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ただ、静かに隣にあるだけでいい。 大地に水が染み込むように。 【籠の鳥・春をひさぐ】＃４ ■竜崎L 手を握って貰って眠ったら、少しだけ落ち着いた。 ぼんやりと瞼を持ち上げると、夕暮れのオレンジが白いカーテンを染めている。 「やっと起きたか」 「…随分と、眠ってしまっていたようです。」 「松田先生がお前の鞄を持って様子を見に来たぞ」 「ああ…そうですか」 それは悪いことをしたかな、と思う。あまりの気持ち悪さに松田に憤然と頼まれ物を突きつけると、そのまま身を翻してしまった。八つ当たりだ。 「机や鞄を勝手に開けるのは躊躇われたから、中身はそのままだそうだ。一度教室に戻るか？」 「…いえ。そのままで構いません。財布も携帯もその中です」 「もう少し待てば送るが？」 「大丈夫です。一人で帰れます」 「では、気をつけろよ」 「はい。お世話になりました」 起き上がってペコリとお辞儀をする。靴下を取り上げて履いている途中で隣の男を見上げた。 「ハウスに顔を出さないのですか？」 両親はLが３歳の時に天に召された。その時より、ワタリと照が親代わりになった。『親』というと、可哀想な気もするので、『兄』としておくが。 同時期にキルシュの元に引き取られたが、二人とも姓名に変更は無い。キルシュが自分で決めていいと言ったからだ。 最初は二人だった養い子は、数年の後に十数人となった。キルシュが大きな屋敷を構えて、そこに預けられた子や、天涯孤独になった子供たちが集められた。ハウスでは、皆が平等に、キルシュの子供であり、孤児院の先生であるペンバー夫妻の子供だった。 当時ハウスにいた子供達の半数は既に出て行ってしまっている。照もその中の一人だ。 親の姓名をそのままにした照は、彼が高校を卒業すると同時にハウスを出て行ってしまった。 「ああ」と頷く照を見て、Lは表情には出さずに落胆する。 キルシュと照は、一番人恋しかった時に傍にいてくれた人間だ。血は繋がっていなくとも、戸籍上の家族でなくとも肉親のように思っているのに、逢えないと、寂しい。 「…ハウスが、嫌いになりましたか？」 「いや。ただ私が行くと、皆が怖がるだろう」 『それとも、私が嫌いに？』そんな思いを込めて聞くと、真面目な顔をして面白いことを言うのでぷっと吹き出してしまった。 確かに照がハウスを出て行ってから、新しい子供達も増えた。ずっと一緒にいた皆は照の寡黙さにも慣れているが、入ったばかりの子供達は照に免疫がない。顔を合わせただけで泣いてしまった子供もいた。 「それはそうですね」 納得すると、照が「そこは否定する所ではないのか」と渋く言うのでLは笑う。 「その態度、どうにかなりませんか。もう少しにこやかに笑ってみるとか」 「お前に言われたくはないのだが…」 「………」 数年を付かず離れず傍にいたからか、どうもこの寡黙さが移ってしまったようで、Lはとりあえず、今の発言を無かったことにするとじっと照の瞳を見つめる。 「でも、私、寂しいです。」 「………」 昔から、照はこれに弱い。 引き取られたにせよ、天涯孤独になってしまった空虚は如何ともしがたい。生来の生真面目さで照はよくLの面倒を見たが、最初の一年は一人になりたがる事も多かった。 Lはそれが寂しくて、よくじっとその後姿を見つめたものだ。自分でいうのも難だが賢い子供だったので、我侭は言わなかった。でも、それでも、視線で追いかける事だけは止められなかった。 そして照は別の部屋へと移る寸前に、Lを見て躊躇うのだ。そして戻って来て、隣に座ったまま、心を閉じる。 同じ部屋に一人と一人でいて。いつの間にか二人になっていた。境目は分からない。 けれど、いつもこの視線で折れていた照がLにじっと見つめられるのが弱いのは今でもバッチリと覚えている。 だから今回も渋い顔をしたまま「…善処しよう」と頷いた。 「約束ですよ」 「ああ、約束だ」 ちゅ、と額に唇が触れてすぐに離れる。 キルシュの影響か、ハウスの皆は（メロとニア間を除いて）約束する時は額にキスを贈る。 寂しくないように、隣にいるよ、と言わんばかりに。 （…ああ、暖かい。） ≫０５：夜神月 NOVEL [0]back |