Lは背後に控える高級な調度品などに目もくれず、眼下にそびえる人々の灯した明かりを見下ろす。
 あれは、希望だろうか。
 自分の暗闇に取りこまれない為の良心だろうか。
 それとも。
 暗闇を一層深くする…。
 闇の正体だろうか。

 キラは。
 私は。

 きっとどちらも愚か者だ。


『Call』




 流河が学校に来るというので、朝から気を張っていたが、当人は予告を裏切って昼になってもさっぱり姿を現わさなかった。
 事件に関する新しい報告でも入って来れなくなったか、そもそも来るつもりがなかったのか。
 だが、まだ時刻は昼も終ろうとしているに過ぎないし、講義もまだ残っている。来なかったと言うにはまだ早いだろう。
 月は「来るというのなら朝から来いよ」と心内で密かに悪態を吐いて、また考える。
 こうやって月の精神を擦り減らしてからというのが、流河の…Lだと名乗る彼の作戦かもしれなかった。
「昨日は楽しかったよ、夜神くん」
 キラになってから、Lが現われてから頭を休ませる暇がない。
 思わずこめかみを押さえそうになった月の隣を、昨日のコンパで一緒だったメンバーの一人がそう言って、気軽にぽんと肩を叩いた。
「今度は携帯のアドレスも教えてね」
「はは。僕が他の男に嫉妬されちゃうな」
 慣れなれしいやつだな。心の中ではそう眉根を寄せても、表にはそれを出さない。
「そんな事ないよ。これくらい当たり前だって。でも、夜神くんのそういう所が好きよ」
 はは、そうか、これくらいが当たり前なのか。でも僕はどうでもいい相手のどうでもいいメールなんてとっている暇は無いんだよ。
 すっと体を近くして、耳元に囁くように言う女に、月は「有難う」と答えた。
 少し離れたところで「くそ〜いいな」という同期の声が聞こえた。
 いいものか、こんなもの。代われるなら代わって欲しいくらいだ。
 思っていると、「夜神」と今関わりあってる女よりかは顔見知りの、同じ学部のヤツが声をかけて来る。
 多分僕は撒き餌なのだろうが、この煩わしい女の相手をしてくれるのなら、そんな浅ましい考えも少しは有難いというものだ。
 案の定、再びコンパの話しになる。気がつくと、僕を中心にしている癖に、僕を置いてきぼりに集まった人々だけで話しが進む。
 それに適当に相槌を打っていると、背後から声が聞こえた。
「夜神くん」
「流河」
 そのいでたちと、独特の雰囲気に人垣が割れる。
「こんにちは、皆さん。何の話しです?」
 流河が口元に親指をくわえながら、聞くと周りは「ああ、うん。ちょっとな」と話しを濁しながら一人づつ去って行った。こういう変人に関わろうと思わないのが普通ってものだ。
 僕だって、好き好んで関わりたいとは思わない。・・・が正直少し助かった。
「良かったですか?」
「何が」
「お困りのように見えましたが」
 言って流河は首を少し傾けた。
 こんな事に嘘をついても仕方がない。どうせ、流河も分かっている事だろう。月は素直に『有難う』と答えることにして、弱々しい笑みを向けた。
「少しね、正直いうと困っていたかな。皆受験から解放されて羽伸ばしをしているんだろうけど…」
「恐らくそうでしょうね。…月くんも同じく羽を伸ばそうとは思わないんですか?それともその必要はありませんか、月くんは稀に見る優等生ですから」
 天才といわないところが腹立たしい。優等生ならいくらでもいるだろう、と言ってやりたくなる。
「ははっ。僕だってたまには羽を伸ばしたい時もあるさ。優等生は人間だからね。それより、流河こそそう思ったりしないの?天才だから平気なのか?」
「天才でも人の子です、休息は必要だと思いますよ、私に限らず」
(否定しないのかよ…)
「そして今こそがまさにそんな気分です。最近外に出ていませんでしたからね」
「そうか、それは大変だな」
 世界一の探偵は。
 心の中で皮肉も込めて呟く。Lは「まあ、趣味ですから」と答えた。
 外なので、あまり詳しいことは喋れない。傍で聞いていたら「天才が趣味?」とチンプンカンプンな会話に聞こえただろう。Lは「まあ、趣味ですから」と答えた。  だが、心の中で付け加えた言葉は当然流河にも伝わっている。
「昼は食べたのか?そうだったら、少し早いが講堂に向かおうじゃないか。流河は、目立つからね」
 趣味で探偵をやってるのか、お前は。
 ちょっとばかり突っ込みたい気持ちを抑えて、月は「そうか」と呟き、いまだ突っ立っている流河を見上げる。
「私、目立ちます?こんなに質素な格好をしているのに、変ですね…?」
 流河は心底心外だといわんばかりの様子で、びろっとよれたTシャツの裾を引っ張り首を傾げる。
(お前は言動が目立つんだよ。今のそれだって目立っているのが分からないのか…?)
 本気で言っているのか、そうでないのかよく分からない流河に、月は半眼で彼を窺ってから立ち上がった。
「食べたって事だよね?」
 食事をしたか、との返答はまだだったので、もう一度聞く。今度はすぐに「ええ」と答えが返って来た。そのまま講堂へ向かう。
 講義が始まる前の教室は当然がらんとしていて、大講堂はその殺風景な虚無感に拍車をかける。
 月はさっさとその講堂の、後方、窓際の席に座った。
 続いて「隣、いいですよね」と流河が聞きながら、けれども当たり前のように月の横に座った。
 少しして、ぱらぱらと学生が集まってくる。
 中には月の姿をみつけて、声をかけようとする者もいたが、彼らは一様に流河の姿を見ると、さっと視線を逸らした。流河には、興味本意で声をかけ難い雰囲気を纏っている。
 もし、声をかけるとするなら、ずっと真面目に流河が講義にでていて、それで一週間という所だろう。
 今の所はいい虫除けだ。
 月は思い密かに鼻で笑った。稀代の名探偵を虫除け呼ばわりする自分が痛快だった。
 少しづつ、ざわざわと講堂は雑談に賑わしくなってゆく。その中でぽっかりと流河と月のまわりだけ席が空いていて、少し離れたギャラリーは主席同士の2人がどんな会話をするのか興味深々なのだろう、他愛無い会話をしながら、耳をそばだてていた。
 しかし、月と流河は今の所一言も発していない。
 世間話も、キラに関する話しも。
 それをさせない雰囲気が流河にあって、それで月はその意思に沿って口を噤み続けた。
 先手必勝とはいえ、前も見えず先に進もうとするほど愚かではない。
 こいつがLと名乗ったことからキラであると疑われていること必至だ。
「夜神くん」
 教師が室内に入って来た。
 同時に流河が口を開く。
「何」
「この後、予定は空いていますか?講義はもう無いですよね」
 言われて、月は「ああ」とだけ答えた。
「テニスをしましょう」
「テニス?」
「はい。私が名乗った事から、夜神くんも、緊張していることでしょうし。まずは親睦を深める為にテニスでも。何時の時代も体を使ったコミュニケーションが1番最適ですからね」
 助け船のような最初の言葉に正直月は面白く無かったが、軽く「いいよ」と答える。
 これは僕達が平等であるという事も含めたニュアンスだ。
 流河は今、僕達は平等であるという姿勢をとっている。何故なら月をキラだと疑っているから。一般人である月に捜査の要請をしても、それは一般人の好意で手を借りる事。月が今本部である捜査員の一員になるのでなければ、上下関係は無いに等しい。そこを利用してLは此方に踏みこんでくるのだと考えた。下手な上下関係はお互い探り合うのに、邪魔だ。
 壇上で教授が話し始めるのを皮切りに再び2人の間に沈黙が落ちた。
 こいつがLかと。こいつがキラかと探っていく第一歩を僕達は上手く演じ切ったのだ。



 あれから、一週間が過ぎた。
 私は、彼からの約束を取りつけた。
 この本部で捜査員とあわせることによって、彼と捜査していく事を。
 彼により近づく事を。

 とんだ茶番だと、私は思う。
 それでも、それでも、それでもだ。

 私は彼がキラであるという、確信を確かに持っている。
 彼は、それを知らない。
 彼以外の人間も、それを知らない。
 
 周りを欺き続けるのは、彼と同じ。

 それでも私は願わずにはいられない。
 思わずにはいられない。


 眼下に広がる無数のネオンは、彼にとって、光だろうか。
 私にとって、光だろうか。

 苦い苦い判断だ。

「本当の愚か者は私のようだ」

 Lは小さく呟き、そして目を閉じた。



////To be continiued/////

2005.07.06


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