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■■ 音の根源 ■■
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2007.02.15 【like a stray cat】晩和さまのフリー小説を頂ましたvV 溶ける うっすらと目を開ければ睫が弾いた水滴が目の中に流れ込みそして眼球に押し返されて顎を伝わり落ちていく。 常温より少し熱めの熱湯が頭の上、毛髪を濡らしながら全体に伝わり音を立てていた。 四壁に囲まれたバスルームの空間に男が一人入れば窮屈となり水が流れる音だけが聞こえている。 頭から自分がどろどろと流れていく妄想が脳裏を過る。 手をオレンジの照明に当ててみれば其処にはしっかりと存在しているにも関わらず酷く不安になった。 『今日、二人殺した』 ふと何故あの時そう思ったのか、という疑問を思い出したのは家とは違う場所でしかし同じようにシャワーを浴びている時だった。浴槽は流石高級ホテル、ただ広く綺麗だった。 『あの日は塾だった。その帰りで女性を襲っていた奴らが確かトラックに轢かれた現場を見たんだったよな』 ぼんやりと片手で頭の泡を泡立てながら思い出していた。 『直接現場を見てしまったからショックで頭が混乱していたのか』 考えながらやはり片手ではやり辛いなと横に視線をずらした。 湯船に浸かりぼんやりと何もない空中を眺めている男の横顔を見る。 「竜崎、悪いけど少しこっちに来てくれないかい、頭が上手く洗えないんだ」 「お断りします」 感覚を置かずに帰ってきた言葉に重い息をつき竜崎はそういう奴だと手錠に繋がれたままの手を引張られる形で諦めてもう片方で再び頭髪を洗い始めた。 熱いお湯を被りながらあの時と同じように目を開ける。 形をなさない湯気が空中に散乱しとぐろを巻くように換気扇に吸い込まれていく。息を吸えば湿っぽく吐けば体が重くなった。 「竜崎、お前はどうするんだい。僕は手伝わないからな」 少し目を細めて湯船に向かいあう形で浸かった。 足から肩までお湯に犯される感覚。流れこみこのまま溶けてしまえれば煩わしい事は何もないのかもしれない。 竜崎は「私は洗わなくても平気なので」などと言葉を落とす。 「き、汚いだろう!!」 僕はシャンプーのボトルを掴んで竜崎の頭に流し込んだ。 そして両手で泡立てながらその上半身を浴槽の外へと押し倒す。 無言でわしゃわしゃと黒の髪を泡立てていた。 細められた目は何処を見ているのか気力もなくだらんと伸ばされた手は僕が頭を揺らす事にぴくぴくと動いた。 喉仏から浮き出た鎖骨、そして平らな胸板に流れる水滴。 『・・・くそ』 引力に吸いつけられるかのようにその全てから目が離せないでいる自分は頭が可笑しくなってしまったのだろうか。 随分と前からそんな状態が続いている。 ごくりと生唾を飲み込む。 泡が竜崎の目に入ってしまいその目が僅かに苦痛で歪められたが合図だったかのように僕は手をその胸板にそろりと伸ばして口を肩につけた。 竜崎が口を開けた音までが耳に聞こえた。 「・・・なんですか」 「・・・少し黙っててくれ」 そう言い泡だらけの手を離しその腰に手を回した。湯に浸かった泡が表面に浮かび溶けて行く。 『今日二人殺した』 ドクンと心臓が撥ねる。何か大切な事を忘れていてそれを竜崎に伝えないといけない。そう気持ちが焦るのだが脳がそれを拒否するかのように別の方向へと働く。 そこそこ引き締まった太股を重力がない水中の中で力を込めて強く掴み上半身をつけて冷たいタイルの上に頭を預けている竜崎の顔を息が当たる程度間近に近づけた。 出っ張った鼻に噛み付き苦い舌を唇に這わせれば苦い泡の味がした。 「・・・月く」 「頼む、お願いだ、黙っててくれ、世界の名探偵」 ごちゃごちゃと煩い思考を集中させようとそのまま口をつけて舌を潜りこませた。 竜崎が密着させた体を僅かに捩ったので逃がさないように強く手を回し湯に浸かった足と足を縫い付けるかのように絡ませた。 竜崎より僕の方が先に上がったきた息を吸おうと口を僅かに離したが直ぐに足りないと口をつける。 何度か繰り返すうちに手の中の力は弱まる。 「今日・・・二人殺した」 弱まった下で僕を見ていた目が大きく開かれた。 「自白ですか」 「違う」 抱きしめるように熱くなった体を抱きしめた。 「分らないんだ、違う、と僕が思っている。僕自身がそれは一番明確に違うと分っているのに、時折一致しない記憶がある」 はぁはぁと荒い息を整えながら相手の体を無遠慮に触る。 竜崎はびくりと体を震わせる。 「お前に抱くこの感情の正体も分らない。酷く愛おしいが、同時に酷く吐き気がする程に憎らしい」 親指で頬を掴み自分の髪の水滴が落ちる音を聞く。 「なんだ、一体なんなんだ、二人?誰を?そもそもなんで僕はレイ・ペンパーと同じ電車に乗った?何でミサに近づいた?父さんのパソコンに忍び込んだ?それに、僕はいつからこんなにお前にこんな感情を抱くようになっている、一体、何時だ、どんな瞬間だ、分らない、分らないんだ竜崎!!!」 ぜーぜーとふやけてきた体とのぼせ鈍くなる思考回路 縋るようにタイルに磔にした竜崎の体に抱きつけば竜崎はぼんやりとした目で息をつく。 「・・・先日まで極限状態での牢獄生活だったんです、疲れているんじゃありませんか」 「お前らしくない、実にお前らしくない答えだ竜崎」 湯船から上半身を出して指で正面を向かせる。 その目が僕から離れないように目線を絡ませる。 「のぼせてきて頭が思うように働かなくなっています」 「・・・奇遇だな、僕もだよ」 足から潜りこませた下半身をつけるように身をゆったりと打ち付けながらそこでお互い口元を凶悪に歪めた。 「エル」 「キラ」 お互いそう喘ぎの中でそう名前を混ぜながらもう何もかも忘れてこのまま溶けてしまえばいいと毒づいた。 消えるならば手から 最後まで残す場所は最後まで相手を追い詰める事が出来るこの口がいい。 矛盾も正当も全て等しく飲み込んでしまえ。 その間だけ僕の思想からずれが取り除かれるのだから。 ・・・・・・・・ 終 「音の根源」 ・・・・・・・・ †有難うございました† 晩和さまのお許しを戴き、『音の根源』を転載させていただきました!! 本誌の二人が本当に関係を持ったなら、きっとこういう関係なんじゃないかと、 物凄く胸がドキドキしました。 月の中に眠るキラとエルの凄絶な戦いの一部の、それでいて、ハートをがっちり掴まれる文章にクラクラします! 特に『今日二人殺した』のリフレインがとても印象的で、 『頼む、お願いだ、黙っててくれ、世界の名探偵』には痺れまくりました…! 本日でサイトを閉鎖されるとのことで、こんなに素敵な作品が見れなくなるのが寂しいですが、転載の許可など本当に有難うございました!! |