七転八倒堂

　知ってるものなんてこれっぽっち。
　どうせ、死ぬなら、楽しく死にたい。
　そう言って笑った日々を覚えている。

【パラソル】

　ざあざあ雨が降っていた。
　昇降口の先で、オレと犬飼は三寸先の視界さえ遮られそうな、雨の弾丸を見ながらお互いの顔を見合わせた。
「これさあ。ぜってー、傘さしても濡れるよな」
「だな。辰ならさして帰るだろうけど、とりあえず」
　言って、大降りの校門を見る。水溜りが出来ている。
「あー。子津っちゅーも律儀にさして帰るんだろうなー。でもそもそも、オレら傘持ってねえし。」
「つーか、朝晴れてたろうが。何で降るのかが、わかんねえ」
「ぷ。空にケチつけんじゃねえよ。通り雨ってヤツじゃねえのか？待ってたら上がると思うか？」
　どうしようかと、１２センチの差を見上げると、端正な顎のラインがよく見えた。
「さてな。当分上がりそうにもねえけど。」
「ったく、お前が教室にプリント忘れてきたりするからこうなんだぞ」
「うるせえ。そういうお前が教室なんぞで欲情しなきゃこんな事にはなってねえ」
「何ぃ！？オレのせいにするつもりか！？この駄犬！！」
「お前のせいじゃ無いとでも言うつもりか、猿」
「オレだけの所為じゃねーだろがっ！２ラウンドやるつもりなんてオレにゃ無かったのに！！」
「仕方ねえだろ！健全な高校生にムチャ言うな、とりあえず！」
「開き直りか！？タチ悪ぃな！！」
　言葉に言葉の応酬で返す。
　一通りやりあってから、笑いだした。
　笑って、雨の中に飛び出す。

　１秒、顔に雨を感じた。
　２秒、耳を塞ぐような音を感じた。
　３秒、髪が水を含んだ。
　１０秒、全身ぐちゃぐちゃになった。

　犬飼と手を繋いだ。

　どうせ、雨の中、ほんの少し先が見えない。
　手から伝わる体温だけが、お互いの存在を証明しているような感覚に陥った。
　それなら、それで良かった。
　何も考えずに、ただ、駆け出した。

「なー！犬―！！！２人だけみたいだな！！」
　雨に音を消されたのか、犬飼が立ちどまり、耳の近くで叫ぶように吐いた。
「何か言ったか！雨が五月蝿くて、聞こえねえ！！」
「あー！世界に２人だけみたいだなって言ったの！」
　それに、同じようにして、返す。犬飼が笑ったような気がした。
　２人示し合わせたように、キスをする。

「気持ち、イイ」

　笑った。

「生きてるカンジが、する」

　手をとりあった。

「幸せだと、思う」

　はしゃいで駆けた。

「好きになって良かった」

　きっと、この雨の中、こんなムチャをするのはコイツくらいだと思う。
　女の子、こんな風に連れ出すわけにはいかないし。
　食パンとコーヒー牛乳で生きてるようなデタラメなヤツだから、する事だってデタラメだ。
　好きになるなり方だってデタラメだ。
　自由奔放で、ただ好きだという思いだけで走れた。
　明日は明日の事。
　今を全力で。

「犬飼くんは。」

　ある日、告げられた一言だった。

　脳腫瘍で倒れたらしかった。
　この所、体調が優れないとか、そういう話しはでていたけど。

「いぬかい」
　走るしかなかった。
　病院につき、宛がわれた個室に潜り込む。
　誰もいなかった。
　家族は来ていないのだろうか。
　知らない、分からない。知らなくてもいい。

続く≫

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