ただただ白いその部屋に、
僕は痛みを覚えた。

判然としない、痛み。
灼きつくような、酷い痛みが僕を苛む。

誰もいない部屋。
白で覆われた部屋。
そこにぽつりとノートらしきものが置いてある。
黒い、ノート。

 君を呼ぶ、僕の声…。


『CALL』



 ネオンが目に眩しい程、暗闇を突き刺していた。
 月は騒がしく秩序の無い街を見て、馬鹿げたような物を見るように目を細める。
 酒に酔ったよっぱらいが道端で喧嘩。
 薄暗い路地裏では青年がかつあげをしていて、コンビニの前では少年少女が煙草を吸い、たむろしている。
(全く、どうしようも無い世の中だな)
 キラとして働くようになってから、目に見えての犯罪は減る傾向にあったし、こういう愚行にしても減りつつあるが、漫然として怠惰や悪ははびこる。
(でも、僕が変えてみせる)
 実直で、良い人間だけの世界。完全な楽園。
 僕になら、出来る。そう思い、欲と快楽で支配されたネオンを抜けて家路への道を進んだ。
「夜神くん。」
 不意に車道から声をかけられて、月はゆっくりと立ち止まるように心がけた。
 動揺が一部たりとも表にあらわれるような事があってはならない。
「…その声は、流河か。流河もこういうところに来るのか」
 ゆっくりと降り返ると、黒塗りのリムジンから流河の顔が覗いた。
「ええ、少し用事がありまして。夜神くんも、こういうところには来なさそうに見えますけどね。あまり好きそうでは無い」
 入学式から2日。Lは大学には顔を出さずに、月を少し拍子抜けさせたのだが、こんな深夜に不意打ちをされて、まさにLらしいと思った。コイツがL本人であってもなくても。
「はは、よく分かるね。そうだね、あまり好きな場所ではないけど、コンパに呼ばれてね。これも付き合いだし、こういう事も体験してみないとってところかな?」
「そうですか。2次会は流石に出なかったみたいですね。お酒も入ってないようだ。夜神くんは優等生のお手本みたいな感じです」
「よく言われるよ。それで、流河は何の用?僕と話してていいのか?」
 こいつ、知ってて聞いたな。
 直感で思い、知ってたなら聞くなよ、と心の中で悪態をつく。面倒だ。
 そんな事を臆面にもださず、唇の端を持ちあげて月は穏やかに笑う。
「ええ。もう済みました。丁度月くんを見かけましたので、ちょっと。…乗って行かれますか?家まで送って差し上げますよ」
「いや、いいよ。まだ電車もあるし、リムジンなんかに乗ったら肩が凝りそうだ」
 ははっと冗談混じりに笑うと、Lはあっさり「そうですか」と引く。
「別に気にする事はありませんけどね」
「庶民は気にするものなんだよ」
 言うと、心の底で何を思っているのか、闇を吸ったようなLの瞳孔が拡張した。
「そろそろ、行くよ。路上駐車はあまりいいものじゃ無いし」
「そうですね。お気をつけて。明日は時間が取れましたので、大学の方に参ります。時間があれば、少しお時間を貰ってよろしいですか?」
 少し首を傾げて、お前ならば有無を言わせず従わさせる権力があるだろう。そう思いながら、月はにこやかに笑った。
「ああ。勿論大丈夫さ。貴方のことは父からも聞いてるし、尊敬もしている。僕から頼みたいくらいだかね」
 自分でも少し胡散臭い。何が尊敬しているだ。今の所一番憎い敵なのに。
「そうですか、有難うございます。それでは、明日」
 スモークのかかったウィンドウがすーっと閉まる。
 静に発進したリムジンを目を細めて見送る。
 何が目的で大学に入学したのやら。
 思って、まあ、僕がキラに違いないという懸念の為だけに入学したのだろうと息をつく。
 当たってるから、まったくの無意味だとは言わない。しかし、Lだというのを告げるだけならば、他の手もありそうなものなのに、わざわざ大学入学まで、と思うのが本心だ。
 大学でなくとも、月の不意をつける機会はある。もしも、彼が本物のLならば沢山の人に目撃される事を選ぶだろうか?それが得策といえるだろうか?
 大学でLだと名乗った事の意味が、Lの身を守るという意味の他にもあるのでは無いのかと勘繰ってしまう。
 何かひとつ。少しでも見逃せば、致命傷になってしまう。考えて、考えて月は小さく鼻で息をついた。
 恐らく考えすぎだ。
 大学ならば不意打ちをつきやすい。主に月は大学にいるのだから。ただそれだけの事だろうと月はリムジンに乗って消えた奇妙な青年・Lの様子を思い描いてから、視線を階段へと向けた。
 もしも、そうでなくとも、これから読み取ればいい。
 月は人口の光で闇を薄くした、地下鉄へ繋がれた階段にゆっくり吸い込まれていった。


////To be continiued/////

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