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■■ 苦い枕花 ―君の横に眠る時― ■■
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僕は負けてしまった。 僕は君に勝てなかった。 僕は、僕は、僕は…… 苦い枕花 ―君の横に眠る時― 僕は目を開いた。 見知らぬ風景が僕の周りを取り巻いていて、一瞬何もかもが終わってしまったように思えた。 ―――いや、否だ。 僕は一瞬にして、全てを失ってしまったんだ。 今、完全にも僕の身体の機能は全て停止をし、最早ただの肉の塊となってしまった。 空中を漂うような感覚に身を任せながら、僕は色々な事を思い返していた。 沢山のものを僕は失ってしまった。 また、沢山のものを奪ってしまった。 今更ながら後悔の気持ちが湧き上がってきてしまい、僕はどうしたら良いのか判らなくなってしまった。 きっと、僕に、ようやく訪れたのだと思う。 神になりたかった僕が、神に否定され、罰を受ける瞬間が。 ―――そう、審判の日。 そして、僕が全てをもう一度始められる瞬間が。 ……生まれ変わりなんて、信じていないけれど…… 僕は生まれ変われるだろうか。 こんなに罪深い、僕は。 沢山の人の死に直面し、さまざまな人を殺してきた僕。 僕は、僕が正しいと思っていた。 僕が法律で、僕が神だと、本気で思っていた。 ―――そんな僕が生まれ変われると思うかい? 神は、本物の神は、僕に苦しめと言っているのだろう。 お望み通り、僕は苦しもう。 神になれなかった僕は、ただ、人を殺めただけの存在だ。 そんな僕に相応しいのは、地獄の苦しみと、永遠に続く裁きの時間だ。 ―――そう、今度は僕が裁かれる番だ。 ……ははは、なんて惨めなんだろう、僕は。 僕は正しいと思う事しかして来なかったつもりだった。 そしてそれは全て否定されてしまった。 ……君は、どう思う? 僕は結局、君に負けたのか。 僕は負けず嫌いだったから、君に負けてしまったのは悔しいよ。 君はどう思う? 最後まで信念を貫いた僕を褒め称える? それとも、馬鹿馬鹿しい、こんな事をしているからこうなるんだと、君は嗤う? ―――君は嗤うだろうね。僕を嗤うだろうね。 そしてその時、僕の前に見慣れた掌が差し出された。 「―――……りゅ……」 「お疲れ様です、月君」 光に包まれたその手は、僕が取るに相応しくないと思った。 君はあまりにも輝きすぎた。 僕のような汚れた人間が、取るべき掌ではないと思ってしまった。 だから、僕は首を横に振った。 彼は首を傾げながら、ゆっくりと唇の端と端を吊り上げた。 花が咲いたような微笑だった。 僕は彼に触発されたかのように苦く笑いながら、言う。 「僕は」負け犬だ。「君に新世界を見せる事が出来なかったね」 「ええ、そうですね」 「君に勝ったつもりだったのに、最後まで君は、僕の前に立ち塞がるんだね」 「……そうですね、結局は私の勝ち、でしたね」 君にはどんなふうに映っているだろう。 僕の自嘲的な微笑が、君の瞳にはどうやって映っているのだろう。 僕は少し恥ずかしくなって、頭を掻いた。 君に負けたのが恥ずかしかった訳じゃない。 僕が神になれなかったのが、恥ずかしかった訳じゃない。 ……僕がこうして、ここに来てしまった事が恥ずかしかった。 「君は、強かった」 「……」 「君の全てが、僕の上を行っていた」 「だから月君は負けたのでしょうね」 「酷い事を言うね、君らしいけど」 「褒め言葉ですか?」 「褒めているんだよ」僕は笑った。 「そうですか……」君も笑ってくれた。 あの頃、僕は一人っきりだったように思えた。 今考えれば、僕一人で戦っていたのかも知れない。 僕は何も信用せずに生きていた、そして何より僕は自惚れていた。 本物の神がいるとするならば、この後悔こそが、僕に科せられた最大の罰なのか。 そして、君が、こうして手を差し伸べてくれた。 ―――僕は謹んで受けよう、貴方が僕に与えた罰を。 「さぁ、月君」 「―――そうだね、行こうか」 天国も地獄もない。 僕を待ち構えているのは、虚無の空間だけれども。 僕はきっと寂しくない。 君の温かい掌を忘れない。 君の手は温かいね。 罪深い僕の心に、そっと差し込んで来る一筋の明かり。 僕の中にあったたった一つだけの『良心』は、君なのかも知れない。 そんな事を知ったら、君は笑ってしまうかも知れないね。 でも本当なんだ。 結局、何もかもが終わった瞬間を迎えても、僕を救ってくれるのは君なんだ。 「竜崎」 「何です?」 「君がいてくれて、良かった」 「―――……これからも、貴方の傍にいますよ」 失った僕の身体の回りには、花が添えられているかも知れない。 苦くて、悲しくて、切なくて。 それでいて何処か、温かい。 君の掌のような花が。 以前の僕なら、嗤って踏み潰してしまいそうだけれど。 今なら、大丈夫、大丈夫…… 「竜崎、枕花って知ってるかい?」 「―――マクラバナ……?」 「そう、枕花」 「……」 僕の周りには花が添えられているかも知れないけれど。 犯罪者の僕には相応しくない。 僕の墓石は、小さな石に、罪深い名前の彫られたもので良い。 今のような僕には、それがお似合いだと思う。 身体だけでも君の横に眠る事が出来たら、幸せなんだけれど。 僕には花なんて似合わない。 けれど、その百合や菊の花があまりにも綺麗だから。 僕は笑って、君にその花の名前を教えてあげた。 「死者の横に、手向けられる花の事さ」 願わくは、君と同じ花の色である事を。 end †有難うございました† すんばらしい作品を有難うございましたあああああ!! 小説100個記念のアンケートでの受賞作品☆としての作品だそうですが、 投票して良かった…! とても桐瀬さまの世界観や文章がとても好きなので、拝見できて幸せというか…、 頂いてしまって、とても恐縮です!!!あわわわ!!! 沢山いらっしゃる桐瀬さまのFanの方を差し置いてっ!と思ってしまいましたが、 本当に有難うございましたっ! 文中の『僕が法律で、僕が神だと、本気で…』がやけに胸にきました。 そう思っていた月くんの心境がとても、こう…こう…言葉にならないよ!!(泣) 『光に包まれた手は…』の下りも、『君に新世界を見せる〜』の言葉も、 とても繊細で、しっかりと強くて、すごく好きです とてもマクドナ○ドで書いたようには見えません(笑) 最後に、本当に素晴らしい作品の続きを有難うございました!! |