七転八倒堂

【Platonic　Love】

「ネッヅく～ん！チョコ頂戴～！」

　ある日の朝模様。

「いやあああああっす！！嫌っす！嫌っす！！なんすか！その真っ白のタキシードわあああ！！」
　現在も野球部員の体力を生かして疾走する子津忠之介の背後から、タッタカ・タッタカ♪と軽快なリズムを響かせながら、誰かが追って来る。
　辺りから爆走する二人の砂塵やら風圧やらに押されて悲鳴が所々にあがった。
「ははは？これかい？これは正装に決まってるじゃないか！」
　パカラッ・パカラッ♪
「何でこんな所で正装なんかして来るんすかああああ！！！ここ学校っすよ！！学校には、制服を、着てくるもん、っすううううう！！！！」
「ははは、子津くん、息切れてるよ」
「『ははは』じゃないっす！コンチクショウ！馬なんて卑怯っすよ！キャプテンがそんな卑怯モノだとは、思わなかったっす、よ！！！！」
　全力で校舎裏を突破して部室練の辺りまで来た子津が焦りに焦って牛尾の乗ってる白馬を追求する。
「卑怯だとは悲しいな。折角エリザベスに君を乗せて市役所まで行こうと思ったのに」
「市役所？！何すか、それ！！！聞いてないっすよ！！チョコじゃ無いんすか？！」
　我ながら、よくもここまで全力疾走したのに、くたばらないなあ、とか思う。
　しかも、喋りながら。
　それも、一重にこの背後を追って来る『たまに変態』と他人に称される牛尾御門がいつもいつも、自分を追って来る所為なのだが。
「うん、まあ・・・・それはゆっくり話す事にして・・・・、卑怯だと言われるのは本望じゃないからね」
　背後の牛尾がその言葉を口にして、内心やった！と思う。
　因みに『ゆっくり話す』にそう思ったわけでは無くて、『卑怯だと～』の下りである。
　牛尾が馬から下りれば、このまま、撒けるかもしれない。
　と、思ったのが運のツキ。
「そうっすよ！自分の足で捕まえてこそ！っすよね！！！！」
　牛尾を馬から下ろそうとしたこの発言が多大にまずかった。
「ふうん。ま、一理あるかもね」
　後ろの牛尾はとっても綺麗な笑顔で笑ったはずだ。

　ひらり、（降）

　っすと。（着地）

　ドン！！！（加速）

「捕まえたよ。子津くん」
　馬から華麗に下りた完璧男の手に子津はあっさり捕まった。
「チョコ、くれるだろう？」
　急に引き寄せられた体は持久走に耐えかねて、かなり息があがってしまってる。
「ん？子津くん？」
　ぐん、と引かれた体は勢い余って牛尾の腕の中。
　耳元で心地よく囁かれては、落ち付く呼吸も落ち着きはしない。
「キャプ、テ」
「キャプテン、じゃ無いだろう？御門さん、だよ」
　ペロっと耳を嘗められてびくっと竦む。
「う・・・牛尾、せんぱっ」
「強情だね、このコは」
　それでも面白がるように笑って自分を抱く腕に力が篭る。
「子津くん、凄くあったかい。」
（そりゃ、走った後っすからね。汗も出てるっすよ、このまま冷えて風邪でもひいちゃったらどうしてくれるんすか、このバカ！）
「んー、それは困るね。っていうか恋人に向かってバカは無いんじゃ無い？」
「！！」
（っていうか喋って無いっすよ！声に出てたっすか？！）
　声に出してないはずの声を聞き取られて、焦っていると。
「子津くんのことは全部分かるのさ。例え声に出してない気持でもね」
　くすっと笑って首筋を嘗められる。
「んっ」
「潮の味。本当に汗いっぱいかいてるね。このままじゃ風邪ひくから・・・・」
（だったら早く離して欲しいっす・・・・）
　声に出さなくてもも意思が伝わるんなら、疲れてるから声にださなくていいやー、とかちょっとずれて来た思考でそう思うと。
「うん。部室に入ろうね」
「！！都合のいい事は却下っすか！！！その前に部室が開いてないっすよ！！」
　ツッコミを入れて、だから早く離して教室に帰らせてください、と暗に意思を込めると、そこはやっぱりあなどってはイケナイ伊達にユーティリティとは呼ばれてないぞ☆牛尾御門。
「大丈夫。スペア作ったから」
　何時の間にか複写したらしい、部室の鍵のコピー。
「・・・・・・え。」
「うん。僕が部長の時にさ、コピー持ってただろう？それのコピー」
「・・・・・・・・それって犯罪っすよ！！」
「大丈夫さ。何もモノを取ったりするワケじゃないから。ばれないし」
「そういう問題じゃ無いっすよ！！」
　あわあわと慌てる子津を余所に横抱き状態にして部室に引き摺って行く。
「心配してくれてるのかい？大丈夫。これ、僕が寄付したのだから。ばれても怒られないし」
「は？！肝心の所を都合よく変更するのはよして欲しい・・・・って何って言ったんすか？寄付？」
　何を？
　ばたばた暴れながら聞くと。
「部室。他のよりも綺麗だろう？」
　名目は老朽化と、部員の増大、それから映えある甲子園の優勝へのご褒美、として新しく設計されたこの部室。
　広いし、綺麗だし。
　シャワーなんかついてるし。
　最初作られたときなんか、他の部から多大なバッシングもどきを受けたものだが、イケメンの多いこの野球部。しかもなんと言ってもこの牛尾の力も大きく、すぐにその声は収まり、野球部では無いものの、他の部にも大なり小なり、寄付が行われた。
　但し、それはどこからっていうのは、部員には知らされていなくて。
「・・・・・部室？」
「そう。前の部室も好きだったんだけどね。何せ本当に部員増えたし。ちょっと雨漏りとかしだしちゃったからね。この際と思って。僕から」
　くらり。（眩暈）
「で、で、でも。もうこれは学校の管轄のものっすし」
「ああ、大丈夫。校長にも理事長に判子貰ったから。」
「・・・・・」
「それに、まあ。僕だしね？」
　その絶対的な自信はどこから来るのだろうか。
「今日は遅刻だけどいいよね」
　はっと意識を取り戻せば、遠くからチャイムの音。
「あー！僕今日あたるはずだったっすのに！」
　それでちゃんと予習して来たのに。
「まあ、風邪ひくよりマシだよ」
　そういうい風にしたのはどこのどいつだ、そう思ってジロリと牛尾を睨むが、当の本人は涼しいお顔。
「まあ、遅刻っていうか。今日はサボリって事で」
「え？！」

続く≫

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