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【また後で】 「・・・ふう・・・」 夕刊の配達でも出来ればいいのだろうが、夕方は生憎部活があるので、その分夜に働かねばならなかった。 「今日はこれで終わりか・・・」 私立でしか有り得ない、特別措置を有り難く受け止めて（主に菖蒲監督が計らってくれたらしいが、あの人はどうやって上に話を通したのだろうか）、労働しながらでも、学校へと行き、野球が出来る事に感謝してから、屑桐は仕事仲間に頭を下げて、ジョギングも兼ねて、家路まで走り出す。 （これくらいの距離が一番丁度いい・・・） 実に家まで２０キロという距離を丁度イイと言うのは屑桐と、村中の兄弟くらいであろうが、そんな事彼にとってはどうでもいい事だった。 ただ、ひたすら走る。 途中に通り過ぎるコンビニの何件もが、若者（と言っても同年輩）に占拠されているように見えた。 この辺りは人口も多く、故に学校も多い。 自分の所の生徒ならば、一発説教でもお見舞いしたい所だが、たむろしているというだけで、声をかけ、その場で乱闘にでもなれば、家にも学校にも迷惑をかけてしまう。 （・・・最近の若者はたるんでるな・・・。何もやる事が無いからこうなるのだ・・・。スポーツにでも精を出せば・・・） 仕方なく通り過ぎ、そんな事を思って、言葉に詰まる。 スポーツに精を出している（のか分からない）芭唐や、（とりあえずは精を出してるっぽいけど素行はあまりよろしく無い）帥仙の夜中の行動を見る限り、自分の理念は微妙に間違っているような気もする。 （・・・アイツらが特別なのか・・・） ううん、と小さく首を傾げたところで、嫌な感じのする路地の奥の方で聞いたことのある声がした。 （・・・どこで・・・） 自分の所の部員で無いのは、分かる。 どうやら路地の奥では、誰かが不運にもカツアゲだか、なんだか知らないが、捕まっているようで、関わるべきか、そうで無いか、悩む。 （どうするか・・・） 乱闘騒ぎはごめんだが、困っている人を見過ごせないのは彼の性分で、仕方なく声のする方に向かう。 「おい」 「だから、びみょ～にお金持ってないって、言ってるんだけど、ね」 「・・・」 声をかけ、顔を覗かした所で屑桐は後悔した。 「・・・あれ？屑桐？」 「・・・」 「ああ？兄ちゃん誰だ？コイツの代わりに金でも持って来たか？」 釈放金ってか？ 数人の仲間の野次の飛ばしあいに、乾いた笑い声が響く。 「・・・・・・・」 しまった、変なのに関わってしまった、という思いと共に、ふつりと怒りも沸きあがる。 （どうしてコイツらは他人の金で自分の楽を得ようとするのだ） 伊達に貧乏をやってなければ、売られた喧嘩も買ってはいない。 ギロリ、と他よりも抜いた身長から畳みかけるように睨むと、相手が小さくたじろぐのが分かった。 しかも目が慣れて来たのか、自分の顔の火傷の痕にも気付いたらしく、一層身を引こうとしてるのに、薄く笑う。 「お前らにも、これと同じものを、つけてやろうか？」 はっきりと一言一句を聞き取れるように殊更ゆっくり、はっきり発音する。 「・・・覚えてろよ！」 眼光は怪しく紫に光り、薄い唇に弧を描き、低音の声で威圧されれば、そこにいたものは震えあがるしか、無い。 どこにでも転がっているちゃちなセリフを吐いて、反対方向に走りだす不良を見送って、小さく息を吐く。 「・・・大丈夫か」 「うん～。屑桐って凄いね。強いんだね～」 「・・・」 返ってくる返事に屑桐は肩を落す。 （どこまで緩いんだ・・・コイツは） まあ、助けてやったのにも関わらず、震えあがって逃げられるよりかは、幾分マシなような気もしないでも無かったが、これはこれで、緩さあまって憎さ１００倍というか・・・。 「いや～びみょ～に助かったよ。後もう少しで紅印にしぼられる所だった」 アハハ、と暢気に笑いながら袋を持ち直す剣菱と共に路地裏から抜け出す。 「・・・七橋はここからでは遠いだろう・・・」 どちらかというと、十二支よりで、華武方面とも七橋方面ともいえないこの場所にいる剣菱に目をやる。 （そういえば、こっちが実家と言ったか？） 剣菱の妹の凪は十二支に通っているし、その関係かとも思ったが、先ほど出て来た『紅印』という名前がそれを否定する。 「あー、うん。ちょっとジョギングも兼ねてー・・・紅印の迷惑料を支払いにね」 なんとなく、２人で歩きながら、剣菱の話を聞く。 どうやら、本日うっかり紅印の大事なものを壊して（他意は無いが）しまい、それを怒られている間に夜は更け、やっとこさ解放されようかという所に、本日紅印自身が買いに行く予定だった化粧水が切れていたので、使いに出されたらしい。 「・・・お前な・・・」 「これくらいでびみょ～に許してくれるなんて、優しいよね、紅印は」 呆れている端から、更に呆れる言葉を募られて、やる気が著しくなくなる。 「ホントに大事なものだったんだ」 紅印にとって、と呟かれて、屑桐は剣菱を見る。 「・・・おい。唇が切れてるぞ・・・。殴られたのか？」 「え？・・・あ、うんー・・・。ちょっと殴られそうになったのを手で止めたらそれが気に食わなかったらしくてねー・・・」 更に倍にされちゃったよ、と笑って唇の端を拭う。 「お前だったら、そのまま切りぬけようと思えば出来ただろう」 その力も持っているのに、それを行わないのはバカモノだ、と言わんばかりの声音に剣菱はゆったりと微笑む。 「逃げるだけなら、したと思うんだけどね～・・・。見つかって出場停止なんてびみょ～に望まない」 何せ今年は華武を倒して甲子園だから、 そう笑う剣菱に眉を寄せる。 「その前に怪我をして入院してたら意味もないだろう」 あの人数で手を出さなかったら、多分剣菱自身が病院行きだろうと指摘すると、確かにそうかも～、と緩く笑われた。 「でも、野球は、体が、資本・・・だからね～。そんなに大怪我はしない自信はあるよ～・・・」 「・・・そうか、それは大層な自信だな」 「びみょ～に鍛えてるからね～」 ゆたり、と笑う剣菱に更にモノを言う気にもならず、そのまま、歩く。 「ところで、屑桐はなんでこんな所に？家、この辺なんだ？」 「いや、家は河川の近くだがー・・・。ジョギングがてらのバイト帰りでな」 「へー。オレ、運良かったんだなー・・・」 「・・・絡まれてる時点で運はよく無いだろう」 それは悪運とかそういう部類ではないのか、と言うと、確かに、と剣菱は笑った。 「でも、良かったよ。ありがと、屑桐」 じゃあ、オレこっちだから。そういう剣菱の緩く手を振る様を見ながら、屑桐はため息をついた。 「・・・そうか」 あの日の出来事から、数ヶ月が過ぎて、県予選の真っ只中。 「剣菱、悪いっていってたアル。朕伝言に来たよ」 お互い一国の主状態で、しかもトップクラスの実力を持つ華武と七橋の主将同士がちょくちょく会う事は勧められるべき行為では無かったが、けして止められる程でも無く、なんとなく、お互い例の場所付近で待ち合わせするようになった。 「用事が出来たのならば、仕方ないが・・・」 どうしてもっと早く連絡を寄越さなかったのか、と屑桐は小さく眉間に皺を寄せた。 （時間に遅れるヤツにマトモなヤツはおらんぞ・・・） 時間は何をしても、容易に１秒を刻む。 時間の大切さは、小さな頃から分かっているつもりだった。 「出かけに、急用だったアル・・・。剣菱の事、怒らないで欲しいよ・・・」 「・・・む。」 小さなコを見ると、己のチームメイトである白春や、弟妹を思い出す為、強く言えずに『分かった』と返す。 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |