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春爛漫。百花繚乱。 鳥が歌うように囀り、 花々は競うように咲き誇る。 気持ちのいい青空の下、鳥は気侭に羽ばたいた。 【籠の鳥・春をひさぐ】＃１ ■竜崎L うららかな陽射しの午後。 授業が始まった校内の、廊下は非常に静かである。 Lは我がクラスの担任である社会科担当の松田が忘れたスライドを取りにゆったりと廊下を歩いていた。 こんな爛漫な季節には、日直であるからと、ごめん取って来てくれるかな！…と頼まれるのもそう悪くはないかもしれない。使いっパシリは性には合わないが、勤続して５年にもなるのにまだ少し要領のえないの松田の授業を聞いているよりは、春の光と影のコントラストを楽しみながら、静かな校内を満喫する方が有意義に思だ。松田には、悪いけど。 （本当は、足早に取りに行って戻った方がいいんでしょうけど…） けれど、この穏やかな、美しい世界を堪能しないなんて、勿体無さ過ぎる。これはLが好む甘味のように甘く芳しい。 （まあ、駄賃のようなものだと思えばいい） どうせ、松田の話はすぐに脱線する。Lがゆっくり行って戻っても、構わないだろう。 そうして、Lは春独特の甘やかな空気に同化するようにゆっくりと歩いた。 なんて、静謐な。 窓から差し込む光と影の真ん中を、深呼吸したり、目を閉じたりしながら歩いていると、目的の社会化準備室から僅かに物音が聞こえた。 （？…先生でしょうか？） この学園には、社会科の教師が２人いる。１学年を受け持つ松田と、２・３年を受け持つ―…。 「ぁっ、ぁあんっ！ライトォ…！…っ、んんっ…んんんー！」 首を傾げながら扉に近づくと、いきなり嬌声が聞こえて、Lはビクリとその場に立ち竦んだ。 甲高い声は、すぐにくぐもっと音に変わった。 （…え、今のなんですか。） あられもない淫らな声に、トップで入学したLの頭脳が、少し曇る。 立ち尽くした扉の前、今もくぐもった声と断続的な机が軋む音が聞こえる。 と、なれば。 ヤってる事は９９％でナニだろう。 （全く…神聖な学び舎で真昼間から頭が痛い…。一体どこの生徒が―…） そこまで考えて、ハタと思い留まる。 聞こえた若い女の声は、確かに生徒だろう。 しかし、相手の男も果たして生徒だろうか？ （…やはり、色事は苦手です…） 学問ならば、沢山散りばめられたどの糸であっても、引けば必ず明瞭な答えがついてくるから得意分野だ。 けれど、色事や人の感情については苦手分野だという意識がある。それに関わると、頭と体の動きが鈍くなって仕方がない。 いつもならば瞬時に分かる問題にとんだタイムロスをしてしまった。 （授業中。社会科準備室。教師かもしれなくて、名前が『ライト』ならばこの学校に一人しかいないじゃないか…） 優秀な教師陣の中で一層名の知れている、最高峰の頭脳を持つ美男子。 引く手数多の勧誘を断って、父上が校長に就任している我が学園を選んだと聞いた。 （成績優秀、品行方正。…どこがだ。） Lは軽く溜息をつくと、軽く扉をノックした。途端に物音が静まった。 「松田先生の授業の忘れ物を取りに来ました」 ハッキリ、くっきり。一言一句聞き取れるように声を上げる。 「西洋史、ポンペイのスライドが必要だそうですが」 「…少し待って」 聞こえたのは、やはり年上の男の返答。入学式の時に聞いたことがある声。 少しだけ時間が空いてから、ゆっくりと扉が開いた。 「ごめんね、お待たせ。」 鼻につくのは、春の陽だまりに混じった精の匂い。 一気に先ほどまでのうららかな気分が壊滅した。 「これであってるかな？」 すっと差し出されて、Lはいつもの摘み方で受け取った。 「…はい。」 多少接触嫌悪のきらいはあるが（自分ではそう深刻なものとは思っていない）、今の今まで情事に精を出していた人間の手からは、尚更普通の受け取り方では受容したくない。 それを見て夜神がふっと笑う。 「手はいつもきちんと洗ってるよ？」 「昔から、こうなので」 にこやかな笑顔に素っ気無く返して、「では」と踵を返す。 「竜崎」 「………」 呼び止められて、チラリと自分のネームプレートを見遣る。ゆっくりと顔だけで振り向いた。 「お疲れ様」 「…そちらこそ、オツトメご苦労さまです、夜神先生？」 あまり表情の浮かばない黒い瞳に軽蔑の色を乗せ、Lは来た道を戻りだした。今度は足早に。 （…最悪の気分です…） ≫０２：夜神月 NOVEL [0]back |