死んでもいいと思った。
 それはあながち間違いではないと思う。



『Call』



 震える手で、兄妹2人、生きて来た。
 私には妹がいて。物心ついた時にはもうそこにいた。
 捨てられたのだと、言っていた。そこにいるごろつきは。
 生後1年くらいの私と、産まれて間も無い妹は、薄汚い路地に捨てられていたのだ。
 幸いそこを根城にする老人が、私が言葉を理解するまでは育ててくれた。
 ただし、界隈のつまらない騒動に巻き込まれて死んでしまったが。
 それから私は。まあ、才能というのですか?小さな頃から稀有な頭脳の持ち主でしたから。同年代の子供と比べて口達者でしてね。
 しかもそこにいる全ての者は自分が生きるだけで精一杯という感じで。つるんで何かしようというような事は無かったです。一時的に手を組む事はあっても、基本的には。何時裏切られるか分かりませんからね。
 それで。妹は、元々そんなに体も強くありませんでしたから。私が一人で守っていくような環境でして。彼女だけは私を裏切らない存在でした。
 彼女も私以外に頼るものもいない。私と彼女は2人でひとつ、そんな感じでした。
 そんな環境のところですから、自分を証明する名前なんていうものは存在しません。
 私達はその存在すら忘れる程、名前というものは遠くにあったのです。

 私達に、初めて名前のようなものがついたのは、その辺りに手を伸ばして来たマフィアのような研究員が来た頃でした。麻薬をね、売るんですよ。売るというよりも試すという感じですかね。ドラックを欲しがるお偉いさんは結構いらっしゃるようで。まあ、普通の家庭でもいたり、いなかったり。
 まあ、そういうワケで、私達はそれを売る為の実験材料だったのです。
 薬を投与され、症状を研究する。マウスなんて小さい動物では実際人間に使った場合の症状がわからないでしょう?
 私は、流れてくるその悪意に、気付けました。何かが、可笑しい。そう思えたのです。
 最初は、わざと奪われる、そういう呈でばら撒いていました。スラムの子供は、…大人も、人間というものを信用していません。だからこそ、見返りの無いものは全て悪意だと取るような人間は、自分が自分の力で奪ったものには、あまり不審を抱きません。
 そこからが最悪です。
 それを止める術がないのですから。
 一度服用すると、脳がやられて野垂れ死ぬまで、ドラック使用の毎日です。
 ここにはいられない。そう思いました。狂った人間に殺されかねません。
 だから、私は彼女をつれて、そこから逃げようとしました。
 でも、どこへ?
 私達はそこから離れて生きていける手段なんて到底持ち得ませんから。
 私は逡巡しました。それが仇になったのか、そうでないのか。
 いえ、多分。仇になったのでしょう。
 きっと私ならば、あ・・・鼻持ちなりませんか?まあいいじゃないですか。一応世界で1番の探偵っていうことなんですから。これくらい。・・・そう、それで。私くらいの才能の持ち主ならば、外でもきっとちゃんとやれていけたはずなんですけど。
 その時持ち得た私の知識は、果てしなく少なかった。そこが全てでしたから。
 まだ、生きていくだけに必死でしたから。もう2年、せめて1年それが遅かったら違っていたのかとも、思います。しかしもう終わった事。その時私は逡巡してしまった。
 そこに、まだ普通な人間がいるという情報を聞いて来たのでしょう。
 そこの人間が見所があると言って私達を受け入れました。
 最初はただの物珍しさだけだったのかもしれませんが。
 どうせ生きているのかいないのか分からないような人間。実験台でも良かったのでしょうが、折角だから使える手足にしようと思ったのでしょうね。
 まだ子供でしたし。その頃から植え込んでいれば、反抗もしない有能な人形が出来ると。そう思ったのでしょう。私達を連れてゆきました。
 逆らう術はありませんでした。体の弱い彼女をつれて、どこに行けばよかったのでしょうか。
 幸いそこに行けば、最低限の生活が待っていました。
 最低限の食事、最低限の睡眠。着るものなどは、二の次です。人間食事と睡眠がとれなければ、すぐに死んでしまいますからね。
 そこでまあ、私には知識を叩き込まれてたワケなんですが。裏のノウハウですね。言葉や計算。理解するのは早かったですよ。それは私の武器ですから。
 そして、彼女は。
 私は約束してもらいました。まあ、約束というより交換条件みたいなものですが。
 それを信じていたわけではないですが。隔離された、逆らえば殺される。そのような状況の中でそれに縋るしか無かったのです。妹には、彼女には手を出さないと。その分、自分が働くからと。
 勿論。約束などは、守られる筈がありません。不便だからと、つけられた記号のような名前。それと同時に与えられた麻薬。従順な性奴隷を作る為、私との契約は反故されました。

 そして、彼女は亡くなりました。

 私は。その記号のような名前を捨てました。忌々しくて使う気になんてなれません。
 いえ、そこにいた時だって一度として己から使った事は無かった。
 どうして、自分をモノとして扱う記号を使う気になれましょうか。
 今も、それは続いているのと同じようなものですが。

 Lという記号は、ワタリに会う前につけました。
 記号は無いと不便でしたから。


 ですから、そうですね。
 だから、私にとっての名前と云うのは、ただの記号なんです。
 キラが犯罪者を捌く為に使う名前という記号とは、ちょっと違うんニュアンスなんですが。
 だから役所の紙切れ1枚で変わってしまう、そんな上等な話しではない、ただの記号。
 これを紅茶とよび、これを砂糖と呼ぶ。その程度のもの。
 ただの記号。ただの選別。それから

 それから

 贅沢な宝物。


 役所の紙切れ1枚で変わってしまうようなものでも。
 己が違う名前を名乗れば変わってしまうようなものでも。
 それでも。最初から名前があるという現実は、とても。
 とても素晴らしいものです。幸せの象徴、というのでしょうか。
 世の中にはそれがそうでは無い人達も沢山いるのですが。
 例外として考えて。
 名前とは幸せの象徴。
 私はライトくんとお呼びするが、とても嬉しいです。
 とても綺麗な響きですよね。
 月くんは、お月様になりたいのですね。その名前のように。
 貴方のしている事はそういう事です。
 暗闇の中に人々を照らす明かりになりたい。太陽のような存在になりたいと。
 手の届かない、絶対的な存在に。
 でも、それは寂しいですね。私は月くんであって欲しいと思います。
 キラーからくるキラでは無く。夜神月であって欲しい。
 あの・・・月くん。そんなに睨まないでくれますか?結局、月くんがキラという前提に話してるってことに気づいたからといって。
 私が名前を話したのが、己自身でもしらない名前だから、引き出せないだろうと踏んで話してると分かったからといって。恐いですよ、その顔。
 阿修羅のようです。
 え?違う?そんな事じゃない?
 すみません。出来ればはぐらかしたかったので。
 どうして、そんな話しをしたのか?
 話したかったからに決まってるじゃないですか。
 知って欲しいからに決まってます。
 私が私である理由を。唯一無二のLという名前のことを。
 …そんな顔しないで下さい。すみません。泣かないで下さい。
 泣いてないですか?そう、それは失礼しました。ではこのティッシュをお使い下さい。え?ハンカチを持ってる?流石優等生。


 私も。
 私も。そんな悲しい世界が無くなって欲しかった。

 ですから、そんな恐い顔で睨まないで下さい。



////To be continiued////

2005.07.06


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