気持ち悪かった。流河という存在は。Lという存在が。




『Call』


 月はあの後、計り知れない眠気に襲われた。
 しかし、じっとりと襲ってくる恐怖心に、深い眠りに陥ったわけでも無いのにうなされかける。意識を強く保とうとしなければ、黒いものは容易に月の内に侵入してくる。
 悪夢に陥るその刹那、ひたりと冷たい感触がした。
 意識が少し浮上する。
「・・・。」
「気にしないで下さい。大丈夫ですから」
 その、少し冷たいLの手がそっと月の指先に触れた。
 指先と、瞼の上。
 きっと血の気の引いているだろう、月の手や顔にでさえ、流河の手は冷たく感じた。
 冷たくて、それ以上に暖かく、安心させる波長。
 他人から与えられる安心感に、月はうとうとと何もない真っ白い眠りに誘われる。

「月くん」

 思いもがけず、優しい声。
 月はそれに多少驚いた。驚いたが、かくんと眠りに落ちた。



 夕陽が刺さって、月は目を覚ました。
「ん…」
 そのオレンジの光がとても眩しかったので、手を翳そうとした月はそこでピタリと動きを止めた。
 流河の微かなうめきが聞こえたからだ。
 一瞬で月は頭の中を整理する。
 ここは、どこだ。
 視界は眩しいばかりの西日で、視力を失っているも同然。しかし、流河が握っている手と、固いベットと。それで、月は思い出した。ここはまだ大学だ。
(こいつ…帰るって言っておいて、まだ帰ってなかったのか…)
 ゆっくり上半身を起こす。
 Lは自身の両足に頭を置いて寝ていた。
(まあ、こいつも父さん達と同じで不眠不休で捜査してるんだろうから、帰る前に落ちたんだろうな…)
 疲れてて、月が寝てしまったので、うっかり寝てしまったという所だろう。
 月は小さく溜息をついて、Lが握っている己の手を引きぬこうとする。
 そこでギクリと体を強張らせた。
 まるで祈るように握られている、Lの両手。
 ぞっとした。
 思わず月は残されている片手で口を覆う。
 気持ち悪かった。
(コイツ…っ)
 そこで月は悟った。
 あれは、本物だ。あの告白は本物だと。
 ぞっと、した。
 あれが演技では無く、本当なのならば。
 怒りによる吐き気は、得体の知れない吐き気に変わった。
 男にそういう感情を抱いているらしいLに拒否感を感じたのではない。
 ただただ、恐かったのだ。自分がそれに呑まれる事が。
 到底それを利用して、Lの正体を暴いてやろうと思えない。そんな不可侵の領域を歩いている気分。
 これ以上深く関われば、それに呑まれてしまう自信があった。全くもって不本意だが。
 でなければ、この男の自分と同じ体温に安らぐはずが無い。敵でありながら、その優しげな声に心を許してしまいそうになる筈が、無い。

「流河」

 月は一応の寝不足からの解放を得て、素早く感情をコントロールした。
 Lの手から自分の手を抜き出す。努めて普通の声を意識して喉から押し出した。

「流河、こんな所で寝ていたら、風邪ひくよ」

 ゆさゆさと体を揺らすと、Lはうめいてから顔を上げた。
 月の顔を半分眠った表情で凝視する。

「良かったですね…、先ほどよりも顔色がいい…」
 ふわり。
 普段見せたこともない表情で笑ったことなど、Lは気付いていないだろう。
 月はそれに気付きたくは無かった。
 思わず瞠目した月に気付かず、Lは辺りを見回した。
「・・・約束を破ってしまったようですね。どうやら。寝入ってしまったようです・・・」
「・・・ああ」
「もう5時ですか、結構な時間を寝てしまったようですね。帰りましょう。・・・送って行きましょうか?」
「いや、いい」
「そうですか。それでは、私は先に帰りますね」
 随分と予定を変えてしまいました、とLは携帯からどこかに電話していた。
 どうやらLは、約束を反故してしまった事と、月の体調が随分よくなっている事で簡単に引き下がったようだった。
「僕は少し教授に用があるから…、先に行ってくれ」
「そうですか、分かりました。それでは、また」
 言ってLは姿を消す。
 月は暫くしてから洗面所で異物を吐瀉した。



////To be continiued////

2005.07.06


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