黒い夢が襲ってくる。
 人の死を願ってこのノートに書き込んだ時に、こうなる事は予想していたのに。

 荒い息を抑えて、夜の闇に彼は目を凝らした。




『Call』



「夜神くんはニュース、見ましたよね」
 ひっそりと雨が降りしきる中、Lが小さく呟いた。
「・・・ああ。キラはやはり神ではなかった・・・ってやつだろ?」
「ええ。キラが誤認逮捕した人物を裁いたというアレです。これでキラは本当にただの人殺しですね」
「ははっ、最初からキラはただの人殺しだろう?だから、僕達は追っている」
 さあさあとと外部の音を遮断するように、キャンパス内の建物と建物を繋ぐ壁の内廊下を歩く。
「顔、悪いですね」
「・・・。あのさ、流河。笑えない冗談はやめてくれよ。そうやって僕がキラかどうか確かめようとしているのは、分かるけど」
 不機嫌に言い放つと、Lは「そんなつもり、ちょっとしか無かったんですが」と更に腹が立つようなことをさらっと言う。
「本当に顔色が優れないように見えたので、少し笑わせてあげようと思っただけなんですよ」
「・・・お前ね・・・」
 だからと言って顔が悪いといわれて笑えるヤツが果たしてこの世にいるのだろうか。
「夜神くん。夜神くんがキラだとか、そういう事は置いておいて、医務室に向かいましょう。少し休んだ方がよさそうですよ、本当に」
 どうせ単位は足りるのでしょうから、と月の腕を引っ張るLに仕方なしについてゆく。
 確かに、梅雨前の気温の変化と、ストレスにどうも体調が芳しくなかったし、もしもこれもLの策だったとして、寝たふりをしてしまえば問題無い。それよりもこのまま無理をして悪化させた体でLと渡りあう方がより危険なように思えた。


「良かったですね、ベットが空いていて」
 基本的に、義務教育でもなんでも無いので、医務室なんて無いも等しい存在である。
 具合が悪ければさっさと帰れという話しで、ベットなんておざなりに一つ置いてある程度。保健医もおらず、許可は事務にとって、勝手においてある薬を飲めという程度の薬しか置いていない。
 月はLに促されるまま、ベットに座り横になった。
「どうしましょうか。別段風邪というワケではなさそうなので、そのまま寝てしまった方が良いと思うんですが」
 Lが薬箱と月を見比べながらそう問うたので、月はそうだな、と答えた。
「多分、寝不足ってだけだと思うし」
「そうですね、月くんには勉学の傍らこちらの捜査まで手伝わせてしまっていますし。寝不足になっても仕方ないと思います」
「・・・」
 どうも、何度もLに助け舟をだされているよな気がしてならなかった。漫然としたもやもやが胸の内を占める。
 きっと、これもこちらの手の内を探る手段の一つなのだろう。油断させて、油断させて、月の手の内を読もうとする。
 それならば、きっとこの間「好き」だと言ったのもやはり捜査の一環だったのだ。やはり。
 月は少しだけの本当の可能性を考えて、やはり少しだけ狼狽してしまった自分に腹を立てた。うかうかと騙される所だった。Lに。
 まだまだ甘いところがあるのだ。
 そう、自分を戒める。
 そうで無いと、ぐらつく自分を支えきれなかった。
(あれが誤認逮捕だったなんて、Lの情報操作に決まって、いる。なんせ死刑囚を自分だと言ってTVに出演させるような、男だ)
 その可能性は、すこぶる高い。
 月は、やはり、そうだ。と心の中で呟き、履き潰した靴をぱたぱたと音をさせながら月の隣にやって来たLに目をやった。
「悪いね。でもただの寝不足だろうから、心配いらないよ。今日は流石に休ませて貰おうかな、と思うけど、またすぐに捜査の方にも顔を出すから。・・・だから今日ももう帰っていいよ」
 そうLを見ながら決めると、少しは心に余裕が出来た。
 この食えない男の策略だと、本人を目の前にするとすんなりそう思える。
(僕は間違ってなんていないさ)
 月が微かに微笑んで言うと、Lは視線を天上に投げ、頭を傾げたまま少し制止した。
「いえ。心配なので、もう少しここにいます」
「・・・」
 考えが固まったのか、親指の爪をかりっとやりながら言ったLに、月はどうやって返そうかと考える。
(こうやって親切なつもりに見せながら、ちびちびいびって行くつもりか?)
「いや、流河には、捜査のこともあるんだから、早く帰った方がいい」
 こんなやり取りで、Lが月を本気で追いつめようと思っているのならば、それを覆せるとは思わなかったが、月はぐらぐらとする脳のせいで、ろくに言葉を選べなかった。
 Lはそんな月をじっと見る。
「・・・そうですよね。私が隣にいれば休まるものも、休まりませんよね。それは、分かります」
「流河、それは―――僕がキラだという前提に話されている話だろう?お前も」
「いえ。ただ、単純に疑われている者に対しての気分の問題としての話です。すみません。言葉を選び損ねました」
 殊勝に。本当にそう見える態度でLが瞼を伏せる。
 月はそれに激しい殺意を覚えた。
(なんだ―――、なんだ、こいつは。Lはキラを相手にしてるんだと思ってる。こういう作戦もありかもしれないが、)
 猛烈に気に食わない。
 欠片も嘘だと思わせない演技に、月は吐き気を感じる。
 自分がやっている事を棚上げにしているとは思うのだが、そのLの演技の対象が自分へのそういう気持ちに向けられてりる事が逆鱗に触れる。
「月くんが寝入ったたら、私はここを出ます。夜神さんに連絡・・・いえ、何もしない方がいいですね。兎に角、私は帰りますから。少しだけここにいさせてください。」
 Lの静かな声音に感じる激情を、月はかろうじて抑える。
 もう口を開く事も億劫だった。「分かった、好きにしたらいい」と月はそっけなく答えて、目を閉じる。
 キラか、そうでないかとLに疑われている時分に、月はこの態度は失敗だろうと思ったが、今は早く眠りたかった。
 眠ったところで訪れるのは悪夢だと分かっているが。
「有難うございます」
 Lはそう呟いて、気配を殺した。


////To be continiued////

2005.07.06


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