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【Linda】 風が肌寒くなって来た。 月はワイミーズハウスの責任者に聞いたリンダという絵描きの住んでいるアパートメントに急ぎ、何度も修繕された様子の少々古めかしい扉をノックした。 『どうぞ』 扉に阻まれて少しくぐもった、けれどなお澄んだ了承の声を確認してゆっくりと扉を開いた。 室内は垂れ込めて来た雲に阻まれ薄暗く、 窓辺に座り込んだ女はガランとした椅子さえも無い殺風景な部屋に一層異質に溶け込んでいた。 「………」 息が止まった。 鼓動が、…時さえ止まったかのように思えた。 「りゅ…ざき」 「リュザキ？」 強張った唇から零れ落ちた言葉に、女が反応した。 「彼のこと？」 （…しまった） 扉を開け放ったままただ立ち竦んでいる月には一瞥もくれずスケッチブックに向き合っていた女が反応して、月はその言葉に我に返った。強引に『彼』の視線を断ち切る。 手早く完璧に用件を済ませようとした所で、弱り果てた。窓辺に寄り添ったまま座り込んだ女までの道がない。足の踏み場も無いとはこのことだ。 床には一面、女が描いたスケッチで埋まっている。 いや、床だけではない。それは壁にも、更には天上までもを偏執的に埋め尽くしている。 しかし、誓っていうが、月を脅かしたのはその異常性ではない。『彼』…竜崎の、Ｌの所為だ。 描かれた似せ絵はあまりにも力強く精密で、まるで生きた彼がいるかのような錯覚を起こしてしまった。 悔いる失言をしてしまうくらいに。 …ともかくも、ニアやメロの似顔絵よりこの女への対処が先だ。月はこの惨状と女の言動に困ったような顔をしてみせながら思考を切り替えた。 （この女はニアやメロと繋がりのある人間だ…。『Ｌ』の姿を知っているなんて知られるわけにはいかない。どう挽回するべきか…） 乾いた咥内を湿らせ、ゆっくり口を開いたところで女がそれを遮った。 「貴方、キラ？」 これだからＬの関係者はいけない。 「はは。面白い冗談ですね。私は日本捜査本部の関係者ですが…」 「ああ、ロジャーから聞いた話ではニアとメロの似顔絵が欲しいのよね。もう随分と会ってないから小さい頃の姿になるけど。」 女は再び月の言葉をぶった切ると、新しく捲った白い紙にさらさらと鉛筆を走らせた。 「どうぞ？」 告げると女は紙を千切って折って紙飛行機にし、ついっと投げやった。 器用な手先で折られた紙飛行機が真っ直ぐ月の元へと辿り着いて、月は少しだけ目を細める。 あまりにもあっさりし過ぎている。 「有難うございます。…ですが、いいんですか？」 頼んだのは。僕らですけど…と継ぎながら慎重に口を開くと既にこちらに興味を失ったようにスケッチブックに向かった女の唇が微かに引き上げられた。 「私には関係ないもの。」 その言葉は到底信じるに値しない。 『彼』が『Ｌ』であったことはこの女も知っているはずだ。なのに、こんなに狂気じみた固執を目の前で見せておいて、『関係ない』などと言うのだ。 「信じられない？でも、私には本当に関係無いもの。むしろキラに感謝しているくらいよ。」 「……」 「私は彼が好き。彼の目が好き。あの深い黒、素晴らしいと思わない？どんな絵の具を足してもあんな色にはならないわ。そんな彼が好きなのよ。でも彼にとって私は同じハウスに居た者止まりなの。一生私のモノになることはない。でもね」 女はふふ、と笑うと親指の腹で慈しむように鉛筆の黒を伸ばした。 「私には絵がある。どこにも姿を残すことの無かった彼の、彼の姿を私だけが切り取れるの」 イイ出来、と呟くと女はビリリとスケッチブックから切り取り、その絵を床に落そうとして再び月に視線を合わせた。 「いる？」 「…何故」 「だって貴方、彼の姿を模写することを禁じられた私みたいな顔をしてるから」 まるで魂を抜かれた人形みたい、と無邪気に女が微笑んだ。 胸の裡にとぐろを巻く、バカバカしい苛立ちを隠して、月も微笑んでみせた。 「結構だ」 「そう？」 応えると女は呆気なく指先を開放し、彼の似せ絵はハラリとその場に音も無く舞い降りた。 月はそれを見届けてから、ゆっくりと扉を閉めた。 変わりやすいイギリスの空にはもうあの厚く垂れ込めた雲の姿が跡形も無く流れ去っている。 足早にアパートメントから離れながら、月は一度だけ背後から追ってくる茜差す西の空を振り返った。 照らされた似せ絵は、まるで血が巡っているようで、その存在感に拍車をかけたけれど、 彼は既に死んでいる。 それが正しいことで、また後悔もない。 月が過去に囚われることはない。あの女のことも、前を向けばもうただの過去だ。 憐れな女の中の似せ絵など、欲しいとも思わない。 end. --------------------------------------------------------------- ごめんね、リンダ…。 ありえない設定ですが、楽しかったです。 リンダとＬの歳が近い設定に萌える。 2009.02.22 ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |