|
大好きだった手を叩き落した。 そんな自分が信じられず、ただ、悲しかった。 【籠の鳥・春をひさぐ】＃９ ■竜崎L 窓から顔を覗かせた途端、Lはさっと身を翻した。 部屋の扉が破壊されている。恐らく我慢の限界に来たナオミが蹴り破ったのだろう。 いつかこういう日が来るとは思っていた。 心配ばかりをかけて、申し訳ないとは思うが、そうするより他になかった。夜神の精神は異常を来たしている。下手に動けば何をするか分からない。 危険人物に目をつけられた以上、ハウスを巻き込むわけにはいかなかった。 「L…！」 背後から声が聞こえて、全力で走った。今は一番会いたくない人間だ。 こんな時の為に逃げ道はちゃんと確保してある。万一捕まった場合も、逃亡計画は幾通りも考えているが、それは実行せずにいたい。 「L…っ！」 Lの素早い足でもってしても、照は引き離せない。だが、駐輪場に止めた自転車にはもう目と鼻の先だ。 「待て！どこに行く気だ、Lっ！！！」 目的に気付いたか、照が声を張り上げる。それを一切無視して走って、後、数歩。既に鍵は刺してある。乗ってすぐに走り出せる体勢にはしてある。 後、数歩。 「私に逢いたいと言った言葉は嘘だったのか！？」 言われた途端カクンと膝から力が抜け落ちた。慌てて受身を取って歩道に転がる。ジーパンのロングTシャツを着ているが、もしかしたら擦りむいた箇所もあるかもしれない。 「Lっ！」 声が近づいているのが分かって早く立ち上がらなければ、と思う。けれど、全く躰に力が入らなかった。 「大丈夫か？」 中途半端な体勢で、上半身だけ起こすことに成功したLの肩に照の手が触れた瞬間、考えよりも先に躰が動いた。 乾いた音と共に自分の手は照の手を叩き落としていて、照が呆然とその手を見つめていた。Lも、また信じられない思いで、己が叩き落した手を見つめていた。 意味が分からない。 理由が分からない。 会いたくない理由は、問われても答えられないから。心配する顔を目の当たりにしてなお、何も言えぬ自分が悔しいからだ。 けれど、だからと言って拒絶したいわけではなかったのに。 照の手はなんというか、暖かくない。他の子供達がLの手は冷たい、という。そのLでさえ、彼の手の温度を感じないのだから、きっと相当冷たいのだろう。でも、安心出来る手だったのに。 ぎゅっと握ると、なんとなく心がほっとした。どちらかというと冷たくて怜悧で、過激な考えも持っているが、優しくないわけじゃなかった。一旦心を開いた相手ならば、自分が傷つくのを承知で身を挺するような思慮深さも持っていた。 その手が好きで、だから兄のようにと思っていたけど、いつかキルシュがにこにこと笑いながらレイとナオミのように二人でこのハウスを継いでくれたら嬉しいと告げた時なども、戸惑いはしたが嫌ではなかった。 二人して接触嫌悪のきらいがあるし、淡白な性質なので、まったくレイとナオミと同じように、とはいかないかもしれないが、もしかしたら、あっさりと受け入れてしまう日も来るのかもしれないと思っていた。 だけど、 けれど。 もう、そんな日は一生来る事はないだろう。 呆然と見上げた照の顔が、同じく呆然とこちらを見返していた。 まったく、私たちは兄妹のように、柔らかい部分がよく似ている。 これが見納めだと思ったのに、照の顔がぼやけて見えた。 ≫１０：Final NOVEL [0]back |