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【それでいいだろ】 燦々と降り注ぐ目の眩むような光りに、犬飼は目を細め、手を翳した。 …夏の日差しは殺傷能力がある。 それはついこの間迄はそうは思わなかったのだが、犬飼はそう思うと、それでもピーク時よりかは幾分ましな熱気に襟元に伝う汗を手の甲で拭って、さわさわと揺れる木陰まで歩いた。 「…ーっぁっちぃ」 力漲る青々とした葉の隙間から、光が零れ落ちて、まるで万華鏡を見ている気持ちになった。 …感傷的なのは珍しい。 そう思い、一瞬目を眇めた犬飼は次の瞬間、渾身の力で、その幹を蹴りつけた。 「うぎゃっ？！」 どさっ ある程度の物体が落っこちる音と同時に犬飼以外の声がして、犬飼は片方だけ口角を吊り上げた。 「よぉ猿。猿の癖に授業中に木の上でさぼりか。いい御身分だな」 「っ…！ッテメー！犬飼！オレサマをぶっ殺すつもりか？！用が終われば使い捨て？！…っは！もしや、この大打者に恐れをなしての暗殺…」 打ち身になった場所を確認しながら、制服についた土埃を手で落として睨み上げる。 その顔を見下ろし、犬飼は『誰が』と平然と見返した。 「誰がそんな手間のかかる事すんだ、とりあえず。ただ猿だったにも関わらず、猿が木から落ちた。…ただそれだけの事だろ」 何の悪びれも無く言い放たれて、怒りを通り越して呆れる…なんて事はせず、猿野は大噴火の勢いで立ち上がって詰め寄った。 「バカヤローっ！！ああいうんは、落ちたとは言わねーっつの！卑怯な木にも登れない、４足歩行の犬の陰謀によって落とされたっつーの！」 「…とりあえず、俺も登る」 「…」 息を吐く間も無い程の長広舌を無視される形でかわされて、猿野はがくりと肩を落とした。 「…テメーはよぅ…人の話を聞けよなぁ…。しかも天然なんか故意なんかがいまいちよく分からんとこが…」 「何ブツブツ言ってやがる。ほら、早く登って詰めろ」 虚脱感に木とお友達になりかけた猿野に、犬飼はさっき猿野が落ちて来た枝を顎で指した。 「…はあ？何？お前も日陰ぼっこしたかったの？つか、ナニユエに俺様の涼んでいた木を狙うんだ。あ、あれか？隣の庭の芝生は青いってか？」 「…『日陰ぼっこ』って何だ…。勝手に造語つくんな。それとも猿山ではアリな言葉なのか」 「いちいちむかつく犬だな！ちゃんと通じてんだからいいだろ？！日向ぼっこの反対だから日陰ぼっこ！意味は通じんじゃんかよっ」 「…『ぼっこ』のイメージが違う。『ぼっこ』をナメるな。つか、俺はこの木がいいんだ。早く登れよ。５限が終わる」 言って犬飼は、一向に木に登ろうとしない猿野を幹へと押し付けた。 「ぐえっ？！そんなんで木に登れっか～！…とヨシヨシ。…登りゃいいんだろ、登りゃ…。…あーあ、何故にこんな暑い日にむさくるしく男二人でー…木なら他にも…」 あるだろ。 よじよじと、足をかけられる枝がある所まで、登って行っていた猿野は、にやりと笑い、急いで腰をかけられる枝まで登りきり、下で猿野が登るのを見ている犬飼に笑いかけた。 ニヤッと。 「ははーん。どうやらお犬様はかなりの寂しがり屋な様子でちゅね～♪…ぷぷ。それならそうと殊勝に言ってくれりゃ、まあ考えてやらんでも無かったのによ～っ」 ケタケタと腹を抱えて笑う猿野には、眼光が鋭くなって、気温が一度程低下した下界の事に気づくはずが無かった。 「あ、猿野様のお側にいたいんです、って言ってみろよ。したら、お前を蹴落とすのやめてやらぁ！へへん！さっき落とされたのの仕返しじゃあ！…あー、見下ろす立場って魅力的vV」 手をぱん！と勢いよく組み合わせて顔の隣に持って行き、いわゆる乙女ポーズと称されるポーズで犬飼イジメを堪能していた猿野は、「ほぅ」と云う冷たい犬飼の一言で凍りついた。 「テメーはお仕置きされなきゃ分かんねーらしいな…」 底から湧き上がる、怒りのオーラに猿野は慌てて手と首を振った。 「わー！！ぎゃー！！今のはー」 「バカと煙りはナントヤラ。今すぐ行ってやるから覚悟しろ、猿」 「わーっ！いい！遠慮っ…」 ドヒュッ！ (ひーっ！) 地面を激しく蹴り上げて、幹を忍者のように昇り上げるのに、思わず猿野は心の中で悲鳴を上げた。 ミシミシと、犬飼が駆け上がった反動で揺れる枝から落ちぬように、バランスを整えていた猿野がふと気が付くと、そこには表情の読めない犬飼が猿野を跨ぐようにして立っていた。 「よお」 「…ιΣ！」 ピッチャーの大きな手がぬっと伸びて来て、ワシっと猿野の頭を掴む。 「イダダダダダ！へっへるぷ、みーっ！！いだっ！まじ、痛ー…んっ？！」 がっちりと万力を締めるような強い痛みがすっと退いたと思ったら、短い後れ毛を引っ張られ、思わず目尻に涙を浮かべながら、猿野は顔をあげた。 （あ） チラリと強い視線が突き刺さって、猿野は瞬きもしないまま、犬飼の目を見つめた。 琥珀の色が視界を埋めて、その数秒後、目を閉じた。 暑かった。 暑い中でも、他人の体温が心地いいものだとは、去年までは知らなかった。 つと、唇が離れて、犬飼が言う。 「お前は、オレの傍にいたくねーってのかよ」 それに猿野は苦笑しながら、犬飼の襟首をぐいっと引き寄せる。 「いーや」 これから、別れという選択がやって来るだろう。 犬飼が言って、猿野は笑った。 「ハハ、センチメンタルな犬っころだな」 「んだよ。テメーの事があるから、言ってやったんじゃねえか」 2人の重さを抱えて、枝は軋む。 「何が。オメーはいつも好きなようにやりやがってよ。今更。っつか、お前そっちの枝に移れ。さしものこのミラクルな枝も2人分の重さは支え切れねえよ」 猿野が言って、しっしっと犬を追っ払うように手を動かしたを、犬飼は眉間に皺を寄せて隣の枝を見遣る。 「だから、こういう事だろ。2人分は支えきれねえから、聞いてやったんだろ。お前がミラクルだったとしても」 「『だった』ぁ～～？もっとずばっと『ミラクル』だって言い切れよ。…でも、ま。そうだなあー。2人共、2人分抱えんのは、ちょっとキツイよなあ。」 情熱だけで、周りを振り切れるかといえば、それはNO、だ。 そんな事を思えないだけの、年も経験も積んで来た。 特に、この何年の夏は。 「でもよ。出来ねー事だからって諦めらんねーだろ？オレもお前も、違う道を行くけどさ。一緒にこれ以上な、険しい道に入るんだろうけどさ。道が交わらないワケじゃない。」 じっとみつめて来る瞳を、犬飼はじっとみつめてその意味を探る。 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |