そっと そっと 世界で一つだけの 硝子細工を 持つように。
 私は そっと そっと 想い続ける。


『Call』




 月とLがテニスの対決を行ってから、三週間。


「夜神くん。」



 Lは1週間前「その捜査本部に夜神くんを連れていけば、捜査に協力していただける。そう解釈していいんですね?」と言い放ち、更に「では、夜神くんの都合がいいときに。勿論、此方で一緒に捜査して貰えるのはあり難いんですが、今言った通り、キラに殺される可能性も大いにあり得る。もう一度よく考えて、それでも良いと思ったら私に電話してください」などと言い、流河の携帯のアドレスを渡して来た。
 キラかもしれない月に時間を与えるなんていい度胸だ、と思う。Lの事だ。ここまで言うからには偽の捜査員を用意してないから、時間を与えたなんて言わせない。
 それでも月は「そうだな、じゃあもう一度よく考えてみるよ」とアドレスを貰うだけにして接見は終わった。
 それから、Lは月から連絡があるまで大学に出て来ないのかと思えば、そうでも無くて、Lはちょくちょく大学にやって来ては、月に積極的に接触するワケでも無く、大学生活を進めているように見えた。このごろはLの周りにも多少の人物が話しかけているのを見かけた。
 これは、流河がLではないという、Lの代理人だと思わせたくてしている行為なのだろうか、と思う。思った端から違うだろうなと否定する。こんな馬鹿げた事でLの代理人だと思うなんて、それこそ馬鹿げている。
 頃合も丁度いい。一週間は長すぎもせず、短過ぎもせず。人が命をかけて捜査するのだと踏み切る時間として十分な時間の筈で月は流河に声をかける事にした。
 微かに出来たLの取り巻きをゆっくり遮る。
「流河」
 声をかけると、流河の周りは好奇心たっぷりに月と流河を見遣った。
「講義終わってから時間あるかな?」
「ええ。月くんからの誘いであれば、いつでも空けますよ」
 流河が僅かに唇の端をあげて言いのけると、数人の女子が「ええー」と黄色い悲鳴をあげた。いつの世代も、好奇心たっぷりで恐いもの知らずなのは女だと月は思う。
「私達の誘いは断っちゃうのに、夜神くんの誘いはのっちゃうんだー」
「ええ、私は夜神くんに興味がありますから」
 流河の返答に女子は「何それ、意味深〜!」と騒ぎ立てる。もしかして流河くんて、そっちの人―?とからかうように言うのに、月は鈍い頭痛を覚えた。
「それじゃあ、また後で」
 月は否定したりするだけ無駄だと思い、踵を返す。流河は思ったよりもよく級友達との付き合いをこなしているようだと感じた。

 その後も、何度も大学にやってくる流河を月は一人訝しく思った。
 彼は何がしたいんだ。
 これでは、少し休みがちなただの大学生だ。
 捜査本部に行った限りでは、流河が今までのLであることは間違いなさそうだった。
 勿論自分の目で見る流河も。
 しかし、そこに今迄執拗なくらいに追い詰めてくるそんな感じはなくなったように思った。
 そんな事を思っていた瞬間だった。
 
「夜神くん」
 声をかけられて、月は振り向く。『流河』といいかけた自分にLは人差し指をたてて、「しー」と声をあげさせないポーズを示した。
「…?」
 思わずクエスチョンマークを浮かべた月に、Lは「追われてます、匿ってください」と楽しげに笑った。
 一体どういう事だ?思って訝しげにLを見遣る月に、彼は「早く」と月を急かせるだけだ。
 遠くから「くそ、あいつ逃げ足速いな」と同じ学部の奴等の声がして、月は仕方なくLの手を取ってこっちだ、とすぐ傍の印刷室に押しこんだ。
 声の主の級友達は月と見かけるとすぐに「流河こっちに来なかったか?」と口を開いたので、月は古い手だが「あっちへ行ったよ」と嘘の情報を教える。彼らは特に月を疑う事もせず、「サンキュー」とその場を去っていった。
「一体どういう事だ?」
 扉越しに話しかけると、Lはゆっくりと扉を開けた。
「彼等が戻ってくるとも限りません。早く中に入ってください」
 きょろきょろとどんぐりのように開かれてる大きな瞳であたりを見回すLの提案に、月は仕方が無く従った。
 パタンと扉を閉じてもう一度「どういう事だ?」と聞く。
 するとLは悪びれもなさそうに、答えた。
「どうしてもですね。彼等が月くんと一緒にコンパに出ろというのです。それで、面倒くさかったので、では、ケーキバイキングで私に勝ったらいいでしょうと答えました。勿論経費は負けた方持ちで。」
「…それは、当然流河が勝つだろうな…。思わぬ伏兵でもいない限り。それで、折角だからと食べまくって、追われているというところでいいな。…何やってんだ…」
 それが世界の探偵のやることだろうか。意地汚い上に捜査をこれっぽっちもやっていない気がする。それともこれが作戦の一環だろうか。
「面白いですね、ケーキバイキングというのは。私はあんなに大勢で食べた事はなかったので、とても楽しかったですよ。夜神くんも今度は一緒に行きましょう」
「・・・やだね。考えただけで胸がムカムカしてくるよ。流河はよくもあんなに甘いものが口に出来る。お前の胃は鋼鉄か何かで出来ているんじゃないのか?」
「…さりげなく失礼ですよ、夜神くん。糖分は頭を回すのに必要なんですよ。まあ、ある程度俗説ですけど。鋼鉄かどうかは、確かめてみればいい」
「は?」
 一体何を言い出すんだと思えば、Lはぱこぱことサンダルを履くようにして潰した踵で音を立てながら、月の至近距離までやって来た。思わずたじろぎそうな月の前で、Lはべろりとシャツの裾を持ち上げてみせ、月の手を彼の腹部、胃のあたりに導いた。
 さらりとした肌の感覚が月の手に伝わる。
(何だ!こいつは!!!)
 こんな振る舞いをされたのは始めて思わず月は力任せに手を捻り離した。
 少しだけ顔に朱が昇る。
「・・・?どうかしましたか?」
 下から掬い上げるようにして顔を近づける流河に、月は今度こそ一歩後ろに下がった。腹の立つ事ではあるが。
 とん、とドアにぶつかった。
「どうも…こうもあるか…。何考えてんだ、お前は。以前は以前で『僕に興味がある』とか人の前で言うしな」
「…はあ、すみません」
「お前ならあれがどういう風にとられたりするか分かるだろうが」
 Lと付き合う時間が過ぎる毎に、優等生の甘いだけのマスクは剥がれて行く。
 苛立ちを露にする月に、Lは小さく笑った。
「なんだ、どうして笑う。不愉快だ」
 目線を鋭くしてLを睨むと、彼は尚もくっと忍び笑いを漏らした。
「いえ、どうしてそこまで分かっていて、その後には気付かないのだろうと思いまして。」
「は?」
「そんな風にとられると分かって言った言葉は、それが必要だからですよ。分かります?分かりませんか?こんなにアプローチしているのに」
 Lは尚も笑い、月との距離を縮めてくる。
「・・・まさか、嘘だろ・・・。普通捜査の為にこんな作戦をとるか?お前ならやりそうだとは思ってはいるが・・・」
「おや、心外ですね。どうして嘘だと思うのです?捜査の為に、と言われれば、そうですね、しない事もないですが。私、本気ですよ」
 Lが喋るたびに、消化しきれない甘い匂いが漂ってきて、月は眉を寄せる。
「キラの件は、キラの件。夜神くんの件は夜神くんの件。大丈夫ですよ、私は器用ですから」
 何が大丈夫なんだ、月は今にも怒鳴りつけたい衝動を抑えてLを睨みつけた。
 Lは薄く笑う。
 その笑みが気持ち悪いと思った。
 それが顔に出ていたのだろうにも関わらず、Lはさらりととんでもない事をしでかした。
 1秒で、Lと月の距離は0になる。
 甘く辛辣な唇が月の唇を覆った。
 驚きに目を見開いたままの月の目にぼやけたLの顔が見えた。
「では、匿ってくれて有難うございました」
 ゆっくり離れたLは、そのままいつもと同じ顔でいい、月の脇を通り抜け、姿を消した。

「なんなんだ・・・」
 月は険しい顔で拳を握った。


////To be continiued////

2005.07.06


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