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【昔語】 『ねえねえ、中宮ってどうして爪に何か塗ってるの？』 『…』 そうそうあれがアタシとアンタの出会いだったわよね。 びっくりしたわ。アンタったらぼやーとした顔でにこにこ笑ってるんだもの。 『これはネイルアートって言うのよ。興味あるの？』 『うん。ねえ、中宮ってオトコの人が好きって本当？』 『…呆れた子ね。そういう事は真っ向切って言っちゃいけないって教わらなかったの？』 『だってびみょ～に気になったから』 『微妙にくらいなら、普通は聞かないものよ。』 『…教えてくれないの？』 『別に隠すようなことでも無いから教えてあげるわよ。ええ、アタシはオトコが好きよ。それがどうかして？』 『ううん。どうもしない。教えてくれて有難う』 『…。アンタって本当拍子抜けする子ね。それが計算でやってるなら今ごろはこの爪の餌食よ』 キラリと光る爪に剣菱はへらりと笑った。 『うわー、痛そうだね。オレ、それは嫌だなあ』 『そうね、アタシだって嫌よ。爪に血がついちゃうもの。』 アンタってば、それはイヤだね、なんて言うもんだから、ついついアタシ笑っちゃったわ。 『悪かったわね』 『何が？』 『荷物移動させてって事よ』 『んー、別にー…まだ荷解きして無かったから』 『…そういう問題なの？ちょっと鈍い子ね。』 『へへ…よく言われる。』 『…誉め言葉じゃないのよ。分かってる』 『うんー…』 『…本当に分かってるのかしら』 紅印が頬に手を当ててこっちを見るから、オレも笑う。 その計算し尽くされたようななだらかなラインは大理石のように美しい。 『…本当に分かってるのかしら。』 『分かってるよー。オレ、中宮と同じ部屋なの、楽しみだから』 そう言うと、普段はちょっと切れ長に流れてるその目が大きく見開かれて、こっちを見た。 『…あなどれない子ね。アタシ、そんな事言って無いわよ』 『うんー。中宮も野球部だって言うし。俺中宮と同じ部屋でよかった。嬉しいよ』 『…。…本当、アナタきっとびっくり箱から産まれて来たのね。…アリガトウ』 剣菱が部屋を替わる羽目になったのは、中宮と一緒の部屋に割り当てられた人物が非難の言葉を吐いたからだ。 当時のセブンブリッチは、成立したばかりで上級生もいなかったから、部屋の配置換えもたやすかったんだと思う。 それについての、小さいアリガトウ、がちょっと可愛かった。 『アンタって本当に抜けてるのね』 アタシがそう言うと、半分寝ながら牛乳を飲んでた剣菱が目を擦りながらアタシを見上げた。 『うんー…。よく生きていくのに楽だろう、とか言われる』 『まっ。何よ、それ。果てしなくムカツクわね』 むっとしたアタシに、剣菱がへら～と笑って『中宮がそんなに怒らなくてもいいのに』と言うもんだから、整った眉をあげてしまったわ。 『別にアンタの為に怒ったワケじゃないわ。アタシが聞いててソイツに腹がたっただけよ』 『そうかー…ありがとー』 『…アンタのためじゃないって言ったの、分からなかったのかしらね』 『うん。中宮は優しいね』 『…。アタシは優しくなんて無いわ。自分のことで精一杯だもの。』 ふん、とアタシはちょっと下品に鼻息を吐いて、ベットに横になって綺麗に塗られている指の爪を見る。 『そうだね。皆そうだよね』 『…アンタって本当によく分からないわ。侮れないわね…、でもアタシもアンタの事結構好きよ。』 『オレも中宮のこと好きだよー』 『恥ずかしいから『も』って言ったのに。恥じらいの無い子ね。…紅印でいいわ。中宮ってそんなに好きじゃ無いの。他人のことみたいで』 『わかった。でも紅印』 『なぁに』 『オレも剣菱っていうちゃんとした名前があるんだよ』 『まっ。立派なこと、言うわね』 『違う』 青痣が出来てるのに紅印が大きく顔を顰めた。 『まぁ。折角の顔が台無しね。投手の命は顔よ？』 『腕じゃないの？』 『顔が良いほうが皆の応援が貰えるわ』 『…そうかなー？』 『まあ、そんなの投げる人にとっちゃ関係無いでしょうけどね』 ぽんぽん、と消毒液を塗られて、イテテ、と顔を顰める。 『剣ちゃん、動かないで頂戴。ちゃんと手当てが出来ないわ』 『うーん、でも痛いんだよー』 『だったら喧嘩なんてしなきゃいいでしょう』 『うーん。』 『アタシのために怒ってくれたんでしょ？』 『違うよ』 『いいのよ。話は聞いてるわ。』 『違うよ』 『…。嘘は吐かないで。そういう嘘はキライなのよ』 『違うよ』 『嘘吐きね』 『ねえ、アタシの初恋の話、聞いて頂戴』 『んー？』 『そのままプリン食べたままでいいから』 『んー』 『ふふ。アタシの初恋はね、小学生の時よ。クラスの担任の先生だったの。とても優しくて、大人だったわ。聡明だったしね。とても、好きだったわ』 『…（もぐもぐ）』 『アタシの母親はね、ホステスだったわ。子供を構うワケでもなかったし、アタシもそれでいいと思ってたから、別にそんな事どうでも良かったんだけどね。アタシの担任の先生はそうは思わなかったらしいのよ。』 アタシがくすっと笑うと剣ちゃんはスプーンを咥えたまま顔をあげた。 『家庭訪問の時にね、連絡つかないから、先生、仕事場まで行ったらしいのね。でも、先生もオトコだから、百戦錬磨の彼女と関係を持ってしまったらしいの。アタシ、びっくりして家でその光景を見たわ。 アタシ、先生が好きだったでしょ？その光景を見て思ったわ。 なんでアタシじゃないんだろうって。 自分でもびっくりしたけど、ああ、そうかって思ったわ。 その時、『その好き』は『恋』だって気付いたわ。失恋だったけどね』 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |