重なっているだけだというのに、体が燃えるように熱くなった。つい今しがたムード大切だよな、と思ったのを忘れて性急に舌を潜り込ませる。胸を触る手の方も大胆になって来た所で、べしっと頭を殴られた。
「…?」
急ぐな、という事だろうか。確かにがっついたのはよく無かったけれど、何も殴る事はないだろう。仕方なく一旦体を離すとアーサーは大きく呼吸をした。
(あー、息が出来なかっただけか)
あんな風に誘うものだから相当経験があるのかと思ったが、性別を偽っている身でそれはないような気もした。だとしたら、もっと大切に扱わなければならない。
悪い、と口にしようとした所でアーサーがころんと横を向いてしまった。
なにもそこまで拗ねる事はないだろうと思って、ふと嫌な予感が頭を掠めた。
「…おい、アーサー?」
返事はない。
「…起きてるよな?」
返事はない。
違和感が膨れ上がる。耳を凝らせてみると、「すー、すー」という穏やかな寝息が聞こえた。
「………」
ギルベルトは「まじかよ!?」と叫びたくなった。ついでになんか泣きたくなった。
いつから寝ていたのか。まさか触っている間も寝ぼけていた?いや、そんなバカな。触っている時は明らかに意識を感じた。
では、現在の態度がたぬき寝入りなのか、それともギルベルトが待たせている間に寝てしまったのか、この二つしか考えられない。いくらなんでもキスしている最中には寝ないだろう。
果たしてこれはタヌキ寝入りだろうか。
「おい、おーい、アーサー」
「ううん」
ペチペチと頬を叩いてみると手を払われた挙句ぐずってまるくなってしまった。
アーサーが役者顔負けの演技が出来たとしても、恐らくこれは演技ではないだろう。
では。
(待ってる間に寝たとか?2分ぐらいしか待たしてない筈だぞ?!)
いくら寝つきのいいお子様がいたとしても、2分待たせているだけで寝たりはしないだろう。
しかも触ってくる直前までカチコチに固まっていた奴が、そんな程度の時間で寝るはずがない。誘っているなら尚更だ。
(もしかして前提が間違ってるって言うんじゃないだろーな)
それは考えたくはない。というか、前提が間違っていたとは思えない。
でも、だが…。いや、それより…
(つーか、どうすりゃいいんだよ!)
あまりの驚きに多少興は削がれたものの、アーサーが育てた息子さまは、まだまだ臨戦態勢である。今、強引に起こして事を進めても誰も怒りはしないだろう。だが、色んな事がこじれるのは目に見えている。
ギルベルト目尻にじわっと涙を溜めるとぐすっと鼻を鳴らして不貞寝した。
それがギルベルトの身に昨夜起こった事件の全貌である。因みに色々考えていたら結局寝たのは朝方だった。
「マジでありえねー…」
とりあえずここだけは譲れないと真相を尋ねた所、意味の分からない答えが返って来てしまった。本人は大まじめだったので、昨日のアーサーは本当にそう思っていたのだろう。
(男色かどうか調べるってあんな事したら普通襲われるだろ…)
むしろどうぞ食べてくださいと言っているようにしか思えない。思えなかった男がここにいる。
もう少し手を出すのが早かったらスムーズに最後までいけたのだろうかと考えてむなしく笑う。そんなもの絵に描いた餅でしかない。
ギルベルトは生気まで逃げそうな溜息を吐きつつ、これからの事を思う。
(いらねーことしやがって…!!)
欲求不満が過ぎて、昼間からカーテンを閉めて事にふけったら、一人でヌけなくなってしまっていて、余計に泣けた。アーサーが触れた感触を思い出す度に体が熱くなるのに、実際に自分の手で扱いたら違和感が先にたってタイミングが合わないのだ。左手に残る柔らかい感触も、唇が知ったあの弾力も、ギルベルトを追い詰めるのに解放してくれない。
こうなったらアーサーが何を考えているのか、その片鱗でも知らない限り状況打開の策はとれない。その為に今ギルベルトは一枚噛んでいる筈の父親の元へ向かっているのだ。

一時間以上かけて移動して、街中を歩き、目当てのビルに侵入する。受付嬢は話を聞いているのか、すぐにギルベルトを通してくれた。最上階に辿りつくと、秘書に勧められて社長室へと入りこむ。
「親父」
「よく来たな。ギルベルト」
人好きのする笑顔を浮かべて父が顔を上げた。しかしこの柔和な笑みに騙されることなかれ。これで結構したたかな面もある。
「一体どういう事だよ」
「どういう、とは何のことかな?」
「アーサーに決まってんだろ」
「アーサーくんがどうかしたのかい?」
にこり、と笑われると、自分の方が間違っているような気にさせられるから大変な食わせ者だ。ギルベルトは低く唸るように口を開いた。
「女だろ」
「…バレてしまったか。ハハハハハ」
「ハハハハハじゃねえよ!!一体どういう事だよ!」
「アーサーくんに聞いた方がてっとり早いと思うが、どうだろうね」
「気付いたなんて言ってねーよ!勿論ルッツも知らねー!」
眉間に皺を寄せて睨みつけると、やはり父親は華やかに笑った。
「そうか。どちらが先に気付くかと思ったが、お前だったか。で、事を公にせずここに来たという事は彼女をお嫁さんにするつもりがあるという事でいいのかな?」
あっさり爆弾を白日の元に晒してニコニコしている父親に、ギルベルトは「はぁっ」と溜息をついた。
「やっぱりかよ」
「やっぱりだねぇ。私もアーサーくんに提案された時はびっくりしたものだが」
「何だ。あいつから話を持ちかけて来たのかよ」
「そうだね。ちょうど家政婦の欠員をフランシスくんに聞いたという事で、連絡があったんだよ」
「………」
「彼の秘密を聞いた時には驚いたものだったけれど、共謀しなければ、環境が悪くなりそうだったから賭けてみようかな、とね。お前達にお嫁さんが必要なのも確かだし、それがカークランド家直系の、しかも幼少の頃から教育を受けて来たアーサーくんなら願ってもないことだろう?それでもまあ、野心はあれどお前達の事は可愛いから、とりあえず一つ屋根の下に置いておいて、いい仲になればそれで良しだし、そうでなければまあ仕方ないかなと思ったんだけどね」
「…チャレンジャー過ぎんだろ…」
何が一つ屋根の下に置いておいて、だ。尊敬し敬愛してやまない父親だが、たまにどこかぶっとんでいる事は認めざるをえない。
「つーか、いい仲って具体的にどういう事だよ」
「二十歳に婚約発表ができれば…って所かな。でもカークランド家の方にそういう意向を告げてないと不味いと思うから、結論を出すのは卒業時ってところかもしれないね」
「短か過ぎんだろ…。つーか、そんな条件で俺らに事情を話さないっていうのは無茶振りじゃねーのか?」
「いや、そうでも無いだろう?変に先入観を持たせるよりも自然のなりゆきに任せた方がきっと上手くいく。毎日傍にいて、好意でも抱けば途中で気付くはずだよ」
お前は短期間で気付いたじゃないか、と言われてこめかみを揉んだ。
「単純に卒業まで周りにバレるわけにはいかないというのもあるしね。ルートヴィッヒなんか言った最初に『そんな事出来るわけないだろう!』と憤慨して取り乱しそうじゃないか。そんな当初からこけるわけにはいかないし」
「………後で知っても憤慨して取り乱すと思うんだけどよ…」
「今まで大丈夫だったんだから大丈夫だろう?って言えばいい」
鬼だ。優しい顔して鬼がいる。
「まあ、私の子供達だから信じているんだよ」
「………」
我らが敬愛するべき父親はくすくすと笑いながら歯の浮くような言葉を言って、ギルベルトの反論を封じてしまう。
ギルベルトは一つ溜息を吐くと、隠しだての事はスルーする事にして、とりあえず話を進めることにした。
「つまり、アーサーはその覚悟があってウチにいるってことだよな」
「そうだね。お前達のどちらを選ぶのか、お前達が何を選ぶのかは私の知るとこではないが」
「…どっちも上手くいかなかったらどうなんだよ」
「まあ、私がお嫁さんに貰うことになるだろうね」
「…はああああ?!」
今とんでもない爆弾発言をしなかったかと唖然として見遣ると簡単な事だろう?と父親は笑った。
「あのカークランド家が弱みを放置する筈がないし、彼もそうでもしないと、あの家から逃れられない。だから私に全てを打ち明けて巻き込んだのだろうし」
思わずぱくぱくと金魚のように口を開閉する。そこまで考えての事だったとは流石に思わなかった。
「途中でバレてしまったら、目論見は失敗して彼はどこか遠くで日の目を見られない生活をすることになるかもしれないし、ウチもただでは済まないだろうと思うから、出来るならバレて欲しくはないところだけど、まあ、お前達の好きにするがいいよ」
そこまで切迫した状態だとも思わず、そこまで危ない橋を渡っているとも思っていなかった。与えられた情報に頭がくらくらする。というか、あまりに丸投げすぎやしないか。
そんな思いが顔に出ていたのか、父親はゆるく口角を上げると、「次の主役はお前達だろう?」と目を細めて笑ったのだった。

ありえない。マジでありえない。
家路について口々におかえりの挨拶を貰ったが、ギルベルトはおざなりに返事をしてソファに沈んだ。
自分達二人まではギルベルトも予想の範囲内だったが、まさか親父まで視野にいれているとは思わなかった。父親から聞きだした情報を整理するとまずアーサーは女だという事がバレずに卒業出来るのが最優先で、その次にギルベルトか弟のどちらか、最悪ギルベルト達の父親とまとまれればいい、という話だ。アーサーにそこまでさせた動機というのが、幽閉生活か、どこか適当な所に家の為に結婚させられた挙句、その家で一生飼いならされるのを逃れるため、という事だが、そこには甘い感情なんて一切入っていない、らしい。
(シビアっつーか、なんつーか…)
流石に好きだから、などという話しではないとは思っていたが、一部の隙もないくらいに好意すら混じってないとは思わなかった。親父にしてもそうであるが、社会に身を置いていると嫌でもそうならざるを得ないのかもしれない。
(そりゃ俺様は一介の高校生だけど…)
でももし、未だにエリザベータが好きだったとして。
家の為にアーサーと結婚しろと言われれば、今の自分でも恐らく従ったであろうとギルベルトは思う。弟にさせるくらいならば、自分がした方がマシだ。割り切るのは自分の方が上手い。
だから、味方が一人もいない状況で、アーサーが自分の為に、好意もないヤツの所へこの年で嫁ぐ事を考えて行動してもおかしくはない。
(…でも、だからってよー…)
自分はアーサーと結婚したいのだろうか。
ここまで事案がシビアで具体的になると、ギルベルトの浮かれ具合も顔を引っ込めるというものだ。ドキドキな展開☆と無暗に浮足立ってもいられない。
…というか、自分の将来までも考えさせられる話である。
(…どうすっかな…)
家を継ぐのも、弟が負担に思うなら自分が継いでも構わないが、今のところ社長業は弟の方が向いているとギルベルトは踏んでいる。それに、弟自身父親の会社の戦力になる事を望んでいる。だったら弟が継げばいい、と思っていたが、アーサーと結婚したければ家を継がねばならないようだ。
(つーか、結婚とかマジ早いっつーの)
好意を持った上で未来のお嫁さんになるんだし、と思って手を出すのは簡単だが、結婚を前提に恋愛をするのは少し難しい。少なくとも、今のギルベルトには出来ない芸当だ。
それを思うと父親の判断は間違っていなかったようだ。
「ギルベルト?」
呼ばれてのっそり顔を上げると困ったような顔をしたアーサーがギルベルトの耳元でこっそり囁いた。
「本当に男色とかいうのと違うから安心しろよ、な?」
こいつは何を見当違いの事を言っているのだろう、と溜息がでる。しかしアホっぽい所も可愛いと思い始めている自分が一番の阿呆である。
けれど、それと結婚したいか、というのは別物だ。今回、アーサーを取り巻いているものの重さのかけらを感じてそう思った。自分の家の事にしたってそうだ。
親父は放任主義だから、継いだとして、潰すも活かすも子供達次第と思っているようであったけれど、積み上げてきたものはそんなに簡単に委ねられるものではないはずだ。
だから親父は放任主義になったのかもしれない。つまりは継ぐことすら本気でなければ渡す気はないのではないだろうか。そして、アーサーは、その親父を揺り動かしたのである。
だから、うかうかとしていれば、ウチの企業は弟ではなくアーサーが継いでもおかしくない事態になっているのかもしれない。経済界でその才能を活かしたいと思っているアーサーは、現時点で自分よりも弟よりも社長向きだ。そしてその願いを叶えてくれる大穴はきっと親父なのだと思う。
放任されるという事は自由だけれど、その分自分の存在に対しての責任が非情に重いようだ。ギルベルトは「あー…」と言葉を濁してから「そうじゃねえよ」と苦笑した。
「ちょっと進路の事で悩んでいるだけだ」
「進路?ああ、そろそろ提出期限だよな」
手伝いは終わったのか、すとんと向かい側のソファにアーサーが座る。
「まだ決まってなかったのかよ」
「あー、まー、なー。お前は決まってんのかよ」
「俺か?ちょっと前までは決まってたけど、今は白紙だな。行きたい所はあるけど、兄さん達よりも上の学府はいけねーだろうからな。多分実家に邪魔されんだろ。まあ、提出するのは今までと同じ進路だろうし、実際受けることにはなるんだろうけど、最終的に行くことにはならねーだろうな」
「そんでウチの会社って事か?」
「最終的にはそういう流れになるだろうな。けどまあ、卒業してすぐは病気で療養って事で大学に休学届けだして、ほとぼりが冷めた頃に退学。大検取ってって感じになるだろうから、少なくとも4年はここに住まわせて貰うことになるんだろうけど、そうじゃなきゃ、知らない所で監視つきで軟禁ってところだろーから、つまりは本家次第。白紙みたいなもんだな」
「初日に聞いたよりも酷い話しになっている気がするのだが…」
夕食の準備を終えたらしい弟が、アーサーの隣に座る。アーサーは「この間のはかいつまんでだからそんな感じに聞こえるかもな」と苦く笑った。
「なんとかならないのか?」
「ならねーだろうよ。そんだけ当主の力は絶対だ。俺が末っ子だってのに、次期当主として育てられたのは母さんが当主だったからだ。そんで今言ったのが俺に与えられた最上のシナリオなんだよ。だから、これでも俺はお前達家族には感謝してるんだ。…あ、…か、勘違いすんなよ。今のは俺台詞は俺の為であってお前ry…」
「アーサー」
お得意のツンデレ仕様の言葉を遮ってギルベルトは口を開く。
「お前、俺が社長になったら嬉しいか?」
「は?…いや、お前が社長になろうがどうだろうが、そんなの俺には一切関係ねーじゃねーか。お前の将来だろ、お前がやりたい事をやれよ」
「…だよなー。」
「お前が社長になったら社員は大変そうだとは思うけどな」
「じゃあ、ルッツの方があうと思うか?客観的な意見としてどう思うよ」
「そうだなー。仕事はルートヴィッヒの方が真面目にしそうではあるけど、それはそれでキツそうだよな。融通きかねーと余計な軋轢産むしよ。職人気質な職業ならいいもん作りそうだと思うけど、お前んところの会社結構大きいから随分と修行が必要だろうな」
アーサーがうんうんと自分の意見に納得しているのを見て、この家に来た目的がどうあれ、こいつ自身のプライベートには他意がねーんだなと嘆息する。それをどうとったのか、弟が慌てたように言った。
「ちょっと待ってくれ。先程から聞いていて思ったんだが、もしかして兄さんは親父の跡を継がないつもりなのか?」
「ちょっと前までそのつもりだったぜー」
「なっ!」
驚く弟を尻目にアーサーは「まっ、そうだろうなとは思ってたけどな」と肩を竦めている。
「な、何故そう思ったんだ、アーサー」
「そりゃお前、あの成績で後継ごうとか笑っちまうだろ。やる気無さ過ぎ。必死で勉強した結果でもなくて遊んでばっかだし、今の成績で行ける所なんて2流大学がせいぜいだろ?はっきり言ってねーよ。もしこれで社長継ごうと思ってたってんだったら認識が甘すぎる」
「………」
「まあ、だから継ぐんならルートヴィッヒ、お前の方かな、とは思ってたぜ?今のままだったら確実に一流大学に行けるだろ?真面目に働かない長男よりも真面目に働く二男の方が社員も安心するだろーしな」
「…そんな。俺は兄貴を支えるつもりで」
愕然とした弟の言葉にアーサーは小さく笑みを漏らした。つん、と表情の強張っている弟の額をつつく。
「状況認識が甘すぎる。もっと細部まで気を配れよ。実直なのはお前の良い所だとは思うけど、裏の裏まで読めないと大変だぞ、この世界は」
細部を読むっていったら本田がいいお手本だよなーとアーサーは唯一の友達の名前を上げて笑っている。ギルベルトは笑いながら口を開いた。
「案外親父はお前を社長にするつもりなのかもしれねーな」
「え?」
びっくりしたみたいにアーサーが目を見開く。そして慌てた様子で両手を振った。
「いや、流石にそれはねえだろ。今は血族にこだわらないところもあるけど、お前ん所は2代続いて血族なワケだし、ルートヴィッヒもいる。さっきは甘いっていったけど、でも別にお前で悪いわけでもない。わざわざ俺とか、ありえねぇよ!波乱の種を撒く意味がねえ」
「でも、お前の能力は皆が知るところじゃねーのかよ?」
「そりゃ、今の段階で向いてんのは俺かもしれねーけど、だからっていって、何で俺が!優秀な社員にっていっても、リスクが高すぎるだろ!普通の社員ならともかく、俺はカークランド家直系だし、傍からみりゃ乗っ取りだし、俺が表に出ることになんてなったら多分実家が潰しにかかるだろ!それはねえよ!」
焦って否定する姿は嘘をついているようには見えなかった。それに多分アーサーのいう通りなのだろう。だが、あの破天荒な親父は一体なにをするか分からない。アーサーが無いと思っているだけで、可能性があるのなら引っ張り出されてもおかしくはないのだ。
「お前もしかしてそれで悩んでたのかよ!それは無いから安心しろよ!」
「いや?言っただろ、元々継ぐつもりはあんまなかったって。別に俺は誰が社長になったって気にしねぇから、そういう話じゃねぇんだ。気にすんな」
「…だったらいいけど」
納得がいっていないような顔をするアーサーに笑みを向ける。
「ま、でもな。そろそろ真面目に進路と向き合った方がいいかなって思っただけで…、とりあえずもうちょっと真剣に考えてみるわ」
出来るだけ軽く見えるような笑い声を上げて、「メシにしようぜ」とギルベルトはソファから腰を上げたのだった。


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